第四話


陽子ようこどうして? あと少しだったのに?」


 せっかくの、『全員一致』の機会を失った。

 わたしは、そう思ったのに。


「これでいいんだよ、若葉わかば

 陽子はとても、落ち着いていた。



 ……だけどわたしは、陽子のいっている意味がわからない。



 ただ気がつくと、校長がステージに移動してきていて。

「みなさんの『声』は、よく届きました」

 なにか話しをはじめたので。


「なんだ陽子、驚かせないでよ」

 寺上てらうえ先生の話しを聞くために、座らせたのだとわかって。

 だったらそういってくれたらいいのに。

 これで生徒会が成立なら、意外と楽勝だったねと。

 そんなことを、思いはじめたのだけれど……。



栗木くりきさん、各部長や有志のみなさん。そしてこの場にいるすべてのみなさん」

 ところが、わたしだけが名指しされて。

 思わずゴクリと、ツバを飲み込む。


「ご立派でしたね。みなさんはすばらしいわ」

 でも、なんだ。ほめられた。

 やったんだね! わたしたち。



「……それで、このあとはどうするのかしら?」



 えっ……?



 そんなの……あとは海原うなはら君と。

 放送部のみんなに、まかせたらいいんだよね?



 校長からの問いかけに。

 講堂内が、ザワザワとしはじめる。

 どうして?

 みんなだって……そのつもりだよね?



 そ、そうか。

 わたしたちは。



 ……彼や放送部のメンバーの『気持ち』を、聞いていなかった。



 サプライズだけれど、当然受けてくれるだろうなんて。

 そんなの……身勝手で浅はかだ。

 放送部のみんなは前回のことで。

 悲しい思いを、してきたのに……。



「ねぇ。どうしよう……」

 わたしは耐えられずに、思わず陽子に聞いてしまう。


 もし、もし彼らに『断られた』ら。

 それこそ二度と。『丘の上』に生徒会は、設立できなくなってしまう……。


 先ほど、陽子から思わず奪ったマイクを持つ手が。

 現実を知って、震えだす。

 ひょっとすると、わたしたちは。



 ……とんでもない間違いを、犯してしまったのだろうか?



