第六話
職員室の脇にある、ちょっとした応接セットで。
現在僕は『一対五』で、対面中だ。
生徒指導部長と副部長が、先ほどから代わる代わる。
休むことなく僕に向かって。
あれやこれや小言を並べ立てている。
従来本校は、比較的おとなしい校風で。
教師のいうことをしっかり聞ける生徒が多かった。
それが今年は問題が多く、しかもいつも君の名前が絡んでくる。
なぁ、勝手に学校をかき回すな。
迷惑している生徒のことも、考えろ。
そんな感じのことを、いわれ続ける中で気づいたのだが。
発言するのは、もっぱら生徒指導部長と副部長だけで。
各学年担当の先生は僕と同じように。
いやある意味、僕より居心地が悪そうに。
その隣に並んで座っている。
時節柄か空席の目立つ職員室に、ふたりの声はよく響く。
そして意見を求められないので、沈黙したままの僕に向かって。
どちらかの先生が、ひときわ大きな声で。
「もしこれで受験に悪影響が出たら、お前は責任が取れるのか?」
そういったとき。
……少し離れた場所で。同時にガタンと、ふたつの音がした。
ふたりにも迷惑をかけたと、謝らなければ。
僕は、そんなことを考えていたけれど。
どうやら立ち上がったのは、三年生の担任だったようだ。
「口を挟んで申しわけありませんが。さすがにそれはアイツらに失礼ですよ」
「そんなひ弱な生徒たちを、指導してきたつもりはありません」
ふたりの先生たちに言葉に。
生徒指導部長と、副部長が慌てだす。
「い、いえ。先生がたを否定したのではなく……」
「勝手なことをしたと、『この彼』に話しているわけでして……」
なんだか、あとでまた小言が増えそうで。
僕が少し表情を固くしたところ。
「花道のあと、わたしのクラスの生徒たちは喜んでいましたよ」
「そうですな。ホームルームで……久しぶりにいい顔してました」
なんと別の先生たちが、立ち上がって。
「いやぁ、実はわたしもクラスの連中と花道をとおってしまいまして」
「それなら、わたしもですよ。あぁ……ダメな担任ですねぇ」
そうやって結局。
三年生の担任の先生がたが全員、起立した。
一瞬、職員室が静かになる。
すると待っていましたとばかりに。
……あのふたりが、『割り込んで』きた。
「じゃ、
「え?」
藤峰先生が、僕に近寄りながら。
澄ました顔で、恐ろしいことをサラリと告げてくる。
「副顧問で、海原君の担任ですので……」
高尾先生は、そこで一拍おくと。
「わたしも……喜んで手伝いますね」
そういって、こともなげにニコリと笑う。
割と本気に見えるふたりが、僕の両脇を固めると。
背筋を伸ばし、反対側のふたりに視線を向ける。
藤峰先生と高尾先生のその姿はまるで。
……僕を切るならその前に。ふたりを『切ったあと』だと、告げていた。
「ええっ……」
指導部長と。
「ちょ、ちょっと……」
副部長が慌てたところで、間髪入れず。
藤峰先生が、僕の頭をチョークまみれの右手で鷲づかみにすると。
「ほら、『一緒に』ごめんなさいするよっ!」
そういって、三人で並んで頭を下げる。
ただ、下げる途中で目の合った先生は。
右目でいつもの謎ウインクをしていて。
高尾先生は、小声で。
「これでダメなら、一緒に切腹してあげる」
そんなことを口走っている。
「女子バレー部も、首謀者の一味ですしね」
「放送部の
「うちのクラスの連中も、焚きつけたがわに入りますんで」
そうやって、一方的に静かだった職員室がにぎやかになってきて。
だからこそ僕は。
……自分が、とても情けなかった。
「自分勝手な判断で、多くの人にご迷惑をおかけしました」
大切な三年生の先輩たちのためにと、自ら決めたことなのに。
その担任の先生たちに、迷惑をかけてしまった。
ほかの先生たちも、巻き込んでしまった。
それに、なにより。
……藤峰先生と高尾先生にまで、頭を下げさせてしまった。
「大変……申しわけありませんでした」
ひとりでいくといったのに。
たくさんの二年生と同級生。
そしてなにより、放送部のみんながいないと。
……誰かの助けがないと、僕はなにもできない。
藤峰先生と、高尾先生が。
僕の背中にそっと手を置いてくれると。
「さすがにひとりの生徒に背負わすには、重すぎませんか?」
「『丘の上』に吹く風って、もっとさわやかな感じが似合う気がするんですよね」
なんだか、いいことをいってくれている。
おかげでどうやら、心に響いたらしく。
「ま、まぁ……」
「本人がいたく反省しているようですので……」
生徒指導の先生たちが、許してくれそうな雰囲気になって。
僕は反省文くらいで済みそうだと、正直ホッとしたのだけれど……。
「わかりました。では顧問として『厳正』に」
「担任としても、『処分』はこちらで決めさせていただきます」
えっ……?
いま、なんていいました?
「い、いやおふたりとも」
「『処分』までは……さすがに」
まるで敵と味方が逆転したみたいに、生徒指導の先生たちが。
「反省文程度でも……」
「いや、口頭注意に留めても……」
どんどん僕の罪を軽くしているのに。
「いえ。ここはケジメですので」
「放送部はそこまで甘くないと、指導部にもご理解していただきませんと」
なんなんだ、このふたり……。
部員の罪をどんどん重くして。
ただただ、楽しんでいるじゃないか……。
「……それでいいよね、部長?」
藤峰先生が、講堂で司会をするときだけ履くハイヒールで。
僕の上履きをさりげなく踏みつけている。
「部長として、潔く受け入れて」
高尾先生は、笑い出す寸前みたいな表情を冷徹な声で必死に隠していて。
陥落した僕は、なかばヤケクソで。
「申しわけありませんでしたっ!」
そう大声で答えると。
もう一度職員室で、頭を下げた。
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