帰り道。①〜追加議論。偽りについて〜



〜〜議論白熱の1時間後〜〜


放課後の校門を出ると、風がすこし冷たくなっていた。

 西日が校舎の窓を朱に染め、鳥の鳴き声が遠くでかすかに響く。

 その中を俺、綾辻カサネと花空リチは並んで歩いていた。


 先ほどの議論はなかなかいい感じだったと思う。他人と意見のぶつけ合いをするのがこんなに楽しいだなんて知らなかった。


まぁ、シオリ先輩の指揮力やコト先輩の議論をまとめる力や、ナツメ副部長から一石を投じられた時の議論の幅の生まれ方。きっとあの場所での議論じゃなきゃこんなに面白くなかっただろう。

 リチとは偶然、帰る方向が同じだった。

 それだけのことだったはずなのに、歩幅が自然に揃っていた。


「……改めて、さっきは面白かったです」

 カサネが口を開いた。

 歩きながら、視線は前を向いたまま。

「議論のことだよね?」

「はい。ああいう話を真剣にできる人、なかなかいないので」

「そっか。私も、楽しかったよ」

 リチは少しだけ笑った。その横顔は、部室で論理を語っていたときよりも柔らかい。


「でも、意外でした」

「何が?」

「昼休みに、あなたがクラスメイトと話しているのを見たんです。

 普通に冗談を言ったり、明るく笑ったりしていて。

 それで、ロジカル部でのあなたとのギャップに、少し驚きました」


 リチは「ふうん」と呟いた。

「ギャップ、ね。

 ……じゃあ、あなたは普段からずっとあの調子なの?」

「“あの調子”というのは?」

「ほら、あの敬語で、理屈っぽい話し方」

「癖なので」

「そう。私はたぶん、逆。

 普段は“みんなに合わせてる”だけ」


 リチは立ち止まり、沈む陽のほうを見た。

「クラスで本気で理屈の話なんかしたら、浮くもん。

 でも、合わせてるうちに――“どれが本当の自分なんだろう”って、たまに思う」


 カサネは数歩進んでから、振り返った。

「“演技してる自分”と“本当の自分”、どちらが正しいと思いますか?」

「どっちも、じゃないかな」

「……曖昧ですね」

「だって、演技も自分がやってるんでしょ?

 だったら、それも“自分の一部”でしょ」


「でも、“偽っている”という事実は残ります。

 誰かに好かれるために嘘をつくのは、倫理的に見れば悪です」

「うん。でもね」

 リチは歩き出した。少し前を行く。

「“嘘をつかないで生きる”って、案外難しいよ。

 たとえば、『平気だよ』って笑うのも、“強がり”っていう嘘でしょ?

 でもその嘘がなかったら、世界ってもう少し冷たくなると思う」


「……つまり、善悪の問題ではないと?」

「うん。生きるための“技術”だと思う」

「技術」

「そう。呼吸みたいなもの。

 本当の自分なんて、きっと最初から固定されてない。

 “誰かと話してる時の自分”も、“一人で考えてる時の自分”も、全部が本当。

 ……私は、そう思ってる」


 しばらく沈黙が続いた。

 アスファルトに伸びた影が、少しずつ重なって、また離れていく。


「あなたの言葉は、矛盾していますね」

 カサネが静かに言った。

「けれど……なぜか、納得してしまうのが不思議です」

「理屈じゃないから、でしょ」

 リチは小さく笑った。


 その笑みを見た瞬間、カサネはふと思った。

 “理屈じゃない”という言葉ほど、今の自分に効くものはない、と。


 そして気づく。

 理論では説明できないことを、少しだけ信じてみたくなっている自分に。


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