第四話 屈辱
■
寒風ふきすさぶ構内のベンチ。
昼休み。
当然というか、もちろん寒い。寒いからか、人っ子一人いない。
ベンチに腰掛ける二人。
沙良は明らかに照れている。合流した時から一言も喋っていない。
『なぜだ?! 俺の時とは、俺の時とは!!』
俺は未練を隠せない。まぁ、どうせぬいぐるみ。俺の声は誰にも聞こえないのだが。
視線を感じる。
俺が――芳樹が、俺を見ていた。
は。
すぐに沙良に視線を戻し、何事か喋り始める。
「今日の購買、空いててよかったね」
「うん。でもいつも買うパンが売り切れてて――」
二人だけの時間。
終わった。俺はいったい、何を見せられているんだ?
好きな子が男に――
これが拷問でなくて何だって言うんだろう。
はた、と気が付く。
もしやこれが。
これが、ピサメのしたかった事、すなわち復讐なのでは??
誰に対する復讐なのか? もちろん俺だ。
あれかな。やはり踏んだのがいけなかったのだろうか。
俺の前で俺に口説かれる沙良を見せつける為、そのためにピサメは……
憤慨した。
大いに、憤った。しかし同時に。やるせなさを、感じる。
俺は確かに隠れたイケメンだったのかもしれない。けど、それを引き出せなかった。
無駄にしていた。
もし俺が、行動力がありおしゃれ力も持ち合わせていたなら。俺なんか、と卑屈になっていなかったら。
行動していれば。
こんな事には、ならなかったのではないのか?
彼女を口説いていたのは俺だったのかもしれない。
それが――とても。とても歯がゆい。
歯がゆくて、忍び難くて、口惜しい。
――屈辱を、感じた。
■
私は出会った。
くすんだ、風体。
やわらかい、物腰。
たおやかな、言葉。
それは時間の流れを感じさせた。
私はその人に癒やされる。
何でも受け入れてくれる。
私のありのままを。
そのままを。
受け入れてくれる。
そして乱れる。
あの人はそれも受け入れ、包みこむ。
例えそれが、それだけが目当てだとしても。
私は。
■
二人は購買のパンを食べ終わった。
沙良は終わると、お手洗いに、と化粧ポーチをもって消えた。
化粧直しか……
くそう!!
沙良に、沙良に想われている、少なくともこの段階で。
この男……許せん。
ピサメ――芳樹と、俺だけに、なる。
僅かな、間。
風が吹く。俺はもはや寒いと感じる事もない。
ただ、芳樹が寒そうに身を縮めた。
そして。
「寒いですね……いや、寒いとは、このような感覚なのですね、何と言うか。体全体をまとわりつく痛みにも似た……独特ですね」
俺を見て言う。俺に、話しかけている?
『知らねぇよ』
「貴方の声は聞こえていますよ」
『聞こえてんのか』
「新しい感覚ですね。自分の体を見下ろす、と言うのは。
ね、芳樹……いや、今はピサメ、かな」
『なんだと?! この野郎!』
俺をピサメにした張本人がひょうひょうと言う。そして芳樹はにっこりと笑んで。
「楽しんでいますか? ぬいぐるみ生活は」
楽しいか楽しくないかと言われるとかなり楽しいが。いやしかしそう言う事ではない。
『お前! なんでこんなことを!』
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