ぬい⇔俺。―好きな子のぬいと魂が入れ替わった俺の話―
小鳥遊 ちえ
第一話 入れ替わり
※第一話だけ長め(三千字程)です。
切りのいいところまでなので。
第二話以降は千字前後に収まっておりますのでよろしくお願いいたします。
■
深々と、夜はふけゆく。
冬の夜は早い。しかして彼女の夜が早い訳では、なかった。
俺はただ、彼女が寝るのを待っていた。
彼女がベッドに来る。そして――俺にキスをし、ハグをする。何度も、何度も、何度、も。
歓喜――俺はただ彼女を。受け入れる。
無言で。
俺は動けない。
何故なら。
ぬいぐるみ、だから。
でも元人間だ。
俺は彼女の――安心毛布的な――ぬいぐるみ。
入れ替わったのだ、ぬいぐるみと、俺は。
事の経緯はそう――こんな感じだった。
■
講義室に着く。マフラーと、上着を脱いだ。
暖かな講義室の空気は、それだけで俺を癒すようだった。
講義室は喧騒に包まれていた。講師が来る前の、それは短い
みんな適当に友人と喋っている。が。
俺――東城芳樹には友達がいない。
だから黙っていた。
適当に一限目の教科書を出す。
友達居ないからって困ることもない。
適当に通学して、適当に講義受けて、適当に買い食いしながら帰宅する。毎日が、そんなだ。
薔薇色のキャンパス、とまではいかない。
さながら灰色のキャンパス、といったところか。
しかし大して疑問も、抱いていなかった。
ずっとそんなだったし、きっとこれからもそうだろう。
でも。
「おはよ~」
講義室の入り口。入ってくる人影。
ちらりと見やる。
――近藤沙良ちゃん。
今部屋に着いて、友達に挨拶しているところだ。
彼女だけが、灰色の世界で浮き上がったように見える。俺の憧れ。――ミューズ。
長い黒髪、明るい性格。はつらつとした瞳。鼻筋の通った顔。あとスタイルもいい。痩せているのに、胸囲が。その。
なにより、誰にでも優しかった。
そう。
こんな、俺にでも……
思い出す。
■
あれは夏頃だったろうか。
俺は焦っていた。寝坊したのだ。昨日、夜ふかししてその後。朝起きたらもうギリギリの時間で。
準備もそこそこに家を出た。
何とか間に合った一限。鞄から教科書を出そうと――
しかし。
やば。無い……
借りる友達なんていないし、無いのがバレたらあの教授は面倒だ。
わたわたと、鞄をこねくり回す。しかし、ないものは、ない。
友達がいない事で困るのは地味だが……こんな事だ。
やばい。
と。
前に座っている人に、声をかけられた。
「どうしたの?」
誰――?
人との交流がほぼ無いので誰が誰とか全くわからない。
今まで喋ったこともない人。
しかし、美人だ。
焦りが加速する。こんな美人が俺に何の用だ。……いや様子を聞かれているのか。
「いやっ、教科書、忘れて……」
こんな事聞きだしてどうするつもりだろう、と反射的に思う。
美人は俺に用がない。罵倒はしても、友愛はない。
貸してくれる訳でも――
「よかったら、一緒に見る?」
差し出されるは教科書――
「な? なん、で」
「困ってる人見たら助けるのが当然っしょ?!」
底抜けの笑顔。ニカっと笑った。
俺の横に、座ってくる。
それでもう俺は。
恋に――
■
外は寒い。
彼女の耳と鼻が赤くなっているのが見える。
冷気の残滓を残しながら、彼女は俺の隣を通り抜けて行く。
通る際、俺にすら目線を合わせ手をひらひらさせながら。
俺はやっとの思いで小さく手を振る。
するり
彼女が何か、落とした――
なんだ?
ボロボロ。汚いな……ゴミか?
こちらに転がってくる。
反射的に足を動かしたら踏んでしまった。
ありゃ。
ゴミふんじゃったよ……
つまむ。
なに、コレ……
ぬいぐるみ?
それは、手のひらに乗るぐらいの、茶色いぬいぐるみ、だった。
もとは恐らく、……恐らくだが、ピンク色だったのだろう。
今はくたびれて、薄い茶色になっている。
目も取れかけていて、だらんとしている。
全体的にへろへろだ。
原型が、あまり想像できない。
そもそもこれは、何のぬいぐるみなのか。
いやこれ。
やはりゴミ……じゃないのか? それとも彼女のものなのか?
いや。彼女のものな訳――ない。
ミューズの持ち物には不向きだ。不似合いだ。不釣り合い、だ。
つまんだまま、ゴミ箱へ行こうとする。
と。
「まって!」
彼女――近藤さんに、声を掛けられる。
「それ、私のなの。拾ってくれて、ありがとね!」
ええ? これが?? かなり……かなり疑問だったが、本人が言うんならそうなんだろう。
差し出す。
「どうぞ……」
小さな声が、漏れ出る。
彼女は嬉しそうに鞄に仕舞って、友達の元へ。
なん、なんなんだ、――アレ。
■
私は明るい。勤勉で、優しい。
それが周囲の評価だし私はそれを自覚していた。
その上で、小狡く生きている。
私を評価する人は表面の私しかみていない。
でも。
私は内側を見せない。
決して。
それは自分を守る術。
私の内側を見る人は誰?