「若葉、平気だよ」

 すると、そんな声が聞こえてきて。

 わたしの震える手を、陽子がやさしく包み込む。


 それから陽子は。

「これでいいんだよ、若葉」

 さっきと同じ言葉を、もう一度繰り返してから。


 ……笑顔でわたしを、見てくれた。






 ……わたしは、バレー部が大好きになっている。


 若葉や、ほかのみんなと一気に仲良くなった。

 それはね、変わらない事実だよ。



 あと。大好きだった放送部を、きちんと『卒業』したのも本当。

 でもね、だからってあの子たちと過ごした日々は。


 ……『卒業』したって、終われない。




 あのね、実はわたし……。


「生徒会を……立ち上げる?」

「そう、放送部にやってもらおうよ!」

「いまならいける! 絶対喜ぶと思う。ほかの部長たちもやる気でいっぱい!」

 最初にそうやって、若葉が教えてくれたとき。

 うれしくて驚くよりもむしろ。


 ……勝手に決めるなと、腹が立ってしまったの。




 この学校は、確かに変化してきている。

 いくつかの苦い教訓も加わって、『まとまり』も出きてきたし。

 きっと今回の試みは、成功すると思ったよ。

 ただ、だからこそ放送部のみんなのことを……わたしは考えた。


 ……きっと寺上先生はわたしの心を、一瞬で見抜いたのだろう。



「放送部のみんなが傷つくのは、もう絶対に嫌なんです……」

 校長は、ずっと。

 わたしの気持ちを聞いてくれた。

 寄り添い続けてくれた。


「……勢いで押し切るのは、どうでしょうね?」

 校長室ばかりではなんだからと、カエデの木の下にいってから。

 先生は、いまは亡き娘で。

 『放送部』にとって大切な『寺上かえで先輩』に問いかけるように。

 一度だけそういった。



「あと少し! もう少しで『みんな』が立ち上がる!」

 たくさんの生徒が、そうやって願っていたときに。

 放送部のみんな。


 もっというなら、海原うなはらすばる三藤みふじ月子つきこ

 あのふたりは絶対。


 ……『立ち上がらない子たち』のことを、考えていたはずだ。



 あのふたりに、引き受けてもらうために。

 全校生徒ひとり残らず賛成しようという気持ちは理解できる。

 ただね、その考えかたは。



 ……あのふたりを『また』、傷つけるんだよ。




「ありがとうございます、一旦全員着席してください」

 そういったわたしの言葉が、発端となって。

 もしまた生徒会が、ダメになってしまったら。


 若葉やほかの部長たちに、恨まれるかもしれない。

 明日卒業を迎える三年生たちに、嫌われるかもしれない。

 学校中から、わたしのせいだと責められるかもしれない。



 ……でも、わたしは迷わない。



 大好きな放送部のみんなと。

 あのふたりを守るためなら。


 たとえひとりきりでも絶対に。



 ……ここで、守ってみせるんだ。






「……そろそろ、出番だね」

「えっ、佳織かおり?」


「このあとはどうするのかしら?」

 だって、つぼみちゃんのあのセリフ。


 ……別に生徒たちに向けた『だけ』とは、限らないじゃない。



「あぁ、『そういうこと』ね」

 響子きょうこはすぐに、わたしの意図を理解して。

「じゃ、遠慮なく!」

 そういって笑顔で立ち上がると。

 わたしたちは、力一杯。

 生徒たちに向かって、拍手をはじめる。



「これは……」

「ふ、藤峰ふじみね先生?」

 古文のおじいちゃんと、物理のベテラン教師だけではなくて。

 講堂中の視線が響子とわたしに釘付けになって、それから。


「スタンディング・オベーションですよ!」

「おおっ、それだっ!」

 野球部とサッカー部の顧問が参加して。


「ブラボ〜!」

 元・オペラ歌手って噂、冗談じゃなかったんだ。

 音楽の先生が、さすがの貫禄で。

「ブラボ〜!」

 教員親睦会でなぜか演歌を絶唱したとき以上に、はじけだす。



「どうなるかな、佳織?」

「さぁ? 『丘の上』の教師なら、きっと気づくでしょ」


 きょう、この場所で。

 わたしたち教師の振る舞いに、欠けていたものがひとつある。

 これだけ生徒たちが、頑張っているのに。


 ……ただ見ているだけって、どうなのよ?



「よし、『やってみろっ』!」

 どこかの先生が、待望のひとことを発してくれて。

「やってみろ!」

「応援するぞっ!」

 色々な声が、増えてきて。


 ステージの中央では、つぼみちゃんが。

 生徒たちに向かって、『よくやった』と。

 力強く何度も、声に出して伝えてくれた。






 ……春香先輩は放送部外で最大の、僕たちの理解者だ。


 もし、あのまま全校生徒を立ち上がらせていたら。

 僕はきっと、逃げ出していた気がする。


 いや、そうじゃなくて……。

 僕の右隣の先輩がステージから。

 全校生徒に向かって、喧嘩を売っていたかもしれない。


「……なにかしら、海原くん?」

 いえ、三藤先輩……なんでもありません。



「それはいいから。昴君、あと月子もさ」

 玲香れいかちゃんが、僕たちを見ると。

「……このあと、どうする?」

 最大の難問を突きつけてくる。



 ……いったいどうやって、この場を収めればいいのだろう?



 こんな盛り上がりを経験したことのない僕としては……。

 どう対処したらいいのか、正直わからない。



 ただ、そのとき。

 僕たちの目の前を。

 なんだか『小さいもの』が駆け抜けて。

 三人が、顔を見合わせたその瞬間。



 ステージ上で、とびきり大きな『悲鳴』が。



 ……すべての動きをとめるように、響き渡った。





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