花村沙織の場合(2)
「2年半ぶりに戻ってきました花村沙織です。派遣ですが、頑張ります」
──パチパチパチ。
沙織がやめた後に入ってきた新人が2名。
同じ派遣の人も2名ほど新しい顔がいた。
「高杉さん、じゃなくて花村さん。よろしくね」
旧姓を間違って口にした元同僚はすぐに言い直した。
月曜日、さっそく仕事を始めるが元社員のため、多少ブランクがあるとはいえ、すぐに流れに乗ることができた。派遣に回ってくる仕事は単純作業が多いため、まだまだ余力があるが、いきなり飛ばしすぎても疲れるだろうと考えた。
定時30分前に沙織のPCにチャットメールが入った。内容は女子社員や同じ派遣社員の女性陣だけでささやかな沙織の歓迎会を開いてくれるというもの。
ある程度予想はついていたので、夫の昴太には朝、事前にご飯を食べて帰るかもと伝えてあるので、LIMEでその連絡だけ残して、定時と同時に会社を出た。
「あっ、沙織」
「今から会社に戻るの?」
「うん……」
「あれ、あれあれ~? もしかして奥様ですかぁ~~?」
昴太と並んで歩く女性。
かなり若い。
20代前半から半ばといったところか。
ビジネススーツを着ているので、昴太の今のパートナーなのだろう。
「はい、主人がいつもお世話になっております」
「はじめまして~。
ずいぶんと軽い感じ。
年齢まで言うのはどういう了見かしら?
天然のフリしてるのが見てすぐにわかった。
「LIME見た?」
「え? あっ、いっけね。外回りしてたから電源落としてたや」
「──そう」
今どき電源を落とす必要ある?
機内モードにしておけば、緊急アラームでも音は鳴らないはずなのに……。
「ああこれね。わかった。夕飯は適当に外で食べて帰るよ」
「よろしく。じゃあ」
スマホの画面を見て少しだけ表情が明るくなった気がする。
でも、私の方は平静を装う。
どうせ昴太は気づかないだろうが、隣の逢沢愛未は気が付く恐れがある。
「遅くなってごめんね~」
「大丈夫~、主役は遅れて登場するものでしょ?」
「なにそれ!」
同僚の明るい声に少し淀んだ心の中が軽くなる。
女性陣の集まりは飲む、というよりは軽く食事をして会話を楽しむのがメイン。
開発部の課長が浮気して離婚したとか、開発2課の係長の頭髪の生え際が怪しいとか、くだらないことで2時間くらい会話が弾んだ。
20時過ぎにお開きとなり、帰宅する。
「ねえ、花村主任のパートナーのことなんだけど」
「えーと、逢沢さん、だったかな?」
「もう会ったの?」
「さっき、お店に来る前にちょっと。──どうしたの?」
「うーん、なんて言えばいいだろ。ひと言で説明すると泥棒猫」
一緒に駅に向かいながら、同僚の女性が声を潜める。
「ほら、営業1課にいる私達の3コ年下のイケメン覚えてる?」
「ああっ、
「そうそう。彼女、一昨年入社してすぐにあの広田さんを狙ってるの、女子社員の中では有名だったの」
「へ~、なんで泥棒猫なの?」
「それがね、広田さんといい感じになりつつある同じ新入社員の子をいろんな手を使って潰そうとしたって噂があるの」
「怖っ、それでその後どうなったの?」
「まあ、結局、広田さんはそのもう一人の子を選んで何か月か前に結婚したんだけどね」
「ふーん」
人のものを奪っても平気なタイプか。
同じ会社の女性陣営の中でもっともタブーな行為。
「これはあくまで噂だよ?」
「うん」
同僚が次に何を言うのか想像できた。
「今度のターゲットは花村主任じゃないかって」
やっぱりそういう話。
昴太の言動や行動がおかしいのもそう考えたら腑に落ちる点がいくつもある。
「でも噂だからね。彼女、前科がある分、怪しいって皆言ってる」
こういう場合の女性の勘って結構当たるんだよな。
私もそう。
できれば夫のことを信じたいけど、周りの状況がその信じたい心を容赦なく揺さぶってくる。
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