翻訳さん。Short Story 2 『ハロウィン』

南村知深

前編

 一時限目の英語が終わり、休み時間になった。抜き打ちで行われた小テストの緊張感から解放されたクラスがにわかに騒がしくなる。

 そんな中、私はじっと、ある計画を練っていたのだった。


「……どうしたの、リッちゃん。怖い顔して」


 それを不審ヘンに思ったらしい友人の白川しらかわケイが、心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「小テスト、ダメだったとか?」


 と、ケイの後ろから同じく友人の東藤とうどうユキノが言う。

 残念ながら、その推理は外れだ。

 この私、浅茅あそうりつは、いつも外国語文章を和訳していることで有名な、クラスでは『翻訳ほんやくさん』などと呼ばれているかみありすみである。付き合う前は絶望的だった私の英語の成績は今や、澄香ミカ(英語の成績は学年トップ)のおかげで学年上位に入るまでに成長しているのだ。今日の小テストなど物の数ではない。

 それはケイもわかっているようで、そんなわけないでしょ、とユキノにツッコミを入れていた。

 そんな二人のやりとりが途切れた瞬間を待って、私は芝居がかった感じで表情を消して重々しく口を開く。


「ケイ。ユキノ。放課後、二人にしてもらいたいことがある。重要なことだ……頼まれてくれるかね?」

「いいよー」

「オッケー」

かるッ! せっかく雰囲気作ってんのに乗ってきてよ」


 拍子抜けして苦情を言っても、二人はどこ吹く風と笑っているだけだった。

 いつもそんな感じで、私のネタに私が思っている通りには決して乗らず、私を残念がらせて楽しむ。そのくせ向こうのネタで私を無理矢理巻き込んでくる。そういうやつらなのだ、彼女らは。

 とはいうものの、私はそれを小気味こきみよく感じているし、そういう三人のやりとりは結構楽しいものだ。

 何をさせられるのかもわからないうちから私の頼みごとを即答で承諾してしまうようなおひとしなところも含めて、この二人はがたい親友だと思っている。


「で? 何をすればいいの? ?」

「さすがケイ、話が早い」


 察しのいい返答に、我が意を得たりと笑みがこぼれる。

 そう、今日は『ハロウィン』だ。行事の本来の意味はともかく、今の日本では仮装して楽しむ日というような認識となって久しい。

 私もそれにならって仮装し、放課後に第二図書室で翻訳作業をしているミカと楽しもうという計画なのだ。


「仮装して、上有住さんからお菓子をもらおうってつもり?」

「ふっふっふ。そんなわけないでしょうが」

「と言うと?」

「いいかい、君たち。ハロウィンで『トリックオアトリートおかしをくれなきゃイタズラするぞ』と言われたら、普通はお菓子を渡すものでしょ。でも、ミカがいる第二図書室はだから、お菓子を出すわけにはいかない。つまり……」

「つまり?」


 問い返してくる二人に会心の笑みを見せ、私は計画のかなめを口にした。


「ミカにイタズラし放題ってことだよ。ワトスン君」

「そんな外道なホームズは心底イヤなんですが」


 ケイがわりと真顔でそう言うと、ユキノも同意だと無表情でうなずいた。

 やっぱり乗ってこないな。いや、乗った上でボケ潰しを仕掛けてきた感じか。二人ともこういう方面における頭の回転の速さは異常で、毎度のことながら上手くあしらわれてしまう。


「まあ、ちょっとしたイタズラはするけど、ミカが本気で嫌がるようなことはしないよ」

「知ってるよー。リッちゃんがそんなことしない優しい子だってことはさ。少々のことなら上有住さんも許してくれるだろうし。でも、それに胡坐あぐらをかかないで、ほどほどにしなよー?」

