第2話
朝、目を開ける前にスマホが鳴った。
『昨夜の寝言:「……ココア……おかわり……」録音しました。可愛いです。——凛』
うん? 録音ってどうやってしたんだろう。
『あっ、ちなみに安静時心拍:60/歯ぎしり:なし/寝返り:8回(うち2回は寒そうだったので毛布をかけました)』
毛布? 窓の鍵、閉めたはずなんだけど。
「おはよう、悠真くん」
メッセージに重なるように、玄関のチャイムが鳴った。扉を開けると、白いカーディガンが朝日で発光していた。
「鍵、ポストから落ちかけてたから、入れておいたよ」
「あ、うん。ありがとう。でも、凛って僕のことを心配してくれるのは嬉しいんだけど、ちゃんと寝てる?」
「えっ?」
「僕も彼女である凛の健康が心配だよ」
「キュン! 嬉しいです! それだけ私は愛されているんですね!」
「そうだね。彼女だもん」
凛の手には、見慣れない小箱。
「そんな素敵な彼氏さんの悠真くんにプレゼントです。開けて見てください?」
「うわーありがとう。朝からプレゼントをもらうって、特別な日みたいだね」
箱の中には、細い黒いリングが二つ。小さなインジケーターが脈打っている。
「ペアリング?」
「うん。可愛い同期装置です。心拍と位置と『好き』の回数だけが共有されます」
「『好き』の回数?」
「言葉にしたらカウントされるのです。私たち二人の世界記録です」
「へぇ、面白いね。どっちが多く好きっていうのか競争だね」
「はうっ!? 動じない悠真くんが素敵すぎます」
僕が指にはめると、凛の指のリングも一瞬だけ灯った。ふたりの鼓動が、ほんの少し寄り添う。胸の奥がむず痒い。
彼女の横顔は、完璧に幸せそうで、僕も嬉しくなる。
登校すると、廊下の掲示板に見慣れない紙が貼られていた。
『交際周知票
二年B組 成瀬悠真 × 二年A組 白崎凛
双方の同意のもと、校内での過度な接近・過度な介入・過度な可愛いを認める。
※迷惑だと感じた場合は、任意での申し出を受け付けます(窓口:白崎)』
「窓口が白崎は無理だろ」
肩の後ろで沢村が死んだ声を出した。僕は紙の端の小さな文字を見つける。
『第三者との誤解を避けるための安全策です。ご協力ありがとうございます。白崎』
なんだか照れちゃうよね。彼女と付き合っているのを学校全体で宣言しているみたいだ。それに、僕に迷惑をかけないように窓口まで凛がしてくれるなんて。申し訳ないな。
昼、購買の前で三年の先輩に呼び止められた。
「成瀬くん、この前は——」
「悠真くん、唐揚げパン、残り一つでしたよ。はい」
白いカーディガンが間に滑り込む速度は、昨日より速かった。凛は微笑んだまま、先輩に頭を下げる。
「これはこれはこの間、悠真くんのシャーペンを拾ってくれた先輩じゃないですか。この間はありがとうございました。お礼を言いそびれてましたね。先輩の授業ノート、かわいいですね。『成瀬』って最近書く回数が増えてる」
「えっ……?」
「字って、指先の温度で傾きが変わるんです。可愛い。でも、熱が上がりすぎると火傷になるから、冷やしておきますね」
凛は先輩の手首をそっと取って、備え付けの消毒スプレーを一回。指先を冷たい霧で包んでから、やさしく笑った。
「お大事に。二度と火がつかないように」
先輩は小さく頷いて、逃げるみたいに去って行った。沢村が僕の耳元で囁く。
「今の、何を冷やした?」
「え、指先?」
「いや、もっとこう……魂の火を消したように俺には見えたぞ」
「なんだよそれ」
放課後。凛にうち、来る? と誘ってもらった。
白崎家は、外から見るとお屋敷のように広い一軒家だった。
靴を揃えると、甘い匂いが鼻をくすぐった。焼き菓子の匂い。
台所から「いらっしゃい、悠真くん」と穏やかな女性の声。
凛のお母さんだ。
「お邪魔します」
「ええ、いつも凛と付き合ってくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ凛には色々と世話になってばかりでありがとうございます」
「ええ、あの子はちょっと思い込みが激しい方だから、色々とこちらこそ迷惑を」
「お母さん? どうしたのかな?」
「ヒッ?!」
僕がお母さんと話していると階段の上から凛が僕らを見下ろしていた。
お母さんは顔を真っ青にして、リビングに入っていく。
「凛、あの。パンツ見えてるよ」
「いやん! もう、悠真くんにならいくらでもだよ。なんだったら、パンツの中でも」
「ダメだよ。僕たちはまだ学生だ。自分を大切にしないとね。間違って子供ができてもちゃんと育ててあげられないから、そういうことはちゃんとしようね」
「そんな真面目な悠真くんが素敵です!」
階段を上がって凛の部屋に入った瞬間、空気が変わる。
白い壁一面に、透明のファイルと小さな箱が、几帳面に並んでいた。
タイトルのラベルは銀のペン。
『悠真くん・呼吸ログ 第一巻〜第七巻』
『笑った回数(曜日別・天気別)』
『落とし物(保存)』
『抜けた糸(制服)』『紙屑(数学のメモ)』『髪(床屋さん)』
「……床屋?」
「うん。外のゴミ箱、風で飛びそうだったから保護しました」
「そっと、ありがとう。ゴミが散らかるのは良くないもんね」
ガラスケースの中央に、小さな箱が鎮座していた。
リボンに『特別保全』とある。
「それは?」
「初めて『可愛い』って言われた日の息です」
「息は、保存できるの?」
「できないから、空気を保存しました。できないをできるにするのが、愛だから」
笑顔のまま、瞳だけがどこも見ていない。
僕は、喉の奥で言葉が転んだ。
「座って。はい、お茶。ハーブだから、落ち着くよ。危ないものは入ってませんから」
「危ないもの? 凛のことを信じてるから大丈夫でしょ。ありがとう」
温かい香りが鼻に抜ける間、凛はベッド下から、硬いケースを引き出した。カチリ、と鍵の音。
「これ、見せたかったの」
中はまっさらな書類と、印鑑ケース。書類の右上に、薄い金色の罫線でこう印刷されている。
「婚姻届?」
「はい。私たちは来年十八歳になるので、悠真くんの誕生日を迎えた日に出しに行こうと思っています!」
「そっか、ありがとう。楽しみにしているよ。そんなにも思われる僕って幸せだなぁ〜」
「ふふ、悠真くんはきっと大物になると思います!」
「そうかな?」
「はい! 婚姻届って少し重いかなって、心配だったんです!」
凛が珍しくしおらしい顔をしている。これは彼氏として、元気づけないとね。
「凛」
「はい?」
「僕は愛されることは凄く嬉しいことだって思うんだ。それに婚姻届を出すのも、彼氏彼女になった時にはいつかは考えることだよね? だから、重くなんてないよ」
「ふふ、ふふふふふふっふふふふふふっふふふふふふふっふふ」
僕が思ったことを口にすると凛の大きくて綺麗な瞳が真ん丸の黒目が大きくなって、嬉しそうに笑ってくれる。
「ありがとうございます。悠真くん。大好きです!」
彼女が僕に抱きついてくれる。大きな胸が当たって僕はドキドキしてしまうな。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あとがき
どうも作者のイコです。
本当は一話の短編のつもりでしたが。
意外にフォローとか、星とか、いいねをもらえたので調子に乗りました。
あとは、レビューありがとうございます!
やっぱりレビューは嬉しいですね(๑>◡<๑)
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