鑑 日葵の場合(2)
「すみません。土曜の昼に友人とランチに行ってもいいですか?」
「ダメに決まっているだろ? つまらんことを聞くな!」
金曜日の朝。
夫がテレビと手元のスマホを交互に見ながら食事しているところに相談した。
その結果、土曜日は誰が娘の面倒を見るんだと怒鳴られた。
夫は、ゴルフが趣味で土曜日は早朝からゴルフレンジに行くので、断られるとは想像していたが、義母から思わぬ助け船が入った。
「あら、いいじゃない。たまには日葵さんにも羽を伸ばしてもらわないと」
「しかし母さん!」
基本、夫は義母の言いなり。
義母に二言はないことを知っているので観念して土曜日に自由時間ができた。
「美耶、俺や母さんに迷惑をかけるなよ?」
「はい、みやはおりこうさんにしましゅ」
美耶は同い年の子と比べると言葉が出てくるのが遅かった。
家庭環境のせいだと思うが、それを話したところで夫や義母は一方的に日葵を責めるだけなので余計なことは話さないようにしている。
「美耶ゴメンね。ママ、お友達とご飯食べたらすぐに戻ってくるからね?」
「いってらっちゃい。ママゆっくりしてちてね」
発音もまだおぼつかないのに母親のことを労ってくれる優しい娘。
この子がいなきゃ日葵はとっくに限界に達していただろう。
可愛い我が子のために夫と義母の日々のいじめに必死に耐えている。
隣町の駅のそばにあるカフェで友人が先に待っていた。
「久しぶり~。って、日葵あんた、ずいぶんと顔色悪くない?」
「そう? 大丈夫だよ。心配しないで」
小学校からの親友。
高校までずっと一緒で、今はこの隣町の病院で医療事務をしている。
浮いた話がこれまで一度もなく、独り身。
彼女と直に会うのは美耶が生まれた時に産婦人科に駆け付けてくれた以来、約3年ぶり。
「美耶ちゃんは元気? ごめんね、今日は大丈夫だった?」
「……うん、今日は主人とお義母さんに見てもらっているから」
「へ~、そうなんだ。日葵の旦那さんって優しそうだもんね」
──そっか。
親友には交際している時に何度か会わせている。だけど、当時、夫は今のモラハラ的な態度を一切見せてなかったから、あの頃の印象のままなんだ。
「でも意外だったなー」
「え?」
「日葵が社会人になって、すぐ結婚しちゃったから」
「そうかな?」
「そうだよ~。エムアール、だっけ? いい仕事だったのにもったいない」
MRと呼ばれる医薬品の営業をする仕事で、病院や調剤薬局などとやりとりを行っていた。大手製薬会社に入社した日葵は、初任給も高く福祉厚生も充実していて、週休2日とまさに理想の職場だった。
「なんで、やめちゃったの?」
「それは……」
義母と夫からの強い圧力。
女は家庭を守るもので、夫を献身的に支える存在。
外で働くなどもっての外だと言われたからだった。
でも……。
「結婚したら専業主婦に憧れてたから」
「ふーん、で、今は近所でパートで働いてんだ?」
「うっ、そこを突かれると」
「冗談だよ、まあ好きにしたらいいよ。日葵の人生なんだし」
そこからは、小学校から始まり高校までの思い出話で盛り上がった。
成人式の時に親友が片思いしてた男子の前頭部の毛量に陰りを見せたとか、中学の頃、独身で怒りん坊だった女性担任教師が、結婚して嘘みたいに丸くなっていて、別人じゃないか説を唱えられていた等、くだらなくてどうでもいい話。
「じゃあね日葵、また今度」
「うん、じゃあね」
楽しい時間というのはあっと言う間に過ぎる。
お昼が過ぎたので親友と駅前で別れ、帰宅すると車庫に車がなく、家には誰もいなかった。
【今どこですか? LIMEに気づいたら連絡ください】
夫、一輝と義母が美耶とともに家にいるはずだったので鍵を持って外出しなかった。
庭の縁側に座り、1時間近く待った。
連絡を待ったがLIMEに既読もつかないので電話してみたが、それでも連絡がつかなかった。
それからさらに30分ほど経って、庭で帰りを待っていたら、夫から電話があった。
「美耶が●●病院に運ばれたから迎えに行ってくれ」
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