第一話「処刑当日」

 各々がまばらな足取りで階段を上がっていく。そうして眩い程の光量の差と共に女神像を通れば、あの宮殿の光景が眼前へ広がる。

 三人の少女達の遺体は既に消え失せており、どうやら一連の展開に巻き込まれている間に片付けられてしまっていた様だ。



「.....あ」



 小辻アオが倒れていた所には、彼女が死ぬ間際に能力で出現させたのであろう新聞紙が落ちていた。スズカにとってそれは小辻アオの存在を証明する最後の証拠と捉えてしまって止めが無い。

 まるで彼女の死を受け入れてしまっているかの様な、罪悪にまみれた気持ち悪い感情だ。



 ―――灰ヶ崎レオが目の前で処刑され、ある者は嘔吐し、ある者は目を逸らし、ある者はその惨状に顔を歪めた。

 この暗黒に包まれた部屋の中、明るい学園生活みらいを送る筈だった少年少女達は絶望の渦中かちゅうを眼前に突き付けられた。

 それでも時は無情にも過ぎて行く。1-2の生徒達を憐れむ素振りも見せず、進行は繰り返されるのだ。



「あ、そうそう。皆様には先程から前述の"スマ本"を支給させていただきます」



 白ヘビ。彼女は腰下ほどの丈を持つ真っ白な髪の毛に、幼い顔に反して妖艶な表情と、深紅のまなこ

 まだスズカが幼い頃、ふとテレビで目に入ったアルビノのアオダイショウ。その美しく儚げな、脳に強くこびり付く淡い印象。それを思わせる容姿だった。



「はい、どうぞ。スズカ様」


「ありが......」



 そうして彼女に渡された物は一冊の書物だった。これが"スマ本"なのだろう。表紙にはこれと言った飾りも無く、半径5cmほどの小さな穴が中心から少し上に空いている以外に何の変哲も無い。

 大きさは縦30cm、横20cm程だろうか。一般的なA5ノート程の広さだ。しかし厚さはまるで辞書の様で、



「...?どうしました?そう見つめられては...///」


「――――」



 妙に丁寧に渡された事から反射的にお礼を言ってしまいそうになる。が、自分達をこんな状況に貶めた元凶であろう人間だ。スズカは言葉をキュッと呑み込み、代わりに彼女を睨んで後退あとずさった。



「とりあえず___ぅ、此処のルールとか共有しておくので、見ておいて下さい」



 白ヘビは欠伸あくび交じりにそう言い、やがて地に伏した寝息を立て始めた。どうやら進行のやる気が尽きた様で、そんな彼女の無防備な姿に此方こっちまで欠伸に視界が霞みそうになってしまう。



「スズカさん、貴方の気持ちも分かります。が、今は情報を集める事に専念しましょう?」


「....そう.....だね」



 冷静に見える言動をする岬トウカも、その表情かおを少しでも眺めればその怒りが全面に出ているだろう。彼女の眉間に寄ったしわから、その静かなる激情が伺える。



「どうせなら一緒にめくりましょう?いっせーのせ、ですわよ?」


「うん、ありがと」


「いっせーのせっせーのっせせせっ」


「わわわっ」



 岬トウカにうながされる通りにスマ本をめくってみれば、1ページ目からデカデカと【情報Information】【地図Map】【連絡Message】【記録Memo】という四つの言葉が淡く光り輝いて書かれていた。

 まるで自分を"押せ"とでも自己主張しているかの様にページの中を密に埋め尽くす四つの言葉。というより、むしろ他のページは全て白紙であり、どうやらこの4つの言葉にアクションを起こさなければいけない様だ。



「まずは"コレ"から確認しましょ」



 スズカは岬トウカへ「うん...」と賛同し、その小さな人差し指を紙面へ伸ばす。

 【情報】。その二文字を押した瞬間にスマ本のページが右へそして左へバラバラと捲られてゆく。



「わわ、わわわっ!!」


「あら...!?」



 少女達はその独りでに動き出すスマ本の異様な動作に戸惑う。やがてそのページかん逡巡しゅんじゅんが動きを止めれば、次は小さな文字が列となって紙面に並ぶ。



「箇条書き―――今度こそ何か情報が得られるのでしょうか」


「とりあえず一番上の文字から見よう」


 

