第二幕:章6 道の迷宮
道玄坂の坂道は、2025年の夜に蛇のようにうねり、ネオンの吐息を吐き出していた。渋谷のこの坂は、登る者を選び、降りる者を嘲笑う。ユリは息を切らし、坂の途中の路地に身を潜めていた。SHIBUYA SKYからの脱出後、タイの追手がすぐ後ろに迫る。スマホの通知が鳴り止まず、キャット・クルーのグループチャットが怒涛のメッセージで埋まる。「ユリ、どこだ?」「モンキーのガキと何してんだよ!」彼女の足音がアスファルトを叩き、坂の傾斜が心の重さを増幅させる。
ようやく坂の頂上、キャット・クルーの拠点である「ネオンキャット・バー」に滑り込む。店内は赤い照明が煙草の霧を染め、ヒップホップのベースが壁を震わせる。タイがカウンターに座り、傷ついた脇腹を押さえながらユリを睨む。「おい、ユリ。説明しろ。モンキーのレイと、何のつもりだ?」バーの常連たちが息を潜め、ユリの家族—キャット・クルーの古株たちが周りを囲む。ユリの母が厳しい声で続ける。「私たちの誇りを、汚す気か? 10年前のあの事件を忘れたの? モンキーどもが、父さんを路地でボコボコにしたんだぞ」
ユリはカウンターに手をつき、声を震わせる。「違うの、タイ。お母さん。あれはただの…出会い。レイは、悪い人じゃない。渋谷の夜が、引き合わせただけ」だが、言葉は坂の風に吹き飛ばされるように虚しく響く。タイが立ち上がり、ユリの肩を掴む。「出会い? ふざけんな。俺の傷は、お前のせいだ。家族のためだ、ユリ。モンキーとの縁、切れ」圧力の重さに、ユリの目から涙が零れる。バーの鏡が、彼女の孤独を映し出す。坂の外では、追跡の足音がまだ聞こえる。
一方、レイは渋谷センター街の雑踏に紛れ、ベンと路地を急ぐ。ネオン看板の光が顔を青白く照らし、ストリートベンダーの呼び声が耳を劈く。「レイ、ヤバいぜ。タイの傷、マキのせいだってSNSで炎上中だ。モンキー・クルー、総出で報復の声上がってる」ベンがスケボーを引きずりながら言う。レイは拳を握り、息を荒げる。「全部、俺のせいだ。ユリを守りたかったのに…」二人はセンター街の奥、グラフィティだらけの壁に寄りかかる。雑踏の波が体を押し、渋谷の迷宮が二人を飲み込む。
ベンがスマホを弄り、「ロレンスさんに連絡したぜ。あのヨガおっさんなら、何か策があるかも」と呟く。レイは頷き、代々木公園へ向かう。公園の入口は、坂の喧騒から一転、木々のささやきに満ちていた。ロレンスさんはいつものヨガマットの上に座り、瞑想ポーズで待つ。白髪交じりの髭を撫で、穏やかな目でレイを迎える。「来たか、若者たち。街の風が、君たちの匂いを運んできたよ」
ベンが状況を説明し、レイがユリの苦しみを吐露する。「ロレンスさん、俺ら、どうしたら…クルーの遺恨、深すぎて」ロレンスさんは立ち上がり、公園の芝生を歩きながら語る。「10年前のストリートイベント、あの事故は悲劇だった。モンタギューとキャピュレットの両家が、互いの誇りを賭けて争い、一人の命を失った。だが、君たちの愛は、その闇を照らす光だ。仲裁を試みるが…」彼の声が低くなる。公園の奥から、キャット・クルーの影がちらつく。タイの仲間か? ロレンスさんはため息をつき、「遺恨の根は深い。ヨガのように、息を整えろ。だが、街は待たない」
レイのスマホが鳴る—ユリから。「バーにいる。助けて」道玄坂の迷宮が、二人の絆を試すように、夜を深くする。ロレンスさんの言葉が、公園の風に溶け、仲裁の希望を微かに残した。
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