第2話 坊主の顔

 宿の裏山に廃寺があるというので行ってみることにした。

 宿から裏山へは、夏草が好き放題に生い茂るだらだらとした坂を登っていく。

 路傍の草叢に目をやると、欠けた石仏や石燈籠の台座などが点在しており、なるほどここが参道だったことがわかる。

 旧盆の太陽が頭上からじりじり照りつけている。普段なら汗水漬くになっているところだが、登り坂を歩いているにもかかわらず少しも体が熱くならない。

 それどころか背中がぞくぞくとする。

 風邪でもひいたのかもしれない、宿に帰った方がいいかもしれない、と思った時だった。

 さっきまで降るように鳴いていたツクツク法師が、ぴたっと鳴き止んだ。

 山道がひりつくほどの静寂に包まれた途端、顔面から胸、背中にかけて汗がどっと出て、地面に滴った。

 やはり戻ろう、そう思ってきびすを返そうとした。

 すると、坂の上から墨染めの衣を着た坊主が歩いてくるのが目に入った。

 廃寺と聞いていたが修行する僧がまだいたのか、そんなことを考えながらなんとなく坊主が降りてくるのを見守った。

 坊主も何か考えているのか、下を向いてもくもくと歩いてくる。

 あと5歩、というところで坊主は足を止め、顔を上げた。

 坊主はギリシア彫刻みたいに端整な顔立ちで、大理石のように血の気がない肌をしていた。

 彼は焦点が合わない目つきで虚空を見つめていたが、ゆっくりと口を開いた。

 と、その瞬間、坊主の顔がぐずぐずと崩れて、地面に滴り落ちた。

 思わず「あっ」と叫ぶと、坊主の姿は消え、道の先の山が身を揺するようにおおおぉぉぉぉぉと轟いた。

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