 【ルール】・【異能リスト】・【生徒手帳】・【時間】の四つの単語が小さく並んでおり、ここから書き足される可能性を考慮しているのか妙に余白が多い。

 スズカは他の文字を間違えて押さないよう、慎重に人差し指を【ルール】へ向けた。



「―――なんなんですの...っ!?このルール!!」



 岬トウカは一足先にその内容を見たのか、思わずと言った様子でその驚愕を叫ぶ。

 スズカは言葉には表せれない焦燥に口をつぐみ、またパラパラと捲られていくページの逡巡を目で追う。――――やがて、その内容がスズカの眼前に飛び込む。



1・最後の二人になるまで殺し合いは続く。


2・殺人事件が起こった時、2時間の捜査時間が設けられた後に選別裁判が開始する。


3・選別裁判のタイムリミットは2時間。


4・選別裁判により犯人が特定された場合、その犯人は処刑が為される事となる。また、これは冤罪であっても"処刑投票"が最多数であれば同様の処置をする。


5・真犯人を指摘する為の"処刑投票"を裁判が終了するまで行わなかった者は処罰対象となる。


6・自殺が行われた場合、裁判では自殺を行なった者を真犯人とする。事故死や病死等の他者からの加害的要因を除く死因も同様の対応を行なう。ただし事故死で他者に過失が認められた場合は、その者を真犯人とする。


7・一度に複数の殺人が重なった場合、投票権の追加が認められ、それぞれの事件の真犯人を投票する事となる。例として、もし二つの事件が重なれば、最終的な処刑投票数の1位と2位が処刑対象となる。


8・共犯による殺人が行われた場合、最後に被害者に致命的な害を加えた者を真犯人とする。


9・真犯人が裁判によって選ばれずに生き残った場合、その殺人は時効となる。


10・消灯時間となる23時からは白宿から出てはいけない。外出が許可される時間は朝6時から。


11・黒幕を"黒幕として"突き止め、処刑すれば生き残りの全員が異世界へ行く権利を与えられる。


12・黒幕を突き止める為の『最終裁判』によって真の黒幕を突き止められずに終わった場合、黒幕以外の全員が処刑される。


13・処罰の内容は黒幕・神域管理人・天使の裁量で決まる。また、極刑も認められる。


14・選別裁判に情状酌量や心神喪失等の概念は無く、必ず真犯人とされる人物を裁かなければいけない。


15・裁判によって無実の者が処刑された場合、それは冤罪を証明出来なかったその者の過失として、投票を行った他の者達に処罰は行われない。


16・【決闘の儀】にて相手を殺害した場合、それが罪に取られる事は無い。



「.....殺し合いだ」



 ―――なんて残酷な、なんて平等に不平等な。

 スズカはこの常軌を逸した状況に置かれている事を再認識させられ、また空っぽの胃を躍動させる。酸の味に喉が締められた。そんな感覚を震える手先で味わう。



「最後の二人ですって?なんて野蛮な...」


「トウカちゃん。ルールはもう少し後で見よう」


「えっ、でも...」


「少し...疲れた」



 スズカは今にでもスマ本を閉じてしまいたい衝動を抑えるのに必死であり、小辻アオの死を強く感じさせる物を見るにはまだ早過ぎるのだ。


 

「でもどうやって戻れば良いんですの?これ」


「多分...これじゃないかな」



 スズカは紙面の左上端を指差す。そこには【BACK】の赤い文字が書かれており、これは無意識にその機能を想像させるデザインだ。



「ポチっとですわ」



 そうして岬トウカが【BACK】の文字を押すと、やはりペラペラとスマ本のページが捲られて一つ前の【情報】の文字列のページまで戻った。



「おーーさっすがスズカさんですわ」


「どれ見ようか?」


「【異能リスト】、気になりますわ」


「そっか」



 スズカとトウカは同時に【異能リスト】の文字に触れ、先程よりも少し短い時間ページが捲られ続けてその文字列は表れた。



【? ? ?】

【―黒―い―尾―を―出―す―力―】

【―髪―の―毛―を―伸―ば―す―力―】

【―認―識―助―長―】

【認 識 阻 害】

【―新―聞―輸―入―】

【翼】

【物 体 を 3cm だ け 動 か す 力】

【超 防 音】

【切 断】

【拡 声】

【異 能 封 じ】

【保 温】

【色 彩 変 化】

【ラ イ ト ニ ン グ ボ ル ト サ ン ダ ー】

【分 身】

【ア ロ マ】

【衝 撃 波】

【転 送】

【ピ タ リ ハ ン ド】

【異 能 キ ャ プ チ ャ ー】



 そこには21個の能力名とおぼしき文字列が箇条書きで書かれており、丁度神域へ飛ばされた人間の数21人と一致する。そして羅列された能力名の内、四つに線が引かれている事に気づく。

