第七話
……
スカートの裾に、なにか電気みたいなものが走った気がして。
なぜだかその場所だけに、熱を感じながら。
わたしは職員室の扉の前で……立ち尽くしていた。
……扉を開ければ、彼がいる。
けしかけたのは、このわたし。
海原君だけが怒られるのはやはり、理不尽だ。
……ひとりだけには、させられない。
そう思ったわたしが、扉に手をかけたその瞬間。
「残念、その逆よ」
「えっ?」
「こっちにいらっしゃい」
戸惑うわたしの手を引くと、そのまま校長室へと連れていった。
「自分でもわかっているでしょう。聡明な
どことなく、そのいいかたが。
……
「それも逆よ、『わたしが』あの子の顧問だったのですよ」
校長はそういうと、ニコリと笑って。
「『あの子』が、わたしの真似をしているだけよ」
元祖・佳織というか、自分が先だと今度はニヤリとする。
「しばらくここにいたら、連行されてくるわよ」
寺上先生の読みどおり。
海原君が佳織先生と
「都木……先輩?」
「もう、いまにも泣き出しそうな顔で。扉の前に立ってたのよ〜」
「えっ? て、寺上先生!」
油断も隙もないのも……さすが先生たちの顧問だけあって。
「冗談よ冗談。海原君、一瞬想像したでしょう?」
校長が楽しそうに、そう聞くと。
「……少し、だけです」
そ、そんなに素直に……答えないでくれないかな?
佳織先生が、恥ずかしがるわたしをチラリと見ると。
「ほら座んなよ、海原君」
確信犯的にわたしの隣に座れと彼にいうものの。
「……向こうの席も、あいているわよ?」
響子先生が、さりげなくブロックをかけてくる。
「出たよ、
「もう、佳織。その辺にしてあげなさいよ〜」
佳織先生も寺上校長も、もう……絶好調で。
でも響子先生だけは。
「困った教師たちだね、美也」
そういって、やさしくわたしを見てくれたのだけれど。
そこから間髪入れず、今度は海原君に。
「それで、『どちらに』座る気になった?」
……容赦無く、『選択』を迫っていた。
車輪のついた、会議用チェアを移動させてきた海原君が。
わたしとは『遠くない』場所に座ると。
先生たちが互いに顔を見合わせる。
「しかたないねぇ〜」
佳織先生が、そういって。
それから、ひととおり話しを終えると。
「はい、じゃぁ放送室のみんなに発表してきてね!」
響子先生が、海原君にそう告げる。
「向こうでも、心配しているでしょうしね」
確かに、校長のいうとおり。
海原君を気にかけているのは……わたしだけではないのだから。
「そうだね、早く伝えてきてね!」
わたしも負けじと、彼の背中を押す。
「えっ? 都木先輩は……いかないんですか?」
「だってさっきまで、下校しろってずっといってなかった?」
「いえ、それは……」
なんだか、子供じみたことをしているのはわかっている。
もちろん帰りたくないよ、わたしだって。
でもね、いまなら。
……わたしだけを、見ていてくれるでしょ?
「先生がた、一年間お世話になりました」
わたしはペコリと三人に頭を下げると。
「まだ来年もありますので、よろしくお願いします」
そういって、笑顔になる。
先生たちの、あたたかい視線を感じながら。
「海原君、扉を開けて」
わたしは彼にお願いすると。
意図をはかりかねている彼に。
「『一緒に』あいさつしてね……」
小声で、おねだりをする。
「よいお年をお迎えください」
「よ、よいお年を……お迎えください」
慌ててついてきたから、タイミングはズレたけれど。
それでも上出来だよ、
年内最後のあいさつを、『ふたりだけ』で終えられたなんて。
わたしにとって、それは。
……最高の『花道』だ。
……校長室の扉を静かに閉め終えると、また膝のあたりに熱を感じた。
「なんだかちょっと、楽しいね」
都木先輩は、無邪気な感じで。
もう一度スカートの裾を僕に当てると。
「じゃ、また来年ね!」
笑顔で僕に告げて、スタスタと歩いていった。
……次にいつ会えるのか、都木先輩は言葉にしなかった。
年末年始、先輩に部活動の予定はない。
受験生だから当たり前だけれど、『予定』の入った僕としては……。
なんだか……寂しかった。
……十二月二八日に起きたことは、おおむねそのようなことだ。
海原くんがあの日受けた『処分』は。
年末年始の『社会奉仕活動』で。
要するに放送部員は。
響子先生のご実家の神社で、ボランティア活動をおこなっている。
「月子、そうじゃなくて。年末年始のタダ働き要員に訂正しない?」
現実は
「アイツ『ひとり』の処分のはずが、なんで『わたしたち』になったんですかねー」
「でも、みんなで徹夜だよ。しかも先・生・公・認!」
「月子、さっきからブツブツいっているけれどなに?」
「夏休みも合宿しながら手伝ったから、慣れたもんですよね?」
「そうそう、なにか問題で・も?」
……問題なんて、山積みじゃないの。
そもそも、冬休みなのにずっと拘束されるブラック度合い。
宿坊の寝泊まりにまで付き合わされているけれど。
わたしの家は、歩いてすぐなのよ?
海原くんみたいに、かよわせてもらえないかしら……。
「一応あれでも男子だからしかたないねぇ〜」
佳織先生、ポイントはそこではないのです。
「月子……もしかして?」
響子先生、知っていて聞かないでください。
……いくら『制服好き』なわたしでも、嫌なことだってあるんです。
「そっか! その巫女姿かぁ〜」
「海原くん、ジッと見てたよねぇ〜」
……だから……恥ずかしいんですけれど!
新年は、明けたばかりだ。
わたしたちの、この新しい一年は。
果たして……無事に過ごすことなどできるのだろうか?
駐車場警備に駆り出されている海原くんと。
この時間も受験勉強をしていると『思われる』、美也ちゃんを思いながら。
わたしは背筋を伸ばし、授与所から本殿に向かって一礼する。
それから、
思わず、『ある文字』の前でとまったものの。
……きっと誰も、気づかなかったはずだ。
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