第五話


 ……こんなときこそ、わたしの出番でしかな・い・よ・ね!



千雪ちゆき、ここはまかせるね・っ!」

「えっ、姫妃ききちゃん?」


 機器室を飛び出たわたしは、大急ぎで階段を駆け下りると。

 そのまま海原うなはら君たちの前を突き抜けてから、舞台の中央で。




「キャ〜ッ!」




 全力で無駄に叫ぶという。

 人生で一度くらい、思いっきりみんなの。




 ……『なにこれ?』を感じてみた。




「どうも! 司会の波野なみの姫妃ききで・す!」

 どうしよう!

 この『なんなの?』みたいな・か・ん・じ。

 まるで冷め切った目の月子つきこが何百人もいる感じが、ちょっと楽しい!


「ねぇ、いい加減。明日卒業式だから、準備はじめません?」

 いや、それじゃないだろうみたいな。

 書類を組み間違えたときの玲香れいか何百人分の視線を、わたしは集めると。


「いや、でもね……」

 さすが陽子ようこ、ありがとう!

 客席とのやり取り、期待してた・の・っ!



「あぁ〜、生徒会の件。曖昧なままで・す・ね?」

 ここにいるみんなは、いま。



 ……『大切なこと』を忘れている。



 いや、ひょっとしたら知らないだけかもしれない。

 でもそんなことは、どちらでも構わない。

 とにかく、わたしはね。

 どれだけ『なんだコイツ?』と思われたって平気。


 だってね、わたし。

 たとえ会場中が、敵になったとしても。

 わ・た・し・は・ね。



 ……海原うなはらすばるの、味方なの。



「生徒会設立、したいんですよ・ね?」

 みんなの視線が、わたしに集まる。

「でもいきなりは、無理で・す・よ」

 えっ、なにそれって思ってくれていい。


「だって前回知ったんですけど。準備するのって、すっごい大変なんですよ」

 ……あのね、海原君はね。


「だ・か・ら。その準備の続きからはじめても、いいですか?」

 ……『会長』には、ならないんだよ。


 生徒会なんて、せっかく作っても。

 海原君以外の『誰かが』続けてくれなければ意味がない。

 それに彼はね、本当はね。

 なにかの代表ばかりするのは……『独裁者』になるから嫌なんだよ。


「な・の・で。未来につなげるための、時間をください!」

 ……お願い、きちんと仕組みは作るから。


「そのあとはぜひ。き・ち・ん・と、選挙をしましょう!」

 ……それが終わったら、どうかお願い。



 ……海原君を、『自由』にしてあげて。






 ……わたしの目の前で。姫妃の、昴君への好きがあふれている。


「れ、玲香?」

「あの……玲香ちゃん?」

 わたしはいま。

 姫妃の本気を見せつけられて、ふたりの手首をつかんでいる。



「で、どうするの。月子?」


 ……わたしが、あなたのかわりにやってもいいんだよ。



 姫妃を見て、ひるんでいるような場合ではない。

 それくらいの意図と覚悟は……。

 いい加減伝わっているんだよね?



 やっと『らしさ』が戻りつつあった月子が。

「ごめんなさい玲香。あなたには譲れない」

 小さな声だけれど。

 まっすぐわたしを見てそう答える。


「ま、別にいいよ。『こっちは』譲ってあげる」

「よくわからないけれど……譲らないときは、どれも譲らないわよ」

「わたしも……月子のいう意味がよくわからない」

 これ以上は、いま争ってもしかたがない。



「それよりほら、ふたりの出番だよ!」

 ただ、なにもせずに。

 ひとりポツリと立たされるのは、ごめんなので。


「わたしに、ついてきて!」

「ちょっと、玲香!」

「えっ、玲香ちゃん?」

 驚くふたりたりの、手首を引っ張ると。


 ステージの中央で。

 小さくても大きく輝いている、姫妃の元へと。


 ……『わたしも一緒に』、歩きだした。






 ……ここはわたしが、『どうぞ〜』ってやりたかった・の・に・っ!


 海原君と月子が。

 玲香に引っ張られて、きちゃった・の・っ!



「もう玲香、呼んでからにし・て・よ!」

「姫妃、悪ノリしすぎ」

 珍しいことに、ちょっとだけヤケになった感じの玲香が。


「みなさん、赤根あかね玲香れいかです」

 たったひとことで、全員の注目をわたしから奪うと。


「『生徒会設立準備委員会』設立の件、ご賛同の折は拍手でお示し願います」

 いきなり漢字だらけのセリフを、スラスラ口すると。

 採決をはじめだす。


「少し拍手が不足していて、成立しそうにありません」

 おまけに、すごい……。

 さりげなく、あおっちゃってる・し!



