第六話 不倫
『世の中には、知らなくていいことがあるとは、思いませんか?』
『話さないのかしら?』
『口にも出したくないですね。それに……黙っていても、いつかわかります』
やや、沙良を気にする気配。沙良は変わらず、誰かと連絡を取っている。
『そうかもね』
『なんの、事だ?』
『いずれわかりますよ。いずれ、ね』
結局それから、誰も口を開く事は無く。
沙良は風呂に入り、その後俺らをハグしてキスする。
寝る前の、ルーティーン。
部屋は暗くなり、そのまま俺らも眠りについた。
■
ふ、と夜中に目が覚めた。
沙良の部屋は戸建ての二階部分に位置する。
階下で、物音。というか、話し声?
誰かが言い争っている……?
漏れ聞こえてくる声――
「……んで、誰……」
「……、には、関係……」
「……るんだからね、これがその……」
「うるさいっ!!」
ガシャーン
何かが割れる音。
大きな音に、沙良が起きたようだった。
大きな瞳が、俺を捉える。そして俺を抱きしめ、顔をうずめる。
小さな声で、つぶやく。
「また、だ……」
彼女は目を瞑り、更に強い力で俺を抱きしめる。息苦しい。いや息は、してないのだが。
「お父さん、また、なのかな。お母さん悲しむのに。――ね。ピサメ、どう思う?」
俺には答え、られない。
ここ数日で、沙良が俺らに話しかけることはわかっていた。
返事をしても、意思疎通はできない。
俺らの話し声も聞こえていないようだった。
だからこれは、沙良の独り言なんだ。
「お父さんまた不倫、してるのかな。毎日帰るの遅いし。前、してた時みたい。……脇が甘いんだよね、お父さんは。すぐにばれて、すぐに喧嘩になる」
「そんなにしたいなら、ばれないようにしたらいいのに。ね」
沙良は目を瞑る。眠るためではない。
現実を見ない為。シャットアウトするためだ。
俺にじわりと、水分がにじむ。
俺の体は彼女の水分を吸い取る、それに彼女は、慰められているようだった。
彼女の悲しみが、俺に染み込んでいく。
俺は彼女を受け入れる。彼女はやがて、寝息を立て始めた。
ゆっくりと夜は、更けゆく。
■
ああ、また喧嘩だ。
怒鳴る父
すすり泣く母
物音が響く。家が軋む。
毎回、これだ。
階下の喧騒を、私は知らないふりをする。
寝ている、ふりをする。
そして明日、母に明るくおはようを言う。
父は何事も無かった様にコーヒーを飲む。
母も調子を合わせ、卵は何個がいいですかなどと聞く。
子供には、私にはバレていない。
夫婦の不和を。
家族の不穏を。
自らの、心の闇を。
仮面夫婦。
それが、うちのルール。
気づいてはいけない。決して。
■
翌日、沙良が大学へ行く前。俺は例によって鞄にぶら下げられている。
玄関を出る、寸前。
「沙良」
母親が、沙良を引き留める。
「今日も寄り道せずに、帰って来なさいよ」
「うん」
沙良の表情は硬い……何かを、察知している。そんな、感じだ。そして。
「もしかして、お父さんは――」
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