第五話 ピサメ

「おんや? 自覚がないと見える」


 やはり、


『俺が、あの時踏んだからか?』



「惜しいですね。正確には――踏みつけにした挙句ゴミ箱に捨てようとしたことですね」



 気づいていたのか、ゴミ箱に入れようとしたこと。それに……



「しかも汚物扱いもしていた。ゴミだ、と」



 それもわかっていたのか。だから……


『だから、俺と入れ替わった、のか?』



「わざとでは、なかったんです。強い感情に包まれて――気が付いたら、こうなってました」


『それはそれは……わざとじゃない、ごめんごめん、てか』


「でも貴方。喜んでいるのではないですか?」


『う』


 図星だ。だがそれを認めるのは癪だった。


『そんな事……』


「浮かれたような気配が、伝わってきますよ」


 う。


「わかりますよ、沙良が今あなたにしている事は。私もして貰っていましたから。抱きしめられて、キスされて。毎日……楽しいですか?」


『楽しいさ。楽しいともさ。だがお前は何がしたい? わざとでないなら戻るのか?』


「許されるなら――今しばらく。このままがいいですね」


『それは俺も構わないが……』


 でも。


『あの態度は止めろ!』

「あの態度?」

『すかした態度だよ! 沙良を口説き落とそうとしているのか?』

「ああ、あれですか」

『どうなんだ!』


「それは……君には、関係のない事ですね」


『なんだと?!』



「おまたせ~」

「いえいえ、全然、待っていませんよ」

 にこにこと、芳樹は応じている。


 沙良が戻って、俺らの話は終わった。



 沙良は家に帰り着く。

 冷たい空気で部屋の暖かな空気を乱しながら、ゆったり過ごそうとしていた。

 鞄から俺を外し、ベッドの上、みんなのところに置く。


 ベッドでゴロゴロとスマホを触る。誰かと連絡を取っているのか、頻繁にタップしている。


『どうでしたか? あれから。ピサメには会えましたか?』

『ピサメは元気そうだったかしら?』

『ピサメの事だから、なんかアクションあったんじゃない?』


『ピサメピサメ、うるせぇよ……』

 帰った途端、これだ。質問攻め。


 こいつらはずっと家にいるから退屈なのだろう、と思う。


 俺以外のぬいぐるみは持ち運ぶにはでかい。


だから、連れて行ってもらえるのは主に俺だけ、という事だった。


 今日見聞きしたことを話して聞かせた。

『なるほどですね』

『ピサメ、やっぱり何かしてたわね』

『企みの匂いを感じるね!』


『企み? あいつなんか、企んでんの?』


『どうでしょうね。しかし、一日二日でそこまでするとは』

『意外と遊びたかったとか、あるのかしらね?』

『ピサメの事だからなんか意図があるんだよ、きっと!』


 ピンワニはやたらと企みがあるのだと主張する。他の二体はどっちでもない、グレーな感じだ。俺は……



『なぁ、ピサメってどんな奴なの?』



『ピサメはねぇ……』


『ピサメ――桃色のサメの君は、とても沙良が好きなんですよ。一番のお気に入りであることを誇りに思っていた。我々とて、沙良の事は好きですよ? でも』


『あれには、負けるかもね』

『そんなに?』



『そうだよ! あの事を一番怒っていたのもピサメだし。もしかして、ピサメは……』



『あの事?』

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