不安な時間

2人が交際を初めて2週間が経ちそうな頃


恭弥がふとリビングのソファに腰を下ろし、蒼の方を見た。

「…なあ、週末、また出かけないか?」


蒼の心臓が跳ねる。

「え、出かけるんですか?」

「そうだ。今回は買い物をしようと思ってる」


蒼の目が少し輝く。

「買い物……ですか。いいですね」


恭弥はにっこりと笑わずに、でも柔らかい表情で頷いた。

「じゃあ、考えようか。何が欲しいか何が買いたいか、何を食べたいか……」


蒼は小さくうんうんとうなずき、顎に手を当てて考えるポーズをとって少し首を傾げる

「うーん……」


蒼は小さく首を振る。

「えっと……別に、特に……欲しいものは……」

物欲はあまりない蒼に、恭弥は思わず目を細める。


「なるほど、そうか。なら俺がいろいろ選んでやる」


恭弥は心底楽しそうに、蒼のために色々考え始める……そろそろ新しい服欲しいよな、これから出かける回数増やしたいし靴も必要だよな、バッグもこれから使っていきたいよな…と色々ぶつぶつ呟く恭弥に蒼は

「えっ……そんなに買わなくても……」

小声で言うが、恭弥は耳を貸さない。


「遠慮するな。お前に必要と思ったものは全て揃えてやるからな。」


蒼は顔を赤くしながらも、どこか嬉しそうに頷いた。


そして、しばらくして、話題がご飯のことになる。


「……あ、恭弥さん。ご飯も食べたいです……」

蒼の声に力が入り、目が輝く。


「お、何食べたいんだ?」

恭弥は少しニヤリとしながら聞く。


「えっと……ハンバーグも食べたいし、ラーメンも……あっそれからケーキも……」

蒼は止まらず、次々と食べたいものを挙げていく。

恭弥はその様子を見て、胸の奥でくすぐったい感情と抑えきれない愛おしさが湧く。


「よし、全部食べさせてやる」

「……っありがとうございます!」

「決まりだ。お前が楽しめるように、全部用意してやるからな。」


蒼は胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。

物欲はあまりないけれど、恭弥が一緒に考えてくれるだけで、心が満たされる。


そして、食べ物の話になると、自然と笑顔がこぼれる。


「……恭弥さん、本当にありがとうございます……」

「ふ、楽しみだな」

恭弥は微笑み、蒼の手に軽く触れる。

その瞬間、蒼の胸はちょっとドキドキして、でも確かな安心感で満たされていた。







週末のショッピング当日、二人は朝からウキウキと街へ繰り出した。


「こっちのシャツ、どう思う?」

蒼は少し恥ずかしそうに首をかしげながらも、真剣に選ぶ。

「こっちの方がいいですねっ」

恭弥はうんうんと頷き、微笑む。二人で並んで服を選ぶ姿は、まるでただのカップルのようだった。


次は靴売り場。蒼はあまり物欲はないものの、恭弥のおすすめを試し、軽く笑顔を見せる。

「よく似合うぞ、でも少しサイズが大きいな、もう少し小さいのを探すか」


そのまま恭弥が選んだ歩きやすい蒼にピッタリな靴を店で買って、履いて、店を出る。


昼下がり、二人はレストランに入った。

昼時を少し過ぎていたため、店内はほどよく空いている。窓際の席に通されると、蒼は嬉しそうに景色を見た。


「……高いですね、ここ」

「眺めがいいって聞いた」

恭弥が短く答え、メニューを手渡す。


蒼はページをめくりながら、小さく首を傾げた。

「ハンバーグか……うーんでもオムライスもいいな……」

「好きなもの頼め」

「……でも、ここ結構高いですよ」

「気にするな。今日はお前の好きなものを食う日だ」


その言葉に、蒼の唇がかすかに緩む。

普段は遠慮がちで、何を選ぶにも迷ってしまう蒼が、そのときは少しだけ楽しそうに見えた。


「じゃあ……このセットと…あとケーキも頼んでいいですか?」

「大丈夫か?腹壊さないか?」

「……あ、でも、どっちも気になって……」

「わかった。両方頼め、苦しくなったら言え。」

「えっ……」

恭弥は当たり前のようにメニューを取り、店員を呼ぶ。


料理が運ばれてくると、蒼は目を輝かせてフォークを取った。

ひと口食べるたびに、少し頬を緩める。

「おいしいですっ!」

「そうか」

短い返事の中に、恭弥の満足げな気配が滲む。


昼食を終え、二人は会計を済ませて人の多いショッピングフロアへ戻る。二人で近くにあったアクセサリーショップに入って特に目的もなくフラフラ歩いてアクセサリーを眺める。


恭弥は歩きながら「ペアリングもいいな…」と考えながらショーケースに並べられたリングを眺めて、隣にいる蒼にアクセサリーは欲しくないか聞くために顔を上げて横をみたとき、


そこに蒼の姿はなかった。


「……?」

軽く見渡しても、どこにもいない。


心臓が冷える。

次の瞬間には、恭弥の中の何かが静かに切れた。


言葉は出なかった。

怒鳴ることもできなかった。


ただ、全身から“焦りと怒り”が滲み出る。

眉をひとつも動かさず、視線だけで周囲を射抜くように。


店内をゆっくりと、だが確実に歩き回る。

足音がやけに重く響く。

通りすぎる人が、なぜか息を呑むように道を開けていく。


携帯を取り出しかけて、恭弥は一度それを握りしめたまま止めた。荷物は全て自分が持っていた。


喉の奥で何かが煮える。

「逃げたのか」という最悪の言葉が、頭を掠める。


ゆっくりと焦りと怒りを抑えるために息を吐きながら、フロアの隅から隅まで探す。


周囲のざわめきが遠ざかっていくように感じる。


目の前にいる客や通りすがりの笑い声、

そのどれもが今は耳に入らない。


表情ひとつ動かさないまま、ただ蒼の姿を求めて歩き続けた。

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