第四章

第一話


 ……都木とき美也みや・『合格』。



 その画面を確認した瞬間の放送室は。

 高嶺たかね波野なみの先輩、それに市野いちのさんの『歓喜の声』で。

 窓が割れるかとハラハラした。


「『わざわざ』部室で確認した甲斐がありましたね」

 三藤みふじ先輩の第一声は、そんな感じで。

「正式な通知書はここではなく『ご自宅に』速達で届くそうです」

 玲香れいかちゃんのそれも、なかなかなコメントだった。



「このふたり、かわいくないよね〜!」

 都木先輩はご機嫌に、ふたりをハグすると。


「よし、みんなで潰しちゃおう!」

 そう促して、女生徒たちがひとつの塊になったので。

 今度は……『悲鳴』が響いた。



「ところでアンタ、驚かないの?」

 都木先輩の大学合格の感想について、そう聞かれた僕は。


「落ちてたら驚くけれど、『その逆』だからなぁ……」

 当然の結果だろうと、正直に答えたのだけれど。

「このバカっ!」

 高嶺に、思いっきりバインダーで背中を叩かれた。


「苦労して手に入れたものに対して、もう少し言葉は選ぶべきよね……」

すばる君、ちょっとは素直に喜んだら?」

 いや、三藤先輩も玲香ちゃんも。

 自分たちの前言、振り返ったりしませんか……?



「よし、でもこ・れ・で!」

「七人でできますね!」

「えっ、いいの……?」

「いいもなにも、その気しかないですよね?」

「そのためだけに、頑張ったみたいな?」

「美也ちゃん、おめでと〜う!」

「あ、ありがとう!」


 なにはともあれ、卒業式はすぐだけれど。

 そのあとの『謝恩会』まで含めれば。

 あと一ヶ月は『みんなで』過ごせる。


 それは僕も、素直にうれしくて。

「では、まずはこれですかね?」

 山積みの書類のひとつを、手に取ろうとしたら。


「は?」

 高嶺が、また僕に向かって。

「いきなり働かせるな、このバカ!」

 もう一度思いっきり、バインダーを振り下ろしてきた。






 ……ようやく、放送室に『華』が戻った。


 隣で輝いている、美也ちゃんがまぶしくて。

「どうしたの、月子つきこ?」

 わたしを呼ぶその弾んだ声を。

 再び日々聴けるようになるのは、とにかくうれしい。


 ただ、同時に。

 待ち続けてきたこの日々が。

 あと少しで終わるのだと思うと……。



「……は・い! 月子」

 姫妃ききがそういって、タオルハンカチをわたしに。

「合格して、う・れ・し・いんだよねっ!」

 笑顔と一緒に、押しつける。


 こんな姿を、見せられないと。

「ちょっと印刷に……」

 頑張って、そういいかけたところ。



 ……控えめに、扉の閉まる音が聞こえた。




「あの海原うなはら君が、気をつかうなんて……」

「雪、積もりそうだよね……」

 千雪ちゆき由衣ゆいが、涙声で。


「さすがに昴君でもわかるよ……」

 おまけに、玲香までも……。

 さすがの海原くんでも、わかるほど。

 わたしたちはみんなうれしくて。

 