「全員一致ではありませんが、賛成多数と認めます」

 玲香は続いて。

「準備委員会会長と副会長は。この二名でよろしいですか?」

 もう一回みんなに拍手させて。 


「加えて放送部員が。ふたりのサポートに入りますが、よろしいでしょうか?」

 でも……そっか。

 微妙に省略しながらだけど。

 きちんと、『手続き』を踏んでいるつもりなんだ。



「できれば……秋までには第一回選挙を、お願いできるかしら?」

 さすがだ・ね!

 寺上てらうえ校長も理解して、援護射撃をしてくれて。


「はい、しっかり準備しますので、みなさんもご協力お願いします」

 玲香はそう答えてから、客席をぐるりと見渡すと。


「ここまでなにか、異議などございませんでしょうか?」

 同意の拍手を、きちんともらってから。


「お時間をありがとうございました。それでは卒業準備に入りましょう!」

 そうやって、あっというまに。

 予想外にはじまった、『緊急動議』をまとめあげてしまった。




 在校生たちが、それぞれの持ち場に移動をはじめると。

 玲香がわたしに近づいて。

「姫妃。フィナーレを奪った、ごめん」

 なんだか気持ち悪いくらい、素直なことを口にする。


 しかたがないので。

「いいよ玲香、なんか格好よかっ・た!」

 せっかく、ほめてあげたのに。

「でも……よくあんなことやるよね」

 うわっ、なんか微妙に失礼なこといってない?



「助かったわ、玲香」

 月子も珍しく、素直に感謝したのに。


「助けたのは、頭からっぽな姫妃だから」

 えっ……。

「わたしは無口な女と鈍い部長のかわりに頭を使っただけ」

 うわっ……。

 なんなの、玲香?


 続いて、無敵モードの玲香は。

 ひきつった顔の月子なんて無視すると。


「それになにかあっても……由衣ゆいと千雪もいるからね」

 深い意味は、ないのだろうけれど。


「さすがに四人もいれば、『わたし並み』には動けるでしょ」

 そういって、わたしたちを見ると。

「ここまで……なにか文句ある?」

 平然と、そういい放った。






 ……なんだか、珍しい光景を見た気がする。


 はたから見れば感激の余り、みたいな光景だろうけれど。

 それとはちょっと、違う雰囲気だよね。


「海原君、なにしてるの?」

「あぁ、春香はるか先輩。珍しいですよね」


 よくわからないけれど、無敵モードの玲香に。

 月子が怒りを爆発させるかと思ったら、抱きしめてしまって。

 あとから由衣と千雪が加わって。


「で、玲香が締めあげられてるの?」

「はい。あと、その中に波野先輩も紛れてますよ」

「ふーん」


 ……放送部ってやっぱり、よくわからないや。




「そうそう、海原君。勝手に進めてて、ごめんね」

「春香先輩こそ、色々ありがとうございました」

 鈍感だからなのか、やさしいからなのか。

 海原君はそれ以上は、気にならないみたいで。


「それより、『報告』にいきませんか?」

「えっ、いいの?」

「もちろんです」

 ただ、前よりはちょっぴり……成長したのかもしれない。




 みんなで校庭に出ると、『カエデの木』に向かっていく。

 以前生徒会設立を熱心に取り組んでいた『寺上かえで』を記念したその木には。


 すでにかえで先輩の親友の、佳織かおり先生と響子きょうこ先生。

 それに先輩の母親で、校長でもある寺上つぼみ先生がいて。

 三人で熱心に手を、合わせていた。



「かえでが、『おめでとう』だって」

「あと、『卒業式の準備よろしく』って」

「『生徒会の準備も、抜かりなく』だそうよ」


 どう考えても、先生たちの願望が入っているけれど。

「あなた、なにかいいなさい」

 月子にうながされた、無敵モードの玲香が今度は。


「先生がたも、きちんと手伝いましょう」

 ピシャリとそういうと。

「先に戻ります」

 そういって、ひとりで歩きだした。



「そういえば玲香ちゃん、たまにスイッチ入るんですよね」

 海原君は、そこまではわかるのに。

「でも、なんできょうは入ったのかな……」

 やっぱり肝心なことは……わからない。


 本当は、そのとき海原君が。

 『振り向いたら』、少しはわかったはずだ。



 玲香の背中だけを見ていた君を見る、ほかの女子たちの視線は。

 まぁ……『卒業』した『部外者』のわたしからしたら。

 本当に面倒くさすぎるくらい、海原君だけを見ていたので。


 わたしは、なんというか……。


 先生たちと目を合わせて。

 苦笑いするくらいしか……できなかった。





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