 "4つ"。これは丁度、既に死亡リタイアした人間の数と一緒だ。それを裏付ける様に『灰ヶ崎レオ』の能力と思われる【黒い尾を出す力】、『小辻アオ』の能力と思われる【新聞輸入】に線が引かれている。

 これはつまり、死者の能力には線が引かれるという事なのだろう。



「――――う...ぐぷっ」



 何処を見回しても、小辻アオの死は着いて回ってくる。逃れられない現実の数々にスズカは、何か空っぽの込み上げる物を喉奥まで感じる。

 一方で岬トウカはスマ本を見つめ、一縷の涙を頬に伝わせていた。



「貴方の能力......私は...忘れませんわ.......」



 直後、二人はほぼ同時にスマ本を閉じた。片方は口に手を当て、もう片方は湿った片目に手を当てて。



 スズカは空間の静寂に何処か胸がざわめき、ふと辺りを見回してみる。やはり皆も、岬トウカと同じで情報収集に専念している様だ。自分達以外、スマ本を閉ざしている者は居ない。

 と、思われたのも束の間。一人の男が"パタン"とスマ本を閉ざし、大きく口を開く。



「皆!情報収集も良いけど、今は自己紹介をするべきだと思わないかッ!!」



 その男は落ち着いた声を張り上げ、その場の全員にその提案を叫んだ。

 その男は高身長で、どこか気怠げそうな印象。それ以外あまり特徴が無い、地味というより"普通"な男だった。



「だ、だだだだっ誰よアンタ!れ、れれ冷静に考えて赤の他人に自己紹介なんてするわけないじゃじゃない...!」


「冷静に考えて。って...僕には君が冷静にはとても思えないんだけど――口、挟まないでくれるかな」


「はァ!?は、はぁ!?は......はぁ!?」


「そもそも、僕達は赤の他人じゃなくて同じ1-2のクラスメイトだろ?それも、これから殺し合いをする可能性のある仲だ。それを阻止する為にも、お互いを知り合う必要性はあるだろ。それとも...君は自身の情報が知られる事に何かデメリットでもあるのか?つまりこれから誰かを殺すって事なのか?相応の理由を教えてくれないか?僕が納得出来る、"皆"が納得出来る、理論と共に教えて欲しいな」


「ちょ、ちょちょっと貴方!幾ら何でも責め過ぎですわよ!!"自己紹介をしない"という選択も取らせて上げて良いじゃないの!」


「.....僕だって」


「え?」


「僕だって、もう殺し合いなんてごめんなんだ。だから対策せざるを得ない...だって、僕は、【真の平和主義者】なんだから...」



 そう言って彼はボロボロと泣き出す。その様子に周りはザワザワとし始め、今まで黙っていた者も本格的に発言を始める。



「確かに"マヒト"の言う通りだッ!!俺達が一致団結する為にも自己紹介はするべきだッ!!無論、したくない者はしなくても良いッ!!」


「...って言ってもトードー先生?私達も皆の事を信頼し切れている訳では無いのよ。軽率に自身の情報を伝えるなんて、とても賢者クレバーとは思えないわ」


「ん〜ニコは自己紹介したいよー?だってDJ NIC'oにこの名前を広めるって、そこは当たり前の決定事項だもん!!」



 自己紹介の提案に、最初に進んで名乗る者は未だ現れない。一人例外としてノリノリな黄色い衣服の少女が名乗りたがっているが...。



「――私、『鈴儺りんなスズカ』って言います!!能力は...ごめんなさい。発動方法すら分からなくて...」



 その空気感に耐え切れず、スズカは自身の名を名乗り上げた。

 まさか、良く言えば優しそうな、悪く言えば気弱そうな表情の彼女が最初に名乗りを上げた事に、周囲は少々驚愕の表情を向けた。


 それも無理は無い。名前だけじゃなく、自身の能力の事まで言及したというのだから。それに呼応して青ジャージの大男も名乗り始める。



「俺の名前は『あずま東堂とうどう』ッ!!1-2クラスに担任となった!!能力は【翼】だッ!!」



 トードーはヒラリと白い両翼を広げ、その巨大なシルエットを更に大きな物とする。

 そうして出来た自己紹介の流れに、今まで「うグッ!うぶぁっ!!ううぉう〜〜〜〜ッあぁ!!」と、嗚咽交じりに涙を流していた、気怠げそうな男は"スン"と落ち着きを取り戻す。