 ……そして悲しくて。


「なんで涙・な・の!」

「そういう姫妃も。わたし合格したんだよ……」


 それからしばらく。

 わたしたちはみんなで。


 ……自由に、涙を流していた。






 ……たまたま廊下で出会った元・新聞部長が。


「ねぇ海原君! わたし大学受かった! で……どうかした?」

 そういって、僕に炭酸入りのジュースをおごってくれた。


 テーブルの反対に座る先輩は僕に。

「要するに、みんなほっとしたんだね」

 そういって、チョコレートをひとつ渡してくれる。



「なんだか……やさしくありませんか?」

「将来への投資だから、楽しみにしてるよ」

 その意味深な顔は、さておいて。


「女子高生なんて、箸が転んでも笑えるしさ〜」

 でも次の瞬間、大泣きだってできるのだと。

「まぁ、わたし自身がそうかといわれると……全然! 違うんだけどねぇ〜」



 きっと放送部員は、女子高生的な面もきちんと備えているのだと。

 先輩はまるで。

 いまさっきの放送室でも、見てきたようなことを。

 楽しそうに語りながら、僕を見る。


「それにさ、海原君。なんか余裕あるってよくない?」

「余裕ですか? そんなの……ありそうに見えますか?」

「だってさ。ほっとする時間があるくらいは、暇でしょ?」


 引退したとはいえ、新聞部のトップだった人なのだから。

 もしかしたら……なにか情報でもあるのだろうか?


「ひょっとして……なにか隠していることとか、ありませんか?」

「そんなの、いっぱいあるけど?」

 先輩は、こともなげにそう答えると。


「でも海原君と放送部員だから。わたしはちっとも心配してない」

 そういってチョコレートを僕に。

 またひとつ、配給してくれた。





 ……そして迎えた、卒業式の前日。


 予行練習の準備を進める講堂の機器室では。

 都木先輩を囲んで。

 みんなが明るく笑っている。



「海原くん、そろそろ切り替えるわよ」

 時計を確認した三藤先輩が。

「明日に向けて、ひとことお願いできないかしら?」

 なんの前触れもなく、僕に告げてくる。


 いつもなら、いらないといいそうな高嶺が無言で。

 玲香ちゃんは、ピタリと準備していたその手をとめて。

 市野さんと波野先輩は、どうぞどうぞとうながして。

 都木先輩は……ワクワクしてくれているんです……かね?



「つまんないこと、いわないでよ」

 でもやっぱり、高嶺は高嶺だし。

「だからそれが余分・な・の!」

 波野先輩がそういうと。

「姫妃ちゃんのそれも余分ですよ」

 市野さんが参加する。


 三藤先輩が、これはダメだとおでこに手を当てて。

 玲香ちゃんがやや大げさに天を仰ぐ。


「なんか、『放送部』らしいね」

 都木先輩は、楽しそうにそういうと。

「ほらほら。部長だよ、みんなで聞こう?」

 みんなをいつもみたいに……まとめてくれると。


 機器室が一瞬、静まり返った。



「き、きょうも明日も『放送部員』が……」


 ……最高のチームワークで、卒業式と送る会のお手伝いをしましょう!



「……え?」

「いまなんだって?」

「珍しく……まとも?」

「ウ・ソ・っ?」

「あ、ありえない」

「……本物の、海原くんなの?」



 ……箸が転んでも笑えるなんて……楽しいじゃないか、女子高生。


 元新聞部長の話したとおり、なにがウケたのかはわからないけれど。

 散々笑い転げた女子部員たちが。

 ようやく持ち場に、移動しはじめる。


「いまので一分はロスしたわね」

「いやいや。三分だよ、月子」

 都木先輩まで、そう話しながら。

 インカムから、みんなの笑い声がまだ続いていると。


「なに? どした?」

「海原君が……またなにかしたの?」

 参加したばかりの、藤峰ふじみね先生と高尾たかお先生の声が。

 知らずにいられるか、詳細を説明せよと圧をかけてくる。



「ご心配なく。いつもの……昴君です」

 玲香ちゃんがクールに告げてから。

「ごめん、やっぱりちょっと無理」

 そのあと珍しく、大きな笑い声になって。

 結局高嶺がかわりに、全部説明してしまった。



 ま、まぁとにかく。

 予行演習のために、続々と講堂に入る卒業生たちを眺めながら。

 このとき、僕たち放送部は。


 ……とても『平和』なときを、過ごしていた。




 ただ、この日の『丘の上』の校舎のほうでは。

 在校生たちなんだか、ざわついていて。


 でも講堂にいた卒業生と放送部員は。

 幸か不幸か、このときはその理由について。



 まだまったくなにも……知らなかった。





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