心の雨に傘を差して

九戸政景

心の雨に傘を差して

「はあー……」



 大きくため息をつく。憂鬱な気持ちを吐き出そうとしてもそれがため息と一緒に出てくる気はしない。学校での嫌な出来事がまるで豪雨のように俺の心を突き刺して冷たくしていき、俺はまた大きなため息をついた。



「……あ、そういえば雨南あまなの奴からなんかオススメされてたっけ。気は進まないけど、とりあえず携帯で調べるか」



 花畑雨南は小学校からの幼なじみだ。なにかと冷たくしてくる割に時々世話を焼いてくるよくわからない奴。だけど、今日はとても心配そうな顔をしてあるものをオススメしてくれたのだ。



「たしか、フラウ・レインっていうVTuber……だっけ。俺、あんまり興味ないんだよな」



 俺もそうだが、雨南もそういうものに興味があったことはない。でも、そんな雨南が紹介してきたという事は、それだけ興味を惹かれるようなものだったのだろう。



「えーと、フラウ・レイン……あ、これか。なんならちょうど配信してるじゃん」



 動画サイトにアクセスした俺はサムネイルをタップした。フラウ・レインは雨が降る花畑を背景にした少し西洋風の顔つきの女性配信者のようで、華奢な体型をアジサイをモチーフにしたドレスで包み、青く長い髪に雨の雫のような髪飾りをつけていた。ただ、ヒーローものっぽいキャラクターがプリントされてる傘は少しミスマッチだと思う。



『……あら、初見の方もいらしてますね。ごきげんよう、私はフラウ・レインと申します。いつもは皆さんとお話を、主にお悩み相談をしております』

「お悩み相談……なるほど、だから雨南が勧めてきたのか」



 たしかに誰かに悩みを聞いてほしい気はする。俺は勇気を出して学校での出来事をコメントとして打ち込んだ。簡潔にまとめたら、好きだった女の子が陰で俺の事をバカにしていたというものなんだが、フラウさんは俺のコメントを読んだ後に静かに微笑んだ。



『それはお辛かったですね。自分が好意を寄せていた相手にそのような事をされていたとなれば悲しくもなりますし、落ち込むのも仕方ありません』

「そうだよな……」

『ですが、それならば見返せるほどに素敵な方になってしまうのはどうでしょうか?』



 俯いていた顔を上げる。こっちを見て微笑むフラウさんの横で色々な人たちからの応援や激励のコメントが次々に流れていく。



「みんな……」

『誰しも心の中には雨が降っています。その雨は自分の気持ちに反応して強さも降り方も変わります。辛ければ辛い程に強く激しく、嬉しければ嬉しい程に穏やかで優しく降ります。ただ降るだけでは心の土壌を汚泥のようなぬかるみに変え、想いの花の根を腐らせながらそのまま沈んでいってしまいますが、この雨は必ずしも悪いものではないのです。水を与えて花びらに潤いをもたらし、とても素敵な花を咲かせてくれる。そんな恵みの雨でもあるのです。だから、その雨を嫌わず、雨の雫で喉を潤して新たな自分を開花させてみてください。きっと、あなたは素敵な花を咲かせられるはずですから』

「心の中の雨……」



 それを聞いて俺は自分が豪雨の中で立ち尽くしていた事を思い出した。でも、話を聞いてもらって助言をしてもらって、立ち尽くしていただけの俺は傘を差し出してもらえた。だから、もう冷たくないし苦しくない。



『ありがとうございます、フラウさん。元気出たかもしれません』

『それならばよかったです。私の役目は、悩みや苦しみを抱えながら冷たい雨に打たれている皆さまに傘を差し出してさしあげること。かつて、私がそうしてもらったように。そのために私はこの身を手に入れたのですから』

「傘を差し出した……」



 それを聞いて俺はハッとした。それと同時に思わず笑ってしまった。



「あははっ、なるほど。そういうことか」



 ひとしきり笑った後、俺はフラウさんに改めてお礼を言ってから配信を楽しみ、そのまま眠りについた。その翌日、俺は学校に行くために外に出た。空は曇っていて、雨がポツポツ降っている。それならば俺のやることは一つだ。



「雨南のとこに行くか」



 お隣さんの雨南の家に向かう。そしてインターホンを鳴らそうとした時、ガチャリとドアが開いて雨南が出てきた。



「あ、晴太。おはよ」

「おはよう、雨南。雨降ってるから傘差してこうぜ」

「あ、うん」



 俺は差した傘の中に雨南を入れた。いわゆる相合傘という奴だが、別にこれが初めてじゃない。俺が雨南と初めに出会ったあの日、その日も雨が降っていて傘を忘れた雨南にこんな風に傘を差し出したんだ。



「雨南、ありがとうな。フラウさんを紹介してくれて。お陰で元気出たよ」

「そ。それならよかったわ」

「あのさ、雨南」



 俺は意を決して口を開く。隣の雨南からゴクリと唾を飲む音が聞こえる。お互いに緊張する中、俺は小さく息を吐いた。



「俺達の話をフラウさんに話すのはちょっと恥ずかしいから止めてくれ」

「……へ?」



 雨南が変な声を出す。思えば、ヒーローものっぽいキャラクターがプリントされてる傘だってそうだ。俺があの日差し出したのはそんな感じの傘だ。きっと雨南はフラウさんの友達で、そのエピソードを何らかの機会に話したからそういう傘を持つようなデザインになったんだろう。



「気付いた瞬間に笑っちゃったけど、あの時の俺って結構カッコつけながら傘を差し出してたからそれを話されると恥ずかしくてさ」

「え、ええぇ……」

「まあでも、フラウさんはすごいよな。しっかりと話を聞いてくれた上にちゃんと助言もしてくれて。フラウさんみたいな人が現実にいたら、好きになりそうだ」



 ふと雨南の顔を見る。その顔は真っ赤で、色々な感情が混ざりあったような複雑な表情をしていた。



「雨南、どうかした?」

「こんの……バカ晴太ー!」



 雨南の大声が響き渡る。その後も雨南はプリプリ怒っていた。



「フラウめぇ……」



 雨南がなぜ怒ってるのかはわからない。自分が勧めてきた人なのに、どうしてこんなに怒ってるんだろうか。



「フラウ・レインか。実際のフラウさんはどんな人なのかな」



 声しか知らない不思議な人。けれど、俺に傘を差し出してくれた恩人。これはそんなフラウさんを巡る俺達の物語だ。

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心の雨に傘を差して 九戸政景 @2012712

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