第2話 ダンジョン内爆走


「はっ!!」


 ナナの意識が戻ったのは逃亡中のエイトの肩の上だった。


「ひいいいっ!」


 現状を把握したナナは思わず悲鳴を上げてしまった。しかし、それは先程の未確認浮遊精神体お化けを思い出したからではない。超がつくほどの方向音痴であるエイトが見境なくダンジョンの中を爆走していたからだ。


(絶対迷子になるっ!いや、多分もうなってる!!ダンジョンの中で迷子!!!)


 ・・・短い人生だったとナナは思った。


 だってよく見るとエイトは何匹もの魔獣の横を走り抜け、何匹もの魔獣に追われているし──


『あ、そこ右だよ。次は左』


 さっきのお化けが並走していて道案内をしていたのだから。

 エイトは恐怖のあまり訳がわからなくなっているらしく無意識にお化けの指示に従っているし、きっと二人ともお化けの巣に連れていかれて美味しく食べられてしまうに違いないのだ!


 ナナは再び気絶したくなったが生きて帰るためにはそういうわけにはいかない。取り敢えず今思い付く選択肢は二つ。

 このまま何も言わずお化けについて行ってお化け一人?を相手にするか、ここでエイトの頭を殴って正気に戻し、追いかけてくる魔獣たちと一線交えるかだ。


 だけどそんなこと、悩むまでもない。

 前者ならお化け一匹?の相手ですむけど、ここでエイトを正気に戻せば大量の魔獣+お化けを相手にすることになるからだ。


(恐慌状態の相棒がいると却って冷静になるっていうのは本当だったんだ)


 それは冒険者の初心者講習の時に先輩冒険者が話していた経験談だ。まさかそれを体感する日がやってこようとは思わなかった。


(神様どうかこのお化けにお迎えを寄越してください)

 出来ればこの魔獣たちを振り切った後で──


 ナナはエイトに担がれたまま神に祈った。






 *――*――*――*――*――*






『ここなら大丈夫だよ。魔獣も追って来ることが出来ないからゆっくり話せる』

「ひっ!!なんでここにお化けがっ!?」


 エイトはふと正気に戻り、驚きのあまり意識を手放しそうになったがこんなところで意識を手放したら人生を手放すと同義だ。しかも自分の肩にはナナの命がかかっている(物理)。そう思い必死に意識を保った。


『おっ!流石だ。耐えたね』


 お化けは満足そうに微笑むと、肩のお嬢さんを下ろして上げなさいとエイトに言った。

 肩から下ろされたナナがお腹をさすりながら、エイトにここ──お化けの巣にたどり着くまでの経緯を(大量の魔獣に追われながらも、自らお化けについて来たのだと)話して聞かせた。

 ダンジョン内で気絶してしまったこっちが悪いので苦情はいわないが、意識がある状態で肩に担がれると振動による衝撃が結構腹にくるのだ。その上全力疾走をされた日にはダメージも増す。


『私のことはアースとでも呼んでくれ』

「俺はエイトで、こっちはナナです!」


 お化けの名乗りにエイトが慣れない丁寧な言葉づかいで答えた。どうやら彼の中で恐怖のあまり何かのスイッチが壊れ、安全圏に連れてきてくれたお化けの好感度が爆上がりしているようだ。


(え?お化けに名前教えて呪われたりしないの?)


 勝手に個人情報を暴露され、ナナはエイトを睨み付けた。


『呪わないよ。そんな力ないし』

「ひっ!こっ、心が読めるんですか!?」

『そうだね。大きな括りで言えば私は君たちのいうところのお化けと同類かもしれないけれど、私は単なる精神体なんだ。ここは巣でもないし、タンパク質も必要ないから君たちを食べたりもしない。

 だから心の中でも「お化け」じゃなくてアースと呼んでくれたら嬉しいかな』


(単なる精神体ってなんだろう)