見てくれる、人は。
■
チチチ……鳥のさえずりが聞こえる。
朝だろうか。
視界は、なぜか暗い。冬の朝は薄暗い。だから、なのか?
視界が悪い。
まだ寝てるとか?
ならこれは夢、なのだろうか。
何かで、覆われているようだ。
「う~ん」
何かは、もぞもぞと動いた。
かなり大きい。なんだ……? 山、みたいだ、そう思う。すると山が動いた。
長い髪、大なる胸囲、はつらつとした瞳……今は眠たげにそれをしょぼつかせ、パジャマを着ている。
それは。
彼女――近藤沙良、その人だった。
俺は……俺のミューズと、添い寝をしていたのだった。
■
なぜ?!
意味が分からない。
昨日はいつものように帰宅しいつものように適当に課題を済ませいつものように自分の部屋で寝た。
それが、なぜ、このようなことに?!
混乱する俺を尻目に、彼女は
「おはよ!」
と俺に話しかけ、且つ顔を近づけてくる。
顔に、わずかな感触。
キスだ。
?!?!
俺の精神は混迷を極めた。
何が起こっているんだ。
これはなんだ。
どういった――ここでひらめく。
あ!
『これは夢、――か』
『夢じゃないわよ』
誰かから話しかけられる。
誰だ?
振り向こうとし――動け、ない。
なぜ。
体が一ミリも動かない。
体の感覚はあるのに。
うごかない。
俺の視界には……でかい、ぬいぐるみ?
水色をした熊のでかいぬいぐるみがいる。
彼女はそのぬいぐるみにも、おはよ! とキスをしている。
『は?』
『は? じゃないわよ。自分だけが彼女のお気に入りだとでも? 私だって彼女が三歳の時から――』
『何言ってんだ! 彼女が五歳の誕生日に送られたのがボクで――』
また違う声。今度はワニのぬいぐるみ。ショッキングピンクが目に眩しい。
『いえいえ、真のお気に入りはやはり彼でしょうね。産まれた時からの、お付き合いですからね? そう言う私も彼女が一歳からのお付き合いですが』
いや俺の事かそれ? 産まれた時から……? なんの、事だ。
『何のこと?』
『ん? 何か話が通じてないですね』
こちらはウサギのぬいぐるみだ。こちらは白……だったのだろうが。くすんで、灰色になっていた。時の流れを感じる。
あの時のぬいぐるみと同じだ。ん? あの時……? 何か引っかかるものを感じるが。それが何なのか、思い出せない。
何が、起きてんだ……?
彼女はブランケットを羽織る。
「う〜さぶいさぶい」
あくびをしながら部屋を出ていく。
俺を、残して。
ん。
部屋?
ベッド。枕。机。照明。窓。カーテン。
そのどれもが――今更気が付く――俺のものではない。
即ちここは。俺の部屋では――ない。
そう。
ここは……女子の、部屋だ。
ぱっと思いつくのがそれ。
モノが片付いている小綺麗な部屋。観葉植物。ぬいぐるみの山。ベッドの上に何体か……
そう、そのうちの一体が。
姿見に映る、その姿は。
俺――?
『これ……俺、ぬいぐるみ?』
『あ、わかったわ!』
『何? 何が起きてんのこれ?』
『恐らく彼は……怒らせてしまったのでしょうな。彼を』
『は?』
『よっぽどの事、されたんじゃない?』
『何かわかんないけど自業自得だと思うな!』
ぬいぐるみたちは口々に、話す……なんの。
『何の、事?』
首が回らない。体が動かない。視界には三体のぬいぐるみ。誰一人として動かない。なのに。
『わかりませんかな? 無理もない』
なのに。
誰が何を言っているのか明確に
今はウサギが喋っている。
ぶるぶると、震える。いや、実際の体は硬直していた。震えていたと思う。以前の俺なら。
一ミリも動けない。それがかえって。やるせなさを助長した。
『貴方はあの方と入れ替わったのですよ。あの方は入れ替わりの儀を行ったのでしょうな』
は。
『入れ替わりの、儀……?』
ウサギは続ける。
『あの方……現在における君の体ですが。今君の体は、沙良様の一番お気に入りのぬいぐるみ、――桃色のサメの君。貴方はあの方と入れ替わったのです』
なに……さめ?
『私たちはぬいぐるみに宿った魂。付喪神ともいうわね』
熊が喋る。女性的な喋り方。声も、若い女性を想起させる。
『正確には神まで行ってないじゃん。付喪神は、百年以上人と交流があった道具や物に宿る神。ボクらとは格が違うよね!』
ワニが、喋る。こちらは少年を思わせる声。
『いわば、我々は付喪神になる前の存在……『ツクモノマエ』と言う存在です』
ウサギが……喋る。老成した喋り方。声も、しわがれている。
ぬいぐるみに、魂?
『入れ替わりの儀とは、我々が恨みを持った相手にする仕返しの儀式の事。我々の気分が高まった時、それは可能になる。怒り、悲しみ、悔しさ……』
『怒りの感情を抱いた時が比較的やりやすい気がするわね』
『んー、そーかな? ボク分かんないや』
『我々はここしか知らないですからね。知識の広がりが、ない。他のツクモノマエならばもっと……』
こうして俺は入れ替わった。
憧れの人――近藤沙良ちゃんの、お気に入りのぬいぐるみと……
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