柊ユカは神を信じない
ロジカル部の部室は、いつもより賑やかだった。
机の上にはお菓子と紙コップ。
窓から入る夕陽が、ゆるやかに部員たちの顔を照らしている。
そして……なぜか俺、綾辻カサネと花空リチはとんがりコーンのような帽子を被らされている。
「改めて、新入部員の綾辻カサネと花空リチに!かんぱーい!」
声がデカいシオリ先輩が声を上げると、部員たちは紙コップを軽く合わせた。
ジュースの泡が弾ける音。
だがその明るさの下に、どこか張り詰めた知的な空気が流れていた。
新入部員の歓迎会をやっていない!とシオリ先輩が発言していたのが昨日。そのまますぐさま有言実行を出来るからこそ、素直にシオリ先輩には驚かされる。
………最近、シオリ先輩はバスケ部の活動をいつやっているのか疑問に思っている。分身でもしてるのだろうか?
「私が来るのも久しぶりだなぁ」
柔らかな声がして、リチが顔を上げる。
そこにいたのは、銀色の長い髪を緩くまとめた女性――柊ユカ先輩、というらしい。
白いブラウスの袖をたくし上げ、どこか大人びた雰囲気を纏っている。
「ユカ先輩、ほんと珍しいですよね」
シオリ先輩が笑うと、ユカ先輩は肩をすくめた。
「受験勉強の息抜き。ね、せっかくだから新入部員さんたちと話したいな」
「え、私たちですか?」
リチが目を瞬かせる。
「そう。少し興味があってね」
ユカ先輩は手元の紙コップを指で回しながら笑みを浮かべた。
何というか大人びていると思う。まだ高校三年生らしいが、とてもそうとは思えない。落ち着いた雰囲気と、数分共にしただけでわかる品の良さ、そんなユカ先輩は一体どんな議論を好むのだろうか。
「2人は……何かしらの宗教を信仰しているかしら?」
………勧誘?
大丈夫かこれ?
突拍子ゼロ、藪から棒の質問をするユカ先輩の目はまるで憧れのおもちゃをみる少年のように煌めいている。
「私ね……宗教学に強い興味があるの!人間の底を見抜く深いテーマだと、そう思わない?」
急にユカ先輩の声のトーンが上がる。
「ねえ、二人とも!神様って、いると思う?」
場の空気が少しだけ動く。
誰かがスナックをかじる音が止まり、
トコがゆっくりペンを置いた。
俺とリチ以外のロジカル部全員が、『始まったか』というように椅子に深く座り直した。
リチが先に口を開く。
「私は……いると思います。
“説明できない現象”って、きっとどこかで繋がってる気がして。
人が作った概念だったとしても、
その“作る力”自体が神に近いんじゃないかって」
「ふうん」
ユカは微笑む。だがその瞳は微笑みとは程遠い。
狂気と言い換えてもいいくらいだった。
深淵を覗く、いや見抜こうとするような瞳をしている。
「でも、天動説が嘘だった時点で、人間の“信仰の形”って崩れたと思わない?」
「……それは、そうかもしれませんけど」
「空が動いていると思っていたら、実は地球が回ってた。それを知っても、まだ“神が上にいる”って言い続ける。」
「――ねぇ、どこか怖くない?」
「現実を直視してもなお、信じようとするその執念。」
ユカ先輩の理屈が展開されるたびに、場の空気が張り詰めていくのがわかる
「間違っていたのは神ではない。聖書ではない。間違っていたのは信者の解釈であって、聖書に偽りはない。」
「彼らは、そう理屈付けた」
リチは息を呑む。
ユカ先輩は言葉を選ぶように、淡々と続けた。
「私は、神なんて存在しないと思ってる。
それでもね、“信じたい”って感情は……美しい。人間の脆さと執念が混ざった、純粋な狂気。
あれを見るとね、私、自分が無宗教であることが少し寂しくなるのよ」
その声音には、熱と冷たさが混ざっていた。
ナツメ副部長が静かに呟く。
「……先輩は、信じないからこそ“信じる者”を見たいんですね」
「そう。まるで、星を見上げるように。あの星が煌めくことに神秘を感じれるように。
星なんて宇宙に浮かんだ、ただの岩の塊でしかないという事を忘れてしまえるような……」
そうユカ先輩が笑う。
その笑みは美しく、どこか壊れそうだった。
「でも、リチちゃん」
名前を呼ぶ声が、妙に優しかった。
「あなたは“説明できないこと”が好きなんでしょう?だったら、神も“説明できない現象”の一つよ。おそらくロジカル部の人間が嫌いな“矛盾”と、同じ場所にある」
「……それでも、私は信じたいです」
リチは少し震える声で言う。
「たとえ論理が全部崩れても、
“信じること”そのものが、人を繋ぐ気がするから」
ユカの目が細くなる。俺は何か言葉を紡ごうとするがそれは難しいかった。
その目は蛇よりも鋭くリチを刺している。
「そう言えるうちは、まだ可愛い信者ね」
「……え?」
「信仰って、希望の裏返しじゃないの。
“救われたい”って心がある限り、神は存在する。でも、“救われない”と分かった瞬間に、神は死ぬのよ」
その言葉に、部室が静まり返った。
ユカは紙コップの中のジュースを飲み干し、
軽く息をついた。
「……だからね、神はきっと“いる”の。ただし、人間が思う形では、絶対に存在しない」
それを聞いて、俺はついにぽつりと口を開けた。
「――説明できない、ですね」
「そう。あなた、そういうの嫌いでしょう?聞いたわよ?シオリにね」
「ええ。だから、いっそ“存在しない”と言い切る方が楽です」
「理知的で、いいわね」
ユカはゆるく笑った。
その笑顔は、氷のように透明だった。
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