鷹山莉子の場合(1)


「最後は私の番ね」


 茶色く染めた髪に厚めの化粧をした女性。


「私の旦那は〝Theクズ〟って感じだったわ」


 ワイングラスの縁を人差し指でくるりとなぞりながら話を始めた。
















「皆さん、どうしたら夫に殴られなくて済みますか?」


 鷹山莉子は左目のまわりが真っ黒になり、恐ろしく腫れている。

 救いを求めて、動画サイトで配信を行うと、ものすごい速さでメッセージが流れはじめた。



 ────────────────────────

 ●user7985192600019

 マジか? これAI?


 ●富士さんろく

 化粧による加工に見えなくもない


 ●まゆみ

 違います。これ本当です


 ●A3901

 目の下、真っ黒やん。これDVでしょw


 ●user6178002606311

 「夫に殴られる?」……いや、もう逃げよ?


 ●NIHON-仁

 それな! ヤベー旦那いつ帰ってくるん? 早く荷物まとめんと


 ●狂暴Tama

 警察へGO!


 ●りょ

 誰か、保護の窓口とか貼ってあげて!


 ●アガサ

 「殴られない方法」なんてない。殴る方が100%悪い


 ●bbbcury

 Please, fellow Japanese, stand up and help her


 ●ペッペロン

 外国の人も助けてって言うてるやん

 ────────────────────────



 コメントの多くは、そのDV夫から逃げるよう促しているものだった。


 ──でも、逃げられない。


 今、旦那と同居しているのは、妻莉子の実家・・

 莉子の父母も同居しており、父親はトラックの運転手でイケイケだが、その父親が旦那と会わせた初日に殴られて降参した。


 母親も旦那を恐れて何もしない。

 元々、DV気味だった父親とこの歳まで離婚しなかった母親だ。無理もない。

 

 いつの間にか旦那が実家に住み着き、仕事もせず、ギャンブルと酒に明け暮れる始末。一度、莉子が警察を呼んだが民事不介入として警察は何もしてくれなかった。


 これまで妊娠を2回したが、2回とも堕胎するように旦那に言われた。


「どうした? はやく金を稼いでこいよ」

「目が腫れてるから、お店が1週間はダメだって」

「あ~? じゃあ風俗行ってこい。顔なんて関係ねーから」


 夕方に違法なゲーム喫茶で有り金を全部つぎ込み帰ってきた。


 最低な男。

 女を自分の性欲の捌け口とお金を生み出す機械だと思っている。


 なぜ、こんな男と結婚したかを説明するには、高校時代まで遡る必要がある。


 女子の中でも、派手で教師から目をつけられていた莉子。


 高校の頃、同じ学年の女子生徒をいじめた主犯格として、学校に匿名で通報された。


 生徒指導の教師は、相手の弱みを握り数多くの女子高生を食い物にしてきたハゲデブの下衆男。


 そのハゲデブに退学をちらつかせて、体育館倉庫で犯されそうになった。


 たまたま放課後の体育館の外でタバコを吸っていた旦那が窓を突き破って、助けてくれた。


 あの時はカッコよかった。

 

 それから8年後、同窓会の場で再会した。


 昔、一方的に恋心を抱いていたせいだと思う。

 勧められるまま、煽る様に酒を飲んで、酔い潰されて関係を持った。


 莉子は高校を卒業し、高校の頃からバイトしていたデパートの正社員として入社した。同じ職場の同僚や合コンで知り合った年上の男性など数人の男性経験があったが、旦那は桁違いだった。


 執拗で絶倫で獰猛。


 快楽に溺れた莉子はそれを愛情だと勘違いした。

 家に連れて行ったのが最後。

 そのまま居座ってしまい、3年経った。


「お母さんどうしたの?」


 左目が青黒く腫れあがっているので眼帯をして、近所のスーパーで買い物をしてきた。母親が床下に通じる点検口に頭を突っ込んで、何かしていた。


「……ああ、莉子。ここに隠してあった通帳は知らないわよね?」

「ううん、知らない」


 そんなところに通帳を隠してあったなんて初めて知った。


 母も薄々気づいていると思うが、持ち出したのはきっと……。







 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る