ちょ~オ~シ~  ——超短編怪異譚集(その3)

ZZ・倶舎那

第1話 死神

 駅前まで買物に行こうと身支度をしている時のことだった。

 背後に気配がするので振り返ってみると、死神が立っていた。

 死神だと名乗ったわけでも、大鎌を携えていたわけでもないのだが、一目見た瞬間にそうだとわかった。

 ただ奇妙なことに、それは私とそっくりな姿をしていた。

「行こうか」

 死神はぶっきら棒にそう言った。

 この人生に未練がないわけではなかったが、私は「ああ」と言った。

 私は死神に連れられて家を出た。死神は駅とは反対側に歩いていった。

 町角を2、3度曲がると、もうそこは知らない場所だった。

 死神は人気のない道をずいずいと歩いていった。

 黙って歩き続けるのは気詰まりなので、気になっていることを訊ねてみることにした。ところが、こちらが口を開く前に死神が答え始めた。

「俺があんたとそっくりなのは、俺があんただからだ。あんたが生まれたその瞬間から、俺はあんたの中にいた。俺はあんたの一部として、あんたの中で過ごしてきた。たった一つの役目が訪れるのを待ちながら」

「たった一つの役目?」

「そうだ。あんたに死の訪れを告げるという役目だ」

「そのために生まれた時から——?」

「ああ。あんたに限らず、人間はみんな、自分そっくりの死神を内に秘めながら生きているのさ」

 私は前を歩く死神の背を見つめながら歩いていた。そして、自分の背中を見るのは奇妙な気分のものだなと思った。

 私はまた死神に訊ねた。

「私が死んだら、君はどうなるんだ?」

「役目を果たすために分離したが、今も俺はあんたの一部だ。あんたが消えれば、俺も消える」

「怖くはないのか?」

「怖いのか?」

 私は黙った。

 黙って死神の後について粛々と歩いた。

 すると、道の左右がどんどん荒涼としたものになっていった。

 一面に枯れ野が広がり、乾いた風がひゅーひゅーと吹いた。時折、長い翼の黒い鳥が、頭上をせわしげに飛び交った。

 こんなところまで来たのに誰のことも思い出さないのは、本当に浅ましいことだ、と私は思った。

 浅ましいから死ぬのだろうと思うと、死神はぼそりと「そうではない」と言った。

 それでまた黙って歩き続けた。

 道の両側には灌木がちらほら立つようになり、その間に朽ちかけた廃屋がぽつりぽつりと建っていた。

 もうどのくらい歩いたのだろうかと思ったが、死神が「振り返ってはいけない」と言ったので、死神の背中だけを見るようにしてただ歩いた。

 そうやって歩いているうちに、死神が自分に少しも似ていないことに気づいた。

 顔の作りや背格好は先ほどまでと変わりないのだが、それらをまとめた全体の姿は、どこか知らないところに住む親爺のものになっていた。

 私はこらえきれずに死神に訊ねた。

「まだかい?」

 死神はぼそりと答えた。

「もうすぐだ」

 その時、足元に小さな菫のような花が咲いているのが目に入った。

 私は足を止め身を屈めて、その花を見た。

 それは本当に小さな蠟細工のような花だった。薄紫の花びらがかすかに透けて、光を宿していた。

 訳もなく「ああ」と嘆息して顔を上げると、死神がいなくなっていた。

 目を凝らしてみると、道のずっと先で蟻のように小さくなっていた。

「おおい」と私は叫んだ。「私はここだよ」

 死神は何も答えず、その姿も間もなく見えなくなった。

「先に消えてしまったのか?」

 そう思うと少しばかりうらやましくなった。

「私はどうすればいいのだろう? 戻ろうか?」

 振り返ったらすぐに元の場所に戻れそうな気がしたが、とんでもないことになるようにも思えて、怖ろしくて振り返ることができなかった。

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