穢れの聖女は引き契る ~契約の支配する世界で、どうしても辞めたい不良聖女様は異邦の超能力者を振り回す~
mol
序章
【契約】の対価が漸く準備できた。それが今朝、いや昨日の朝のことだった。
部屋の中を数多の燐光が迸って幾何学模様を形作り、その中心で淀みなく言葉が紡がれていく。
石造りの部屋に広がった如何にも幻想的な空間とは裏腹に、それを為す少女__ラグナは思った。
____気絶しそう。
最終的な準備に数時間、呪文を唱え始めて十数時間。視界の端では窓が
ラグナは徹夜に慣れている。五徹だってこなしたことがある。しかしながら、この【契約】の準備には半年を費やしていて、それだけ規模の大きな儀式となると失敗したとき何が起きるか・・・想像もつかない。
そのため作業の精度と引き換えに、極限まで高まった集中力と緊張感が彼女の体力を普段の何倍ものスピードで食潰していた。
「【誓約】を示せ。」
あと、少しだ。
『告げる。』
どこからかラグナではない声が木霊す。
『汝、対価を支払うべし。
期間を定めるべし。
其の責を汝の責とし、負うべし。
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定めし期日迄に其を必ず還すべし。
以上を遵守できなければ、■■■■■。
・・・汝、これを誓うか?』
「誓う。」
何項にも及ぶ取り決めを世界に誓い、これを以て【契約】は成立する。光が強まり、部屋中の空気が鼓膜を破きそうな高周波で震えだす。
ラグナは手放しかけた意識を何とか抱き留め、事の顛末を見届けようと目を見開いた。絶対に、一目見たら寝ると誓って。
汗が噴き出る、息が上がる。体力は既に限界、気力だけで意識を保っていた。
四方八方、ヘトヘトの自分を囲んでだいたい半径7メートルに幾つもの銃口が並んでいる。
銃で包囲なんて馬鹿かと思うが、敵の殆どがドローン。精密射撃はお手の物なので同士討ちにはあまり期待できない。
小さくまばらに空間をうがった黒い点。俺はその一つ一つに今にも呑み込まれるような恐怖を覚え、続いて今日に限って絶不調な自身の能力を強く憎む。
適当に戦場を生きて、流れ弾にでも当たって死ぬものと思っていた。こんな恐ろしい結末を覚悟したことはない。
脳ミソが死を拒んでうなりをあげ、時間がゆっくり進む。
気づけばプラズマブレードを指がうっ血するほど握りしめていた。情けなさに自嘲していると、手の内の剣に違和感を覚える。
恩人の形見である愛剣。刃渡り約150センチの金属の塊。生身はおろか並みの念力では持ち上げるのにも苦労する代物だ。
念力場を熱に置き換える金属、パイロ鋼でできた刀身は特殊な加工によって熱を刃に集約しプラズマを宿す。
そんな大剣はこれまでにない輝きを放っていた。
試されているような、変な気分だ。「黙って、殺れ。」、ということだろうか。
気力しか残っちゃいないが、気力さえあればいい。
アタマが働くなら
「フゥー。」
そもそも、素面で命を諦められるほど俺は狂っちゃいないのだ。しょうもない。
腰、股関節、膝、足首、つま先、最後に足裏、瞬間的に念力場を発生させる。爆発的な加速に視界の景色が一瞬で切り替わり、同様に念力で莫大な運動量を付与した金属塊を振りぬいた。
俺の念力は出力がそこそこ、レンジは皮膚から10~15センチ程度。パイロ鋼は触れていれば身体の一部として扱えるが、剣を浮かせたり、戦車を握りつぶしたりする化け物どものようには戦えない。
狙いをつける間もなく動き回って、剣をたたきつける。ただそれだけ。我流ではない。念力の加減をミスると四肢が爆散するとんでも武術として、割と有名な流派だ。
青白く発光したエッジが大型ドローンの装甲をバターのように切り裂き、ついでに三人を両断する。すぐさま離脱すると、今身体があった場所を無数の弾丸が通り過ぎる。能力が安定しない今の俺が銃弾を凌ぐには、勘で射線を読み切るしかない。
止まったら即行で蜂の巣だが、恐怖はアドレナリンですぐさま消し飛んだ。
