あの時、私とつぼみは、一緒に近所のショッピングモールに出掛けた帰りだった。私は自分のおこづかいさえはたいて、つぼみに服や髪飾りを買ってあげた。自分の外見になんて興味がないどころか直視もしたくなかったから、最低限月並みな格好さえできていればそれでよかった。それに、心底哀れだけど、もし私がつぼみみたいな容姿だったら、こんな服を着て、こんな髪型をして、と考えるのは楽しかった。つぼみも私の選んだ服を喜んでくれたし、着もしないのに四六時中ファッション誌を読んで可愛い服のイラストやらを描いていただけあって、私のセンスはなかなか良かったのかもしれない。

 服屋さんの紙袋を抱えながら、2人並んでアイスを食べていた。つぼみは好物のチョコミント。見た目はすごく可愛いけど、私はミントがどうも苦手で、その日も普通のバニラアイスを食べていた。私がつぼみの分の荷物も持ってあげていたから、身の軽いつぼみが若干前を歩いていた。

 アイスに夢中で、前を見ていなかったんだろう。私が気付いたときには、つぼみはとっくに横断歩道に足を踏み入れていた。その上おあつらえ向きに、スピードの出た車が曲がり角から突っ込んできた。まさに絵に描いたような、フィクションの世界で雑に起こるような交通事故だった。

 つぼみを助けたかったわけじゃない。どちらかというと、もう解放されたかったというのが近いかもしれない。私は完全に生まれてくる場所を間違えていた。この子の姉にさえ生まれていなければ、そこそこ幸せになれたかもしれないのに。むしろ呪いを残すつもりだった。一生の傷になればいいと思った。そうしてつぼみの中に住み着いてやるつもりだった。あわよくば歪んでくれて、主人公の座から転落でもすればいい、そう思った。

 抱えていた荷物は全部投げ捨てて、だってあんなに可愛いお洋服が破けちゃったら嫌だし、そうして私はつぼみの前に立ちふさがった。運転席のおじさんの、口をあんぐり開けた顔が見えて、この人もかわいそうだなと一瞬思ったけれど止められなかった。


 そこからの記憶はないけれど、ここが黄泉の国だとしたら、大方思いどおりに行ったのだろうと想像し、それにしてもどうして彼女がここにいるんだと向かい合う。いや、その女の子はつぼみではなかった。見た目はそっくりだけど、私の妹はこんな鉄面皮みたいな顔はしない。もっと表情豊かで、愛くるしくて。

「誰?」

「申し遅れました、私は天使です。ご自身がお亡くなりになったのは覚えていますか?今は、現世から天界へとお送りしている最中でございます」

 つぼみそっくりの鈴を転がすような声で、妙に堅苦しい言葉遣いで天使は言った。可愛らしい容姿や私のイメージと、あまりにちぐはぐで目眩がしそう。窓の外の海は、奇妙に淀んだ虹色に光っていた。

「三途の川ならぬ、三途の海ってこと?」

「天界までの道のりは、故人それぞれの大切な思い出や記憶が反映されます」

 海、と記憶を辿ってみて、もうずいぶん前、つぼみと離島に行ったときのことを思い出した。海や船がたいそう気に入ったらしく、将来は船長さんになる、とかほざいてたっけ。懐かしい。あれが私の大切な記憶だったのかな。確かにあの時の私は、純粋につぼみのことが大好きで、なによりも大切だった。

 潮風は磯の匂いなんてしなくて、無味無臭だった。人生最後に見る景色が海なんて、良い方なのかどうなのか。何はともあれ、全面につぼみの写真が貼られた道とかでなくて、まだよかったと思った。

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