「忠告、感謝する。じゃ、お二人さん。放課後よろしく」

『任せて。報酬は学食のアイスでオッケーなので』


 ケイとユキノがそれはもう綺麗な唱和ハモリでそう言って、鏡に映したようにそっくりな満面の笑みを浮かべて、同時にぐっと握った拳の親指を立てた。

 事前に打ち合わせたわけでもないのに息ぴったりで、この二人はもう結婚したほうがいいんじゃないかとすら思ってしまった。



 放課後。

 いつものようにミカが一足先ひとあしさきに第二図書室へ行くのを見届け、私たちは準備にとりかかった。

 と言っても、やることはひゃっきんショップで買い込んだ包帯を手足や頭に巻きつけるだけ。ケイとユキノに助力願ったのは、自分ひとりでは上手くできないからだ。


「んー……こんなもんかなー」

「いいんじゃないの?」


 包帯を巻き終えた二人がそんなことを言いつつ、私の周りを歩いて回る。

 差し出された鏡を見ると、なんとも見事な『ミイラ』がそこにいた。頭に巻いた包帯の隙間から髪がこぼれ出ていたり、落ちくぼんだ片目が不気味に覗いていたりと、素人の即席作業のわりに悪くない仕上がりだった。


「でも、なんでミイラなの? 百均ショップに行ったんなら、ヴァンパイアとか魔女とか狼男とか、そういう定番の衣装を売ってたでしょ?」


 と、ユキノ。

 もっともな意見ではあるが、ミイラを選んだのには深い理由ワケがある。


「ハロウィン前日に考えることはみんな同じなんだよ、ユキノ。昨日私が行ったときにはほとんど品切れで、イヌ耳とネコ耳のカチューシャしか残ってなかったの。だから包帯を買うしかなくて」

「別にそのカチューシャでよかったんじゃ?」

「そうなんだけど……なんというか、イヌ耳もネコ耳もメジャーすぎて、あざとい気がしてねぇ……。もうちょっとマイナー寄りのケモミミならよかったというか。まあ、これは私の嗜好シュミの問題なんだけどさ」

「こだわるところがピンポイントすぎる……」


 げっそりとそう呟きながら、ケイは包帯の隙間から私の髪を引っ張り出してディティールを整える。この子もこういうイベントごとは結構こだわるところがあるし、お互い様だろう。

 そうして整え終えた私を遠目から見て、ケイは「よし」と一つうなずいた。

 ユキノも後ろに回り込んだりしながら確認し――ふと思いついたように問いかけてくる。


「……ところでリッちゃん、頭大丈夫?」

「おうコラ、ケンカ売っとるんかいのぉ、ユキノさんよぉ?」


 変な方言を出しながら、急に失礼極まりないことを放つユキノをにらみつけた。包帯のせいで視界が狭い上に片目しか開いていない状態なので、そばにいるはずのユキノを探してきょろきょろしてしまって威圧感はゼロだったが。


「そうじゃなくて。包帯を締め付け過ぎてないかってこと。痛くない?」

「ああ、そういう……伸縮性あるし問題なしだね。あとはアクセントとして包帯にのりをちょっとつければ、より完成度が……って、しまった。血糊買うの忘れてた……」

「血糊? あたし持ってるよー」

『なんで持ってんの⁉』


 想定外すぎるケイの反応に、思わず私とユキノがツッコミを入れる。

 しかしケイは「イマドキ J K じょしこーせー必須マストアイテムだよー」と笑い、血糊をちょこちょこと包帯に塗ってくれた。いや、そんな奇怪で面妖な女子高生がいてたまるか。

 ともかく、これで立派な『ミイラ女』のできあがりだ。


「ありがと、ケイ、ユキノ。いい仕事してくれたよ。さっそく行ってくるね」

「行ってらっしゃい」

「上有住さんによろしく」


 仮装記念の写真を三人で撮ったあと、私はようようと第二図書室に向かった。


 ……その途中でクラス担任(とう女史、数学担当)に見つかり、廊下に正座させられてお説教を食らったのは、また別の話。




       後編に続く

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