錫杖をぶんまわす更迭聖女はお嫌いですか?

大石とんぼ

1:プロローグ

「……続いて。メル・ダルク四級聖女、前へ」

「ひゃい!」


 緊張の余り、声が上ずってしまった。

 各支所のお偉いさんも集まる、大聖堂での辞令式は苦手だ。クスクスと聞こえる笑い声が痛い。

 しかし、今日は一年の頑張りが認められる日。

 今思い返しても、本当に色々あった一年だ。

 汚職聖女たちのあれやこれやを暴き、内に秘めておくというのは並のしんどさではなかった。

 だがそれも、先日提出した年間報告書に洗いざらい載せてやった。

 私は晴れて謝辞喝采を受け、二級聖女へ飛び級する。

 

 …………はずだった。


「――以上。数々の汚職報告により、メル・ダルク四級聖女、あなたを更迭処分こうてつしょぶんとする」

「はいぃぃぃぃぃ??!!」


 要するに私は、ハメられたのだ。


「ちょっと待ってください、サギ―助祭! 確かに寝坊、居眠り、遅刻、早弁は身に覚えがあります。しかし、その汚職報告書は私が調査してまとめたもの……。――ッ! やはり助祭も、ぐるだったのですね?」


 怪しいとは思っていた。だが、確証にあと一歩届かなかった。100%の悪は裁けても、99%の悪は残りの1%が埋まるまで我慢しないといけない。

 それが聖人というもの。


「なぁにを言っておる! この不届きものッ、誰か。さっさと、このけがれに穢れた雌犬ビッチをここから放り出せッッッ!!」


 カッチーン。


 私の中の1%が埋まった、錫杖の一輪がぶつかった時の音。


「この、ズラハゲ――――――ッッッ!!!」


 私が錫杖しゃくじょうを、悪を裁くために使ったのはこれが初めてだった。


ーーーー


「あぁぁぁだっりぃな。せっかく、窓際管理職のチャンスだったのに」


 更迭処分だけに止まらず、助祭を錫杖で殴る――と悪態をついた私は、三ヶ月の拘置所生活を過ごしたのち。

 冒険者ギルドへと向かっていた。

 司祭の計らいでクビにはならなかったが、ズラハゲにしばらくのあいだ新人冒険者のサポートを命じられたのだ。

 なのに、『神の奇跡』を封印する腕輪が私の左腕には着いている……。

 神の奇跡が使えない聖女なんかは本来、荷物持ちとなり……数日もすれば辞めていく。


 要するに、クビにできない聖女を間接的に辞める方向へと促しているのだ。


 が、私は辞めない。なんたって、聖女の服を着たいが為に聖女になったのだから!

 この純白の衣は芸術である。ボディラインに添ったシルクの布地ははかなさがありながら、スリットの入ったスカートはエロさと機動性を兼ね備えている。


 それに……私は『神の奇跡』が使えないからといって、荷物持ちには成り下がらない。なぜなら……。

 

「白昼堂々、私の前で盗みとは……」

 露店の店主が声を上げ、現行犯が向かって来る――――。

「どけええええええええ」


錫杖槍術第三条しゃくじょうそうじゅつだいさんじょう――――『空蝉うつせみ』」


「……返す、盗んだものは返すから命だけは」

 なんたって私が錫杖を握れば、少しでも動くとシャンシャンと音を鳴らす錫杖ですら――――。音もなく首筋に触れる凶器。


 荷物持ちをするぐらいなら、闘うわ。

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