第三話
……わたしは、わたし自身の評判をよく知っている。
「ねぇ……いま自分から……」
「しゃ、しゃべったよね……」
……
校内で通説のように語られてきたそれは、ある意味正しくて。
最近は少し……訂正が入っている。
「三藤さん! 写真撮っていい?」
「えっ?」
「奇跡だもん! 受験の『お守り』がわりにしてもいい?」
「そ、それは……」
ふと気づけば、美也ちゃんたちだけではなくて。
なんだか……人が、増えている。
「ひぃっ」
もちろん、声には出さなくて。
わたしとしては、口元がひきつり気味になっただけなのに。
「いま……少しだけ……」
「笑ったよね?」
「うそっ……」
「三藤さん、かわいいっ……」
ど、どうしてこうなっているの?
……美也ちゃんの友人だから、頑張って話しかけたのに。
この状況は予想外で。
下げてしまった顔を、どう持ちあげればよいのかわからなくて。
思わず固まりかけた、そのとき。
「はいはい、みんな会場入りしてね〜」
美也ちゃんがわたしの前で。
手をたたきながら、明るい声をあげると。
「そ、そうだね!」
「いいもの見た、それで十分!」
両隣のふたりが、一緒になって助けてくれた。
「美也のために……災難だったねぇ〜」
新聞部の元部長が、明るく笑うと。
少しいわくありげな顔をしながら、わたしを見て。
「なんだ美也。部活あるならそういってよ!」
もうひとりの先輩は、そういうと。
「じゃぁ三藤さん、うちの美也をよろしくお願いします」
そういって、わたしたちから離れていく。
「あ、あの……」
そこまでいって、お辞儀をするのが精一杯のわたしの隣で。
「ありがと!」
美也ちゃんがかわりに、声を届けてくれると。
「はいは〜い」
「名コンビはまたあとでね〜」
そういいながら、のんびりと揺れる手のひらがふたつ。
ホールの中へと、消えていった。
……相変わらず、惚れ惚れするようなお辞儀をするよねぇ。
わたしが、月子の気の済むタイミングまで待っていると。
「ありがとう、美也ちゃん」
放送部員とは『いくらでも話せる』月子が、しっかりわたしと視線を合わせて。
凛とした声を、かけてくる。
「自分から声をかけるなんて……遠慮してくれていたの?」
わたしの問いに、月子は小さくうなずくと。
「ご友人と過ごす時間でもあるので……」
きょうを逃すと、卒業式まで会えない同級生がいるのではないかと。
「総決起集会はそれなりに盛り上がると思いますし……」
受験生として、会場で混ざって楽しめる機会なのに。
放送部員として……誘ってよいものなのかと。
「一応ご意見を聞いてからにしようと、思いました」
そんなことを口にはするものの。
……なんだか、答えなど知っているとでもいいたげだ。
「もちろん! 誘ってくれてありがとう!」
そう答えるのは簡単だけれど。
なんだかそれでは、すべて見透かされているようだ。
だからわたしは。
「ねぇ、月子ならどうする?」
即答するかわりに、あえて聞いてみる。
「別に、同級生に未練はありません。特に友人もいませんし」
うわっ……予想以上に、すごい回答。
迷いのない答えに、わたしは。
「でもほら……
そう聞いてみたものの。
「『放送部員』、ですよね?」
どうやら月子にとってあのふたりは。
同級生や友人、そういうものをとっくに超えているらしい。
「じゃぁ元部員は? 友人やめたの?」
「
月子は、即座に彼女なりの『定義』で答えると。
「陽子は、美也ちゃんの幼馴染ですけど? 付き合いをやめたのですか?」
おまけに……『逆襲』までされてしまう。
「……『試された』ので、お返しです」
月子は、澄ました顔でそういうと。
「わたしも、会場より機器室に向かいます」
サラリと、わたしと同じ選択で迷わない。
……それが当たり前だという、顔をしていた。
月子と一緒に、講堂の機器室への階段を上がっていく。
機器室の扉を開くと、驚かない玲香と。
驚いた顔の、
「玲香、どちらがメインやるの?」
「わたしやろっかな。月子はサブでもいい?」
冷静なふたりは、勝手に仕切りを決めると。
「……海原くん、美也ちゃん」
「どうぞごゆっくり」
きょうはうしろで見ていろと、宣言する。
「いいんです……よね?」
珍しく海原君が、『いいんですか?』とは聞かずに。
この場にいる選択をしたわたしを、受け入れている。
……当たり前だよ、ひとりにしないで。
「美也ちゃん……失礼します」
内緒話しは、なしだとばかりに。
月子がわたしにインカムをつけてくる。
「美也ちゃん、マイクテスト」
玲香の声が流れてきて。
「みんなといられる機会なのに、部長が誘ってくれなかったからね〜」
精一杯の『譲歩』で、わたしがそういうと。
「ちょっと、誰な・の・誘ったの?」
姫妃がすかさず横槍を入れてきて。
「海原くん……遠慮したのが仇になっているわよ」
月子が、強烈な嫌味をいってくる。
「美也ちゃんって……素直じゃないですよねぇ」
スイッチを指で確認しながら、玲香がつぶやくと。
「わたし、さっきから走り回ってるんですけど!」
……控えめにいって、この部活は最高だ。
わたしは、もうすぐ卒業するけれど。
その前に受験して、きっちり合格して。
あと少しだけ、みんなと過ごす時間を作りたい。
それにね、わたしたちは絶対に。
……卒業したって、終われない。
「おふたりとも、ひとことずつだけつなぎます」
「回線チェック、よし」
玲香の指示と、月子の合図で。
「美也、よかったね」
「機器室から、楽しんで」
「あと……五秒」
「司会、お願いします」
玲香と月子の声に合わせて、わたしたちが心の中で三つ数えると。
理想的な音量で、先生たちの声が講堂内に響き渡る。
きょうの放送部の仕事も、スタートは完璧で、
このときのわたしは。
間違いなく幸せな笑顔で、海原君を見た。
だからこそ、このときはまだ。
わたしのせいで海原君を。
このあと、悲しい笑顔で見送ることになるなんて。
……これっぽっちも、考えていなかった。
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