「僕の名前は『阿波野あわのマヒト』。特に言う事も無いけどさ。だって僕の能力...これだもん」



 そういってマヒトは一本の鉛筆を摘んで能力を発動する。―――それはたった少しだけ、上に移動した様に見えて。



「これが僕の【物体を3cmだけ動かす能力】だよ。本当にちっぽけでつまらなくて満たされなくて、本当にくだらない能力だよね」



 その披露に周囲は同情の目を向け、スズカですら(気の毒...)と、無言の配慮で目を背けた。

 その痛々しいくらいの空気感に咳払いをし、流れを変えようと試みる美少女が一人。



「え、えっと...僕の名前は『田中たなかカナタ』、宜しくね。能力はさっきも見せたけど【ライトニングサンダーボルト】....っていう、電気を放出する能力」

 


 カナタは自身が口から出した文言に赤面し、照れ臭そうに苦笑いを浮かべる。

 彼女は端正な顔立ちと、サラサラと美麗なブロンドのロングヘアが特徴的な、絶世の美少女。ザ・お嬢様の様なワンピースを着ており、頭には純白のカチューシャを被っている。



「『アッタカピア・マリー』と...言う...能力は...教えん」



 マリーと名乗った少女はその小さな身長と幼い顔の割には横柄で、そして極めてゆったりとした口調で話す。彼女は全身を白い衣服で身を包み、白い肌と銀の髪が極めて印象的だ。


 ふとスズカと目が合えば、眉をひそめて意味ありげな険しい表情を浮かべる。それがどういう意味を持つのか。スズカにはまるでその意図が掴めなかった。



「ボクの名前は『河城かわしろメシ』、少しハンサムな料理人シェフさっ!同じく能力は教えれないがね」



 メシ太と名乗った少年は横に大きな身体に、上に長過ぎるコック帽を被った、誇張し過ぎたシェフといった容姿だ。



「名前は『西城川さいじょうがわマルナ』、私立探偵を営んでいるわ」



 マルナと名乗った少女は赤髪ロングで横お団子ヘア。ベルトの着いた黒い帽子キャスケットを被り、濃い藍色のコートを着ている。

 彼女はクールな雰囲気を漂わせており、如何にも賢者クレバーと言った風貌だ。



「横に同じく探偵!!の『忠久ただひさサリシュ』と言いますっ!マルナさんの助手として、刺激求めて日夜働かせて貰っています!!」



 サリシュと名乗る少女はどうやらマルナの助手の様で、その明るい表情と雰囲気から賢そうな印象はあまり持てない。

 容姿は茶髪で横お団子ヘアのポニーテール。青色のコートとチャック柄の鹿追帽を被っている。シャーロックホームズにでも憧れているのか、パイプタバコを持ち歩いている。

 


「私の名前は『杯坂さかずきざかナノア』だ。申し訳無いが、馴れ合いは好まない。当然として、然るべき時まで能力を教える事も出来ないな」



 ナノアと名乗った彼女は、長袖の黒ジャケットに黒スカートを着用した黒髪の美女。その衣服にはベルトが多く、少女らしい可愛らしい服装とカウボーイの風味を少し足した様なかっこ可愛い容姿だ。



「私の名前は『鴟尾しびエンラ』と言うわ。能力を教える事は出来ないけど...仲良くして頂戴ね♡」



 その少女は自身をエンラと名乗り、まるで華の様な美しい容姿と、少女達の中でも一際大きな胸がその妖艶ようえんな雰囲気を形作っている。



「あぁ〜〜〜もう待ち切れないっ!!私!私私私!ニコ!!『錫西しゃくにしニコ』っ!!ミュージックぅスタート!!!」



 肩出しの黄色い衣服と、グラサンの掛かった帽子を被った、その少女は食い気味にニコと名乗って大音量の曲を流し始める。



「スッゲぇノリノリ...」


「これがニコの能力【拡声】っ!!自己紹介なんて面倒くさい事は辞めて踊ろうよぉッ!!!」


 

