第二話


 ……十二月二十八日。



 この日は高校三年生が、卒業式前に学校にそろう最後の日だ。


 我が『丘の上』の受験生たちの三学期は。

 毎日講習や個別指導、週一回のホームルームなどがあるものの。

 それらの出欠は入試までのスケジュールに合わせて、各自が決めるらしい。


 ということできょう、講堂でおこなわれる『総決起集会』。

 要するに、三年生希望者が決意表明をしたり。

 先生がたの激励の寸劇などがあるこの日も……。


「先輩たちのためにも、しっかりやりましょう!」

 説明ののち、僕がみんなに告げようとしていた最後のひとことを。

 高嶺たかね由衣ゆいに……奪われた。



「……なによ海原うなはら、文句あんの?」

「いや、別に」

 まぁ、争うほどのことではない。


「とにかく、準備しよう」

「当たり前でしょ、さっさと歩きなよ」

 アイツなりのやる気なのはわかるけれど。

 だったらこう、もうちょっとマイクとか持って歩けないのかな……。



 校舎から渡り廊下をとおり、『カエデの木』の隣を抜けていく。

 悲しい事故にあった、寺上てらうえつぼみ校長の娘を記念して植えられたその木は。

 きょうも僕たち放送部の先輩として、小さく枝を揺らしてくれる。


「いってき・ま・す」

 波野なみの姫妃きき先輩は、とおるたびに毎回小さく手を振って。

「いってまいります」

 三藤みふじ月子つきこ先輩は必ず立ちどまり、軽く一礼をする。

「みんな、ストップ!」

 赤根あかね玲香れいかちゃんが、そう声をかけると。

「はい、こっち向いて!」

 スマホできょうも、記念撮影をする。


「海原、アンタ目がまた閉じてるよ」

「いいから高嶺、さっさといくぞ」

「どうするすばる君、撮り直す?」

「玲香ちゃん、いいからいかない?」

「でも海原君、年内最後だ・よ!」

「波野先輩……とりあえず講堂へいきましょう」


 いつものようにみんなが好き勝手いっていると、当然のように。

「……海原くん、早くして」

 三藤先輩が、僕に動けと指示を出す。



 ……きっと年内最後の活動は、無事に終わるだろう。


 このときの僕は、そんなことを考えながら。

 みんなと講堂へと、向かっていた。






 ……集会の二十分前から、三年生たちが講堂に少しずつ集まりはじめている。


 機器室と会場の準備は完璧だ。

 あとは……『最後のピース』が、あればいい。


「ちょっとまかせていいかしら?」

「月子、いってらっしゃい」

 玲香は、わたしになにも聞きもしない。


「舞台袖、問題なしです」

 由衣も。

「客席、オッケー」

 姫妃ももちろん理解しているのに。

「なにか、問題でもありましたか?」

 海原くんだけは……相変わらず『鈍い』のよね……。



「わたしのことは気にしないで。海原くん、ステージはどうなの?」

 しかたないので、インカムで少しだけ相手をしよう。


「なにも……問題ありません」

 それは当たり前ね。

 『先輩』たちのためにと、いつも以上に何度も確認していたでしょう?

 だったら、少しくらい。


 ……わたしたちがなにをしようとしているか。想像してもらえないかしら?



 講堂入り口のホールに向かうと、由衣と姫妃がいて。

「ちょっと、持ち場は?」

 思わず、わたしが声に出すと。


「まかせといて」

「これくらいなら、わたしたちで問題ないよ」

 佳織かおり先生と、響子きょうこ先生の声がインカムから入ってきた。


「え? なにかあったんですか?」

 海原くんの、少し慌てた声が聞こえてくると。

「昴君のやつ、しばらく切りまーす」

 玲香が容赦なく、ブロックをかけてしまう。


「ほんとこういうとき、容赦ないよね」

「月子ちゃん以上ですよね」

「わたしはもっと慈悲深いので、比べないでもらえないかしら?」

 ホールの三人の話しに、玲香は。

「全部聞こえてるんだけど?」

 そういってから、わたしたちに。


「スルーしてあげるから、さっさと見つけてね」

 しっかり『お目当て』を確保しろと、指示してきた。






 ……同じ頃、わたしは教室を出て。長い廊下を歩きはじめていた。


美也みやが教室にいるのが、なんか新鮮」

 同じクラスの子が、わたしにそんなことを話していると。


「あの……都木ときさん?」

 隣のクラスの男子が、目の前に立っていて。

「きょう、決意表明とかするの?」

 突然わたしに話しかけてくる。


「……しないけれど?」

「そっか。じゃぁ、よかったら俺。きょうステージで……」

 なんだか少し、『重たい』ことになりそうな予感がして。

 このあとなんと答えるべきか、考えようとしたものの。

「残念! 美也はもう『決意済み』!」

 わたしより先に、隣の子が答えてしまっている。


「ちょ、ちょっと!」

「いいじゃん。都木美也が『表明』する男子なんて、ひとりで十分」

 新聞部の元部長の子が、割り込んできて。

「受験頑張ろう! かわりに応援してあげるよ!」

 その男子の背中をドンと押してから。

「ほら、さっさと集会にいくよ!」

 この場をサッと、収めてくれた。



 少し人口密度の下がった渡り廊下に達すると、隣のふたりが。

「受験前に告白されてもねぇ〜」

「違うよ、売約済みに告白しようとするからじゃない?」

 わたしを挟んで、勝手に盛り上がりだす。


 カエデの木に、聞かれてはいないかと。

 ペコリと頭を下げつつ、ヒヤヒヤしながらとおりすぎると。


「おおぉ、この展開はなんだぁ?」

 もう、変なこといわないでよ……。

「放送部って、いいよねぇ〜」

「恋敵を討ちにきただけかもよ?」


 視線の先には、由衣と姫妃。

 それに……少し離れて月子が立っていて。

 あぁでも……たったいま、柔道部と剣道部が月子以外を囲んでしまった。



 あのふたりは、元部長たちはもちろん。

 あの部活のメンバーにとても人気がある。

「み、美也ちゃん!」

「ねぇ! 美也ちゃん!」

 由衣と姫妃が、助けを求めるけれど。


「みんな、ふたりを怖がらせないでね」

「うっす!」

「おっす!」


「だからそれが、怖いっていうんだけどねぇ〜」

「それにしても、こういうときの美也はなんか姉御って感じがする」

 両脇の友人たちが勝手なことをいいながら、手を振ってとおり過ぎると。




「みなさん……こんにちは」


 月子が、『非常に珍しいこと』に。



 ……わたしの隣の子たちに、『自ら』あいさつをした。





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