第四話 屈辱

 寒風ふきすさぶ構内のベンチ。

 昼休み。


 当然というか、もちろん寒い。寒いからか、人っ子一人いない。

 ベンチに腰掛ける二人。


 沙良は明らかに照れている。合流した時から一言も喋っていない。


『なぜだ?! 俺の時とは、俺の時とは!!』


 俺は未練を隠せない。まぁ、どうせぬいぐるみ。俺の声は誰にも聞こえないのだが。


 視線を感じる。


 俺が――芳樹が、俺を見ていた。


 は。


 すぐに沙良に視線を戻し、何事か喋り始める。


「今日の購買、空いててよかったね」

「うん。でもいつも買うパンが売り切れてて――」

 二人だけの時間。


 終わった。俺はいったい、何を見せられているんだ? 


 好きな子が男に――に口説かれるのを見せつけられている。


 これが拷問でなくて何だって言うんだろう。


 はた、と気が付く。


 もしやこれが。



 これが、ピサメのしたかった事、すなわち復讐なのでは??



 誰に対する復讐なのか? もちろん俺だ。

 あれかな。やはり踏んだのがいけなかったのだろうか。


 俺の前で俺に口説かれる沙良を見せつける為、そのためにピサメは……


 憤慨した。


 大いに、憤った。しかし同時に。やるせなさを、感じる。


 俺は確かに隠れたイケメンだったのかもしれない。けど、それを引き出せなかった。


 無駄にしていた。


 もし俺が、行動力がありおしゃれ力も持ち合わせていたなら。俺なんか、と卑屈になっていなかったら。


 行動していれば。


 こんな事には、ならなかったのではないのか?


 彼女を口説いていたのは俺だったのかもしれない。


 それが――とても。とても歯がゆい。


 歯がゆくて、忍び難くて、口惜しい。



 ――屈辱を、感じた。


 私は出会った。


 くすんだ、風体。


 やわらかい、物腰。


 たおやかな、言葉。


 それは時間の流れを感じさせた。


 私はその人に癒やされる。


 何でも受け入れてくれる。


 私のありのままを。


 そのままを。


 受け入れてくれる。


 そして乱れる。


 あの人はそれも受け入れ、包みこむ。


 例えそれが、それだけが目当てだとしても。


 私は。

 


 二人は購買のパンを食べ終わった。

 沙良は終わると、お手洗いに、と化粧ポーチをもって消えた。

 化粧直しか……


 くそう!!


 沙良に、沙良に想われている、少なくともこの段階で。


 この男……許せん。


 ピサメ――芳樹と、俺だけに、なる。


 僅かな、間。


 風が吹く。俺はもはや寒いと感じる事もない。

 ただ、芳樹が寒そうに身を縮めた。


 そして。


「寒いですね……いや、寒いとは、このような感覚なのですね、何と言うか。体全体をまとわりつく痛みにも似た……独特ですね」


 俺を見て言う。俺に、話しかけている?


『知らねぇよ』

「貴方の声は聞こえていますよ」

『聞こえてんのか』


「新しい感覚ですね。自分の体を見下ろす、と言うのは。

 ね、芳樹……いや、今はピサメ、かな」


『なんだと?! この野郎!』


 俺をピサメにした張本人がひょうひょうと言う。そして芳樹はにっこりと笑んで。


「楽しんでいますか? ぬいぐるみ生活は」


 楽しいか楽しくないかと言われるとかなり楽しいが。いやしかしそう言う事ではない。



『お前! なんでこんなことを!』

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