第4話 師匠と弟子

 

「てことで、師匠役が登場しましたー!」

「いやー、異世界転生の激アツポイントをしっかり押さえてきましたね!」

「そうですね!」

「ではその師匠役の方にご登場願いましょう!」

 心の中でひそやかに実況するが、本当に驚いている。



 マジか、俺にもこんな素敵な師匠がつくのか。

 そう思ってるだけでやる気が出てくる。

 正直何が何でも魔法は会得したいから、真面目にやらないとな。

「よ…よろしくお願いします! リリィ・スフィローゼ師匠!」

「その呼び方…リリィでいいですよ」

「わかりました。リリィ師匠!」

 おお! いきなり名前呼びを許されるなんて、異世界ってのは本当にいい。



 近くの草原が、今日からの稽古の場所になった。

 まだ覚えてるだろうか? そう、俺が最初いたあの原っぱだ。

「今から簡単な魔法を見せていきます。よく見て学んでください。

 火の神に我が名を連ね奉る。

 求めるは永劫の赤、純粋の玉となりて、

 我が前に顕現せよ。

 “火球ファイヤーボール“!」

(……ドーン!)

 さすがは現役の魔法師だ。母が見せてくれたやつの何倍か威力があった。



 よし、俺もやってみよう!

「師匠! 僕もやってみてもいいですか」

「ええ、まあ…どうぞ」

 あれ、なんか見下すような目線してくるぞ。

 俺が一回見ただけでできるようになるわけがないって思ってんのか?

 チッチッチー、前にも言ったが俺は全ての属性初級までは使えるようになってんだよ。えっへん!

「では…

 火の神に我が名を連ね奉る。

 求めるは永劫の赤、純粋の玉となりて、

 我が前に顕現せよ…

 “火球ファイヤーボール”!」

(ゴォォォォォ…ドカーン!)


 あ、やっばい。忘れてた。

 俺の魔法は大体大きくなってしまうのだ。

 向こうの木が灰になってる……

 しかもこれ父が昔植えたって言ってたやつ!

 やらかした……


 ふと、リリィ師匠の方を向いた。

 ぽかーんってしてる……可愛い。

「な、ななな、何ですか今の大きさは!」

「ええまあ、はい…」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! さすがに大きすぎませんか! どうやってやったんですか!?」


 ふーむ。もしかして師匠ご存知ないのか?

「師匠、魔法の威力って本人の魔力に依存するのって知ってますか?」

「それはもちろん知ってますけど、杖なしでこれって…さすがにありえないと思うんですけど!」

 流石に知ってたか。


 ふふん。思い知ったか! あなたの弟子は、優秀なんですよー。

「ち…ちなみに聞くんですけど、他の系統もいけたりしますか?」

「もちろんです!」



 その後俺は他の属性の魔法も見せた。

 その度にリリィ師匠は驚いていた。


 帰ってきたら、母がリリィ師匠に問い詰めた。

「どうでした? どうでしたかうちの息子ちゃんは?」

「ひっ! …ま…まあそこそこですよ…そう…そこそこだったんですよ…これでこそ教え甲斐というものが―――」

 わかりやすくて助かる。明らかに動揺しておるな!

 なんか達成感すごいなあ。ギャフンと言わせてやるって目標初日で達成! やったぜ!


 ――


 それからの日々は穏やかだった。

 朝は魔法の練習、昼は師匠と散歩、夜は母の作ったスープを飲む。

 そんな繰り返しが、少しずつ「日常」になっていた。



 そういえば師匠から昔の体験談を聞いたことがある。

「実は私……自分の師匠と喧嘩して、それで別れて……そのまま会えずに……死に別れしたんですよね」

「それは……お気の毒に……」

 俺は絶対にそんな目に会いたくない。


「いえいえお気になさらないでください。私が言いたいのはその……なんと言いますか……師匠って呼ばれるのはちょっと気が引けます。私とあなたにも、もしかたらそういう……」

「いいえ。それは絶対にありません。私はリリィ師匠を慕い、敬っているからこそ、師匠と呼ばせてもらっています。師匠の言うことに反論なんてしませんし、ましてや喧嘩などは絶対にしません。だから呼ばせて…ください。”師匠“と」

