第五話


 ……始業式が、無事に終了すると。


 わたしが少しだけ、海原うなはらくんがホッとする時間を待っているあいだに。

「終わったね……お疲れさま」

 美也みやちゃんが先に、声をかけてしまった。



「い、いえ。都木とき先輩こそ、ありがとうございました」

「そう? 特にわたしの出番なかったけれど?」

「二回ほど……調整してくれましたよね?」

「そ、そうだっけ?」


 海原くんの、ミスとまでいえない微妙なところを。

 美也ちゃんは……さりげなく直していた。

「ね、ねぇ月子つきこ?」

「さぁ、どうでしょう?」


 わたしに聞かれても、どう答えるのが最適なのかは微妙なところだ。

 美也ちゃんが、海原くんを気づかったのは明らかで。

 海原くんはそれに気づいて、感謝している。



 ……ふたりが理解し合えていることを、わたしに確認してどうするの?




「ちょっと千雪ちゆきを、見てくるね」

 機器室にいたはずの玲香れいかは、始業式の途中でそういって。

 この場をわたしにまかせて部屋を出た。


 そのタイミングが。

 美也ちゃんの二度目の微調整直後だったのは。

 きっと単なる偶然ではないのだろう。


 結果たまたま、ではあるけれど。

 そのあとの、海原くんと美也ちゃん。

 そしてわたしの『三人だけ』で過ごす機器室は。


 ……なぜだか少しだけ、居心地が悪かった。




「ねぇ月子、どうかした?」

「いえ、掃除に集中しようとしていただけです」

「そうなの?」

「はい」

 そう……『集中』しようとしているのは事実だ。


「海原君。なんだかきょうって、電池の減りが早くない?」

「たぶん……藤峰ふじみね先生がワゴンセールで毎回買ってくるからかと……」

「そうしたら、古いの混じってそうだよねぇ」

「何度も訴えたんですけど、最近電気屋さんが好きみたいで」

「……なにそれ?」

「買い物したらパンの割引券が出るからって。策略に乗せられてますよね……」


 すぐ目の前で、美也ちゃんが、輝いていて。

 海原くんも、楽しそうにしている。

 わたしは、この時間を邪魔したくないと思うと同時に。


 ……わたしだけを、見て欲しいのに。


 なぜかそんなことを感じてしまって。

 胸が少し、チクリとする。



 美也ちゃんは意地悪をしているわけではないし。

 海原くんは……きちんと対応しようとしているだけだ。


 そんなことはわかっていても、心のどこかにある独占欲が。

 少しずつ強まっていくわたしは。


 ……わがまま、なのだろう。




「ねぇ……月子?」

「あの、三藤みふじ先輩?」


「わたしも手伝うよ」

「僕がやりますので、おふたりでのんびりしていてください」


 このふたりは、わたしにやさしすぎて。

 同時に、わたしを少し……傷つける。



 やはりこれは、わたしのわがままだ。

 始業式の日に似つかわしくないこの気持ちを。

 果たしてわたしは、上手に隠せているのだろうか?


 いや、美也ちゃんには無理かもしれない。

 でもせめて海原くんだけには。


 ……『鈍いまま』でいて欲しいと思った。




「こっちは、オッケー!」

 突然、ステージから大きな声が響いてくる。


「まったく……」

 海原くんが、返答がてら。

 ステージのスポットライトを一気にオフにすると。

「ち・ょ・っ・と!」

「消すなー!」

「つけようよー!」

「つけてぇ〜!」

 向こうの四人が一斉に抗議する。



「無駄に発声練習とか、いらないですよねぇ……」

 海原くんは、そうつぶやくと。

「ライト最大にしますよ。自分の目は自分で保護してください」

 ひとこと『気づかい』をそえてから。

 ステージに向けてすべての照明を照射する。


「まぶしぃ〜」

 由衣ゆいたちはそういいながらも、千雪を中心に立たせると。

「ここに全部光を集めて〜」

 また無邪気に、騒ぎ出す。


「遊びすぎ、ですかねぇ?」

 四人を眺めながら海原くんが、美也ちゃんとわたしに聞くけれど。


 楽しそうなその顔に……わたしたちは無言だった。




「ねぇ月子、少しふたりで話せない?」

 美也ちゃんが突然そんなことをいいだすと。

「いいかな、海原君?」

「ええ、どうぞ」

 海原くんが、即答する。


「では、お先に失礼します」

 そういって、静かに扉を閉めて退出した海原くんが。

 しばらくするとステージに着いて、みんなを連れて講堂を出る。


 いつもなら、客席の電気を必ず消すはずなのに。

 海原くんがそのままにしてくれたのは。

 もしかしたら機器室の覗き窓の外が、真っ暗なのは苦手なのだと。


 ……ずっと以前に、わたしが口にしたからかもしれない。




「月子。きょうははしゃぎ過ぎていて、ごめんね」

「えっ?」

「月子の前で、軽率だった」

「そ、そんな……」

 美也ちゃんのすごいところは、誰にでも『素直』なところだ。

 わたしに対してはもちろんだけれど。


「年末年始ひとりきりだったからね……」

 自分の気持ちに対しても、まっすぐで。

「うれしくて、つい調子に乗っちゃった」

 海原くんへの気持ちを、隠さない。



「こちらこそ、そんなことをいわせてごめんなさい」


 わたしは年末年始も、海原くんと過ごせていた。

 美也ちゃんが寂しい思いをして、耐えていたときも一緒に過ごしていた。

 それなのに、始業式ひとつで心が揺れてしまうなんて。


 やっぱりわたしは……わがままだ。




 ……そのあと美也ちゃんとふたりきりで話した中身は、まだ話せない。




 ただ美也ちゃんは、やはり先輩で。

 わたしより……はるかにきちんと。


 ……『未来』を、見据えていた。






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