一振りごとに1,2体。避けられない弾は甘んじて受け、頭だけは絶対に守る。
これまでにない程冴えわたる動き、痛みが増すほどに輝きを増す相棒。興奮のあまりシナプスがはじける。
突っ込んですれ違いざまに斬る。急制動からのターン。中型を貫いて盾にし、突進しながらぶん投げ二人まとめてトマトペーストにしてやる。
あっちもプロだ。どんなに凄惨な光景にも悲鳴一つ上げない。聞こえるのは指揮官の指示と、くぐもった断末魔だけ。
向けられる射線を認識しながら次のターゲットを狙いがばれない程度にチラ見する。周囲の銃口が光った瞬間飛び出そうとして、
____不味った。
次の瞬間カクンと膝が折れる。急激に弾道を変えた鉛玉に関節を抜かれた。踏ん張りが効かず作り出した斥力が死ぬ。次の標的に向けて狭窄していた視野が一気に広がり、数多のマズルフラッシュが目に映る。
「そりゃいるわな。」
「死ね。」
停滞し続ける時間の中、俺に聞こえた音はそれだけだった。
「・・・ッ
痛みで半ば強制的に目が覚めた。
遅れて、無意識に寝返りを打った瞬間激痛が走ったのだと理解する。
・・・とりあえず、頭だけは全力で守ろうとしたところまでは記憶がある。
頭の中が疑問符でいっぱいだ。なにをどうしたら___
____あの状況から生き残れる?
生まれてこの方18年間、戦場で育ったウォーラットは誰より地獄のルールを理解している。が、そんな知識がなくとも囲まれて、何なら滅多撃ちにされたのだから、彼が超能力者なことを加味しても死なないとおかしいのは明白だった。
ウォーラットは痛みを堪えながら上体を起き上がらせる。血が足りないのか、視界が霞んでいる。
少し視線を彷徨わせると、灰色の壁と天井、柔らかい日光を取り込むアーチ状の窓、大量の本棚と本・・・・そして髪飾りというには巨大で派手な金の輪っか(?)を後頭部に着け、作業机に向かう少女が目に映った。
ウォーラットの視線を察知したのか、彼女は不意に振り返る。物音に気付かないほど集中してたくせに視線には敏感なのか、とウォーラットは思った。
「私はラグナ。体の調子はどう?」
銀髪銀眼、人形のように整った顔立ちをしたつり目の少女__ラグナはまるで既知の仲かのようにウォーラットに語りかける。しかしその双眼には一切の気安さなどなく、射貫くように彼を見つめていた。
・・・よく見ると輪っかは頭の少し後ろで浮遊しているし、戦場にこんな美少女がいるわけがない。
「ここって天国か?」
(薄暗いけど。)
ラグナはキョトンとした表情を浮かべると、少しの間をおいてさっきより低い声色で答えた。
「貴方は死んでない。ほんと、ギリッギリだったけど。貴方が瀕死だったせいで私三徹もしたの。死のうものなら、それ以上の恐怖を魂に刻み込んでいたでしょうね。」
「アンタがコレをやったってのか?」
「そうよ。」
「嘘だろ?」
途轍もなく理不尽なことを言われたウォーラットであったが、そんなことはどうでも良くなるほどに彼女の返答は衝撃的だった。
ウォーラットが見た限り、ラグナは高く見積もっても十六かそこらの子供にしか見えない(ウォーラット的には18歳は大人)。とてもじゃないが半死人だったであろう自分を救えるとは思えない。
ウォーラットが暫く怪訝な顔をしていると、ラグナも眉を顰め始めた。そしておもむろに背後の輪っかを指さす。
「見てわかると思うけど私は【聖女】。それくらいできて当然でしょ?」
と、またもや訳のわからないことをいう。わからない事だらけだ。そろそろ消化できる情報が欲しいとウォーラットは思った。
「・・・見てわからないから一つずつ質問をさせてくれ。」
ラグナは心底不思議そうな顔をして曖昧に頷いた。
あとがき
連載開始しました!!!初作品ですが楽しんでもらえるよう精進させていただきます。
大気がプラズマ化しても青白くはならないらしいけど、誰も気にしないよね。
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