「……そうですか。それなら……いいです」


 そう、こんな素敵なお方を”師匠“と呼ばずして、しかも手放すなど……そんなことをする俺が想像もつかない。

 大事にしよう。この関係を。

 そう思えた日だった。


 …………――――――…………



 そんなこんなでもう2年経った。リリィ師匠との練習は順調だ。もう上級までの魔法はほとんど覚えた。

 師匠も驚いている。

「私は8年かかったのに……」

 とか言って悔しがってた。いやあすまないねえ。

 魔法というものの感覚というのが手に取るようにわかる。なぜだろう。前世の記憶のおかげで理解が早いのか、それともこの体の才能が富んでいるのか。どちらにせよ好都合だ。



 だがある日、事件は訪れた。

「シュウ、街に行きませんか」

 街。王都の城下町のことだ。

 それを聞いた時、俺は想像した。たくさんの人混みの中を歩く俺。

 その瞬間、俺は吐き気を催した。無理だ。

 もう何十年見たことがない“人の集団”。


「街……ですか?」

「そうです。王都の城下町まで行って魔法書を漁りに行きましょう」

「師匠お一人で行ってくればいいじゃありませんか」

「いえ、今回の目的は算術の訓練です。買い物はそれに一番効果のある方法です」

「……いや…です」



 思えば転生した後も俺はこの村から一度も出たことがなかった。

「この子買い物しに行く時もそうだけど何でかしらねえ」

「もしかして算術が苦手なんですか?ふふふ」

 なんか久しぶりに見た気がする。師匠の得意気な顔。

「ほら行きますよ」

「ちょっと! 待ってくださいよ! ねえってば!」

 師匠は問答無用で俺の腕を掴んで引っ張り出した。



 王都まではそう遠くはなかった。

 もうすぐ門の前っていうところまで来た。

「ほら中に入りますよ」

「帰りましょうよ師匠……」

「大丈夫ですよ」

 そのまま腕を引っ張られて中に連れてこられた。


 やだ。見たくない。誰かに心の中で嘲笑われてるに決まってる。


「ほら、目を開けてください。前が見えないと歩けないでしょう」


 おそるおそる目をあける。

 町にはたくさんの人がいた。

 皆市場で買い物をしたりすれば、楽器の演奏を見ている人もいる。

 そして一つのことに気づく。


「誰も……俺のことなんか……気にしていない……?」


 子供を連れて歩く歩行人。

 値段交渉で頭を悩ます商人。

 みんな各々のやるべきことをしている。

 俺のことを気にかける暇がありそうなやつは1人もいない。



 その時改めて思った。

「俺、転生したんだ」

 そう、前の俺はもういない。今の俺は磯垣亨じゃない。シューツだ。誰に笑われるというのだろう。誰にいじめられるというのだ。



 高校時代の悪い記憶を思い出す。

 放課後に遊んでいたら、隣の高校の不良に目をつけられた。ここは自分たちの縄張りだ、とか言ってボコスカ殴られた。俺はそいつらのいうことを聞く犬みたいになっていた。

 校門で貼り付けにされたこともあった。

 校門の鉄の匂いが、血の味と混じって鼻に残った。

「犬みたいだな」と笑う声。

 見下ろす視線の群れが、今でも頭の中で消えない。


 裸の写真を撮られ、町中にばら撒かれたこともあった。

 人々の視線が心を引き裂いた。



 それで俺は引きこもった。



 だがここにはそんなことをする奴なんていない。


 当たり前じゃないか。

 何で今までこんなに恐れたのだろう。

「ほら、大丈夫だったでしょう」

「………はい」

なら、思いっきり楽しもう。初めてのおつかい外出だ。



…………――――――…………



 その日は師匠と町中を探索した。

 俺も師匠もこの町は初めてだったから、かなりはしゃいでいた。気づけばもう暗くなっていた。

「星が綺麗ですね」

「私の故郷だと、あの星が今真上に来ているんですよ。不思議ですね」

「……師匠ってこの世界はどんな形をしてると思いますか?」

「そうですね…考えたこともありませんでした」



 帰路では星の見え方について議論した。

 この星で、場所によって星の見え方が違うのは、この星が丸いからだと言ったら、そんなわけないじゃないですかって鼻で笑われた。

 これがかつてのコペルニクスやガリレオの気持ちか…………なんて思ったりもした。

 楽しかったな。今日は本当に。



 帰ってきたら父に驚かれた。

「お前…城下町に来ていたのか! なんで連絡よこさなかったんだよー」

「少しはしゃいでしまいました」

「それは構わないんだが――」

 夕飯の会話はとても盛り上がった。



 今日はとてもいいことに気づかされた。



 夜風が頬を撫でた。

 遠くで、母がランプを消す音がした。

 俺は小さく息を吸い、呟いた。


「……俺は、“シューツ”だ」


 まぎれもない。なのだ。



 そんな簡単なことだ。だが俺にとってはこれ以上ない重要なことだ。



 …………――――――…………


 母日記

「今日はシュウちゃんがリリィさんと一緒に出かけた日、そして記念すべき日! ついに! あの“自宅警備員シューツ”が街の市場の行ったのよ! 何で今まで行きたがらなかったのかはさっぱりなのにねぇ……」


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