第15話:須藤カーマの本音


「面白かったですね。デート」


 適当にラーメン食って、駅でストリートミュージシャンを冷やかして。それから俺と一緒に須藤さんは神社に来ていた。とは言っても神を祀っているというより、神に見放された神社。すでに神主さんもいないのだろう。寂れに寂れた神社だった。そもそも人が来るかも怪しい。樹林の中でひっそりと建っている。ここに来たいと須藤さんが言って、俺も了解して、今ここにいる。何を言い出すかはわかっていたので、駅でエリとは別れた。アイツにこの場面を見せるわけにはいかないのだ。


「先輩は楽しかったですか?」


「ああ、ラーメンは美味かったな」


「少しは私のことを好きになりました?」


「そうだな。俺の方からなら好意的に思えたな」


「なんですか。それ? 含みのある言い方……」


「気にするな。少なくとも俺は気にしてない」


「あーあ。先輩と付き合える女の子って幸せなんでしょうね」


「どうかな。人によると思うが」


「照れてます?」


「お前が俺に決定的な一言を言わせようとしているのは、まぁ理解は出来て」


「そりゃ先輩に告白されたら私的にも超ですよー」


「で、その告白を録音して、アキラに聞かせるのか?」


 ヒョイ、と俺は彼女のポケットに入っているスマホを指差した。


「わかって……いるんですか?」


「カンはいい方だが、そうじゃなくてもわかるだろ」


 却下ン視サイドシーイングを使うまでもない。


「須藤カーマは常闇アキラを愛してる。だからアキラと恋仲になった昼休みの男子を篭絡して、アキラと別れさせた。そこで何故か俺と言うイレギュラーが現れたから、こっちにも思わせぶりな態度をとってアキラと破局させようとしている。俺に靡いて、決定的な一言を言わせて、それをアキラに聞かせる。で、慰めるふりしてアキラに取り入る。間違いがあったら修正してくれ」


「ないですよ。きっぱり。その通りです」


 だろうよ。誰もいない見捨てられた神社に来たのも、だいたいそれ。


「私にとってアキラ先輩は推しなんです。ガチ恋勢の、ね。私以外の人間と恋仲になるのは許されていないんですよ」


 まぁそれくらいは察しているけども。


「ちなみに言うが。付き合っていないからな?」


「あんなに好き好きムーブされていて?」


「巡り合わせの問題だ」


「ソレを話してくださいよ。どうやってアキラ先輩に取り入ったんです?」


「お前のおかげ。お前が彼氏と破局されたから、おまけでアイツは俺に惚れた」


「ふーん。つまり先輩はおこぼれなんですね?」


「間違っている解釈では無いな」


 須藤さんが破局させたから、アキラは投身自殺をして、俺が助けた。ある意味で補完的に俺はアキラに恋をされた。


「ちなみにだが、その懐にしまっているナイフは出さん方が賢明だぞ」


「…………本当に先輩って勘がいいんですねー」


「ここが人が通らないとはいえ、今日俺とデートしたことは学生の一部が見ている。俺が行方不明になれば、もちろん警察が動く。ここで死体の完全処理できなければ警察は容疑者にお前を疑う。逃れるのは女子高生には無理じゃないかね」


「分かっていて、ここまで付き合ったんですか?」


「否定はしない」


「私くらい返り討ちにできる……と?」


「いや。俺は非暴力不服従主義だから。攻撃はしないけど、脅しに屈することもしない」


「私がナイフ片手に脅しても、反撃もしないし納得もしない……ってことですか?」


「納得ね。そもそも俺はアキラに惚れてないんだが」


「じゃあ譲ってくださいよ」


「そこはお前の努力次第じゃないか? 俺は別にお前の邪魔をしているつもりもないし」


「存在自体が邪魔です」


 だろうよ。本気でアキラに惚れている須藤さんにとって、俺は正に邪魔以外の何者でもない。とはいえだ。ここでナイフで刺されてもなー。


「本気で刺さないだろ……とか甘いこと考えてます?」


「いや、結構本気だなーとは」


「わかるもんですか?」


「ここで刺すことは決まっている。そのための覚悟もしている。脅してどうなるものでもないことも察している。ただ殺した後、証拠隠滅に苦労するだろうし、自分が捕まったらそもそもアキラと恋仲になれない……か?」


「…………どんな勘してるんです?」


「実を言うと、お前のナイフなら徹夜明けでも躱せる」


「だから意味が無いと?」


 まぁ意味合いは違うが、結論としてはその通り。


「実は私。既に人を殺したことがありまして」


「へー……」


「信じてませんね?」


「つまり今回が初めてじゃないから躊躇する理由が無いのか?」


「わかってるじゃありませんか」


「本当にそう思っているなら早くしろよ。ここでグダグダ言ってるだけなら俺は帰るぞ。街中で人目があると、ここよりさらに隠蔽の難易度が上がるんだが?」


「なんか……先輩の言葉を聞いていると、ここで殺されても支障が無いって聞こえるんですけど」


「まぁ無いしなー」


 特に俺が損するわけでもないし。


「…………」


 懐から取り出したるはバタフライナイフ。ヤンキー以外で常備している奴いたんだな。


「一応聞きますけど。古流武術の達人とかそういう話じゃないですよね?」


「お前より身体は動くが、別に抵抗する気はねーよ」


「刺していいんですね……? 本当に」


「お前がそれで欲しいものを手に入れられると思ってんなら、それでいいんじゃね? 徒労に終わるだろうけど」


「私。本当に人を殺してるんです。今更一回が二回になっても何も思わないんですよ?」


「話が長い。いいから殺れ」


 チョンチョンと、首を指差す。俺の頸動脈の位置だ。ここを刺されると普通の人間は死ぬ。


「ビビってんのか? 人を殺したことはあるんだろ?」


「ありますよ……それは。でも先輩のその自負心にビビってます。マジで死ぬのが怖くないんですか?」


「むしろ寿命宣告されていない人間で、死を恐れている奴いるか? 自分が明日死ぬかもとか怯えて暮らしている日本人いると思うか?」


「その楽観視が……先輩の根拠ですか?」


「いや? 俺の根拠はまた別」


 死ぬのが怖くない……とはまた質が違っていて。


「あ、あ……」


 ナイフを握る須藤カーマの手が震える。人を殺したことがあっても、一度目のそれと二度目のソレが等量の消費を要する覚悟ではない。一回殺したから二回も三回も同じだろうと考えるのは人格破綻者。仮に一回だろうが二回だろうが、一人殺すたびに覚悟をごっそり削られるのが殺人と言う行為だ。殺される側の俺には言われたくなかろうが。


「じゃあ、死んでください」


「嫌だ」


 ニッコリと俺は微笑む。意地でも死んでやるか。俺にとって死とは敗北。であればここで死ぬ気はさらさらない。その俺の首に須藤カーマのナイフが深々と刺さった。

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