 二人はそう思ったが、そう言って笑うアースの表情が妙に人間臭くて怯えの気持ちも落ち着いてきた。タンパク質呼ばわりされたことは置いておくとして、二人はアースの話を聞くことにした。


 聞くとアースは100年以上前に人を探してこのダンジョンに入ったが、30階層まで攻略したところで力尽きて死んでしまったらしい。

 アースは精神体になった今でもその人を探し続けているのだが、精神体になったからか問題が一つ浮上した。この階層から出ることが出来なくなってしまったのだ。

 精神体で出られないのであればと冒険者にぴったりくっついたり、冒険者に憑依してみたり・・・アースはこれまでに様々な方法を試したが上手くいかなかった。


『私を認識できる君たちとならば階層を越えられる気がするんだ。私をダンジョン攻略に同行させてくれないだろうか』


 アースの話を聞いて、ナナの恐怖に同情が打ち勝った。

 100年も探し続けている「女性」なんて、そんなの愛する人だと相場が決まってる!

 しかもアースは方向感覚がしっかりしており魔獣の気配も分かるらしい。突然飛び出してくる魔獣のサプライズが予知出来るのであれば、このオドロオドロシイ雰囲気さえ我慢すれば怖さは半減する。

 しかもよく見たらアースは「あなたはどこぞの王子様ですか?」と言いたくなるほど目茶苦茶良い容姿をしているではないか。

 イケメンであれば半透明なその姿も、慣れてしまえば──って思ったけど、アースだけなら良いケドその向こうにエイトが透けて見えるのがやっぱりキモイ。決してエイトがキモイわけではないが、見え方がちょっと・・・いやかなり不気味だ・・・うん、慣れる気がしない。


「そうだ。生身の身体に入ってダメだったのなら、モノの中に入るのは試してみた?」

『物の中に・・・?いや、それは試したことがない・・・』


 え、リュックや剣に憑依するという意味だろうかとアースは思ったが、ナナがウエストポーチから取り出したのは全く想像もしていなかったものだった。


「私の推し魔獣!デビルハムスターの等身大マスコット(番ver.オス・限定品)よ」


 デビルハムスターは一つ目でモコモコした、手のひらに乗るサイズのかわいい小型魔獣だ。小さな丸い尻尾に大きくてつぶらな瞳。じっと見つめられるとキュンとすると、今女子の間で大人気のペットである。ナナも飼いたいと思っているが、冒険者として活動しているうちはお世話ができないため『ヌイグルミ』で我慢していたのだ。


 ・・・もちろんナナが宝物のヌイグルミをアースに提供したのにはウラがある。


『試してみよう』


 アースはそう言うとぬいぐるみに入った。

 暫くすると、デビルハムスターのモコモコした身体がピクリと動いた。両手を広げたり丸まったり、片足を上げたりしている。どうやら成功した様だ。


『動きにも問題なさそうだ。生体は駄目だったが無機物か──ナナの発想にはか・・・』


 感心するよと言いながらアースが見上げると、そこには胸の前で手を組み、目をキラキラさせてダラシなくニヤけるナナの姿があった。


「か、かわいい・・・」

「『・・・・・・』」


 動くデビルハムスター(のヌイグルミ)と共に冒険を!これこそがナナの目論見であった。




 順調に魔獣を倒し、二人と一匹?は31階層に続く階段に出た。


「行くよ」

『ああ』


 これまでもここまでは来ることが出来たらしいが、階段を下ることが出来なかったらしい。アースはナナの肩の上で緊張した面持ちで答えた。


 ナナが一歩、階段を降りる──。


「アース・・・?」


 ナナが肩のヌイグルミに話しかけた。


『・・・っ!成功だ!!ありがとう、ナナ!!』

「よかった!(これで恐怖半減!憧れのデビルハムスターとダンジョン攻略だ!)」


「ソコ!盛り上がるのは良いが俺の存在を忘れないでくれ」


 こうしてアースの同行が決定したが、そこにエイトの意志はなかった。

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