欠落姉妹
現実逃避星人
波の音で目が覚めた。目を開けるとクリーム色の天井が見えた。それと、左側にそびえ立つ淡いレモン色の壁。
体を起こす。狭い部屋だった。今私が寝ていたベッドが、部屋の半分ほどを占領している。反対側の壁に小さな書き物机と椅子、クローゼットがあって、それでおしまい。あとは壁の飾り棚に、ぬいぐるみと写真がいくつか飾られているくらいだ。ぬいぐるみは蜂蜜色のくまさんで、他の家具も柔らかな黄色かオレンジで統一されている。ほっこり暖かい感じの部屋だ。
ベッドから降りて写真を見てみる。どれもかわいらしいフォトフレームに納められていて、よく見ると一つ一つが手作りらしかった。散りばめられた飾りの隙間から透明なボンドがはみ出しているのが見える。1番大きいのは貝殻の飾りが付いていて、入っているのも海の写真だった。よく晴れた空と港をバックに、私と小さな女の子が2人で写っている。写真の中の私はまだ小学校低学年くらいで、よく自分だと分かったなと、自分でも不思議だった。
そろそろ外に出ようと扉に手を伸ばす。木製のなんの変哲もない扉で、窓はない。開けると微かにきしんだ。
眩しさに顔をしかめる。扉の向こうは、壁全面に大きな窓が並ぶ部屋で、外にデッキが見えることから船の中だと分かる。そういえばかすかに揺れているし。
船内は縦に細長くて、左の壁に沿ってソファーと細いテーブル、右の壁に沿ってローボードが置かれればもう、真ん中にできた細い通路しか立つ場所はなかった。前方の壁にデッキへ出る扉があって、操縦席らしきものはない。後ろの壁を振り返ると、2つの扉が並んでいた。1つは私が出てきたもので、もう1つはなんだろう、と思っていたら唐突にそれが開いた。出てきたのは、小学校中学年くらいの女の子。さっきの写真の子だ、と、えげつないくらい可愛い、が同時に頭に浮かんだ。
セーラー襟の白いワンピースを着ていた。広がったスカートも、華奢な足も真っ白な肌もつやつやの髪も、写真よりずっとずっと可愛かった。おとぎ話の可愛い挿絵から抜け出してきたみたい、とか、魔法少女アニメの女の子が現実にいたらぜったいこんなだとか、そんな形容じゃとても言い尽くせないくらい。
きらきら輝く大きな瞳に長い睫の、私の人生の半分以上もの間ずっと見てきたその顔は、いとも簡単に私のぼんやりした頭を晴らして、忌々しい記憶も全部思い出させてくれた。私が死んだときのことも、全部。
つぼみは私の妹で、そしてものすごく可愛かった。これは姉バカじゃなくて、客観的に見ても誰が見ても、つぼみは本当に可愛かった。これで私も可愛ければ、美人姉妹でキャッキャウフフして楽しく暮らせたんだろうけど、残念ながら私の顔面は平々凡々だった。私の両親も私と似たり寄ったりだから、つぼみは鳶から生まれた鷹だったんだろう。もしくはカエルがユニコーンを生んだ、それくらい私たちとは次元が違っていた。
つぼみが生まれたのは、私が4歳のとき。当時の私は、可愛い妹が生まれたのが嬉しくて嬉しくて、甲斐甲斐しく世話をした。髪の毛を編んであげたり、ビーズでアクセサリーを作ってあげたり。つぼみは性格も外見と同じくらい綺麗で、私にすごく懐いてくれた。
変わり始めたのは、私が小学4年生くらいの時。ベタベタな展開だけど、私はつぼみほど可愛くない、って気づいてしまったんだ。そこからはもう、ただただ妹が憎くてしょうがなかった。
たかが外見、中身が大事、なんてよく聞くけど、そんな風に割り切れちゃ整形も化粧もなくなるだろうし、私もその御多分に洩れず、しかもそんな単純な話じゃなかった。つぼみは、私の理想だった。
誰にだってなりたい自分ってものがあると思う。私はそれが、可愛くて純粋な女の子だった。もちろん理想を叶えられる人なんて限られているし、大抵の人はなんとか現実的な範囲で理想っぽい感じの自分を作り上げて、それに満足したふりして生きていくのだろう、私もそうしたかった、でもできなかった。蟻一匹分の文句もない、完璧を超えた理想像そのものが、どうあがいても切り離せないほど近くにいたから。
どうしてみんな、外見に執着するのはおかしい、みっともないことみたいに言うんだろう。執着した結果最高にみっともないことになった私が言うのも説得力ないけど、なにも顔の話だけじゃない。素敵な景色とか、可愛いぬいぐるみとか、美しい絵とか、そういう綺麗なものが昔から好きだった。アニメや小説に登場する、可愛い女の子に憧れていた。小さい頃から本を読むのが好きで、私も主人公になりたかった。でも主人公はみんなかっこよくて、性格の悪さが売りの主人公だってたまにはいるけど、それでも何かしらの魅力はぜったいあって、それもそうか、魅力のない人間なんてそもそも主人公にはなれないのだから。私は確かに、外見に執着しすぎていたかもしれない、不細工だって主人公にはなれたかもしれない、でもそれも今となってはただの絵空事だ。妹に嫉妬して自殺したみっともない女の子は、外見に関係なく、どうあがいたって主人公にはなれないのだから。
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