 錫西ニコは自身の能力を自慢気に発動し、その南国風のトロピカルHIPHOPなハイテンポBGMを宮殿全体に響かせる。

 その余りにも空気が読めない明るい空気作りに、周囲の少年少女達は苦笑いを浮かべて立ち尽くす。



「それは後です、わっ!!」


「ぴゃっ!」


 

 錫西ニコが肩に持っていたラジカセを奪い取って、岬トウカはその音楽を止める。

 その時、ラジカセのスイッチを切る無機質な"カチっ"という音がニコの心情を表すかの様に寂しく宮殿中へ響いて【拡声】された。



「ふぅ...私の名前は『みさきトウカ』と申します。以後、宜しくお願いしますわ」


 

 トウカと名乗る少女は少しなまり混じりのお嬢様言葉で場の空気を元に戻す。ブロンドの髪色と、豪華絢爛ごうかけんらんなドレスに身を包んだロリータ風の容姿をしている。



「俺の名は『東條とうじょうタカ』....ククッ、だがそれは表の名前。俺の身分は✝闇の堕天使✝であり、地獄での本名は『芥端あくたばたユニコーン』だ。俺も馴れ合いは好まない...が、孤独とは✝罪✝であり、充足とは✝罰✝だな。だが俺は罰を好む。苦行だが、友達というのは望む所の罰だ...ククッ。あ、そうそう。感情は無い」



 タカと名乗った少年は銀髪で、コンタクトを着けているのか赤目だ。青佳商業高校に居た時からマフラーを着けており、神域ここでも学ランの様な黒い学生服を着ている。



「名前は『猫乃ねこのニャゴ』にゃ。よろにゃ〜」



 東條タカの事などお構い無しに食い気味にニャゴと名乗ったその少女は、気怠げな垂れ目に、黄色と茶色が基調となったパーカーを着込んでいる。

 見るからにマイペースそうなその少女だが、その雰囲気は何故か達観している様にも思える。



「あ...アタシの名前は『深係坂ふかがかりざかトコ』。言っとくけど、アタシはアンタ達と違って本当に馴れ合いなんてしないから。そこらの半端な奴とは一緒にしないで...!」



 その少女は物静かというより根暗な雰囲気を漂わせており、黒縁くろぶちの眼鏡を掛けている。しかし伊達だてなのか、その意外に整った顔によく似合っている。



HuHuHuーーー!!記念すベキ最後の使者はワタシ!『仁階堂にかいどうスズ』ですヨー!!プリーズコールミー『スイス』ーー!!」



 その高身長で金髪の少女は、自身をスイスと呼ばせたい様だ。彼女は鴟尾エンラに次いで大きな胸を張り上げ、スイスの国旗を思わせる配色の服装で自信満々に声を張り上げた。



「いやいや...最後は貴方じゃあないでしょう」


「えっと...でも今は聞けなさそう...だね」



 宮殿で集まった1-2クラス十六人が自己紹介終える。が、もう一人まだ名乗っていない少女がポツンと白い石柱におっ掛かって座っている。



「彼女の名前は『只井ただいオキタカ』と言う。酷く落ち込んでいる様だし、僕が落ち着かせておくよ」



 そう阿波野マヒトが代わりに名を伝えた。オキタカと呼ばれるその少女は、薄青でほぼ白の髪色で横にピンと伸びたツインテールの髪型をしている。

 彼女はつい半刻いちじかん程前に自身の姉を斬殺されたばかりだ。その哀しみは鈴儺スズカと岬トウカにはよく分かる。分かってしまうのだ。


 数秒の沈黙の末、トードーは全員の前に出て大きく口を開いた。



「よしっ。皆名乗ってくれて有難うッ!...もっと君達と交流したいのは山々だが、我々がずっと宮殿ここに居る余裕は無い様だ...ッ!」


「それは一体どういう事かな」


「スマ本とやらで地図を確認してみたんだが、どうやらこの神域という場所は孤島の様で、しかも巨大な壁に囲まれてしまっている」


「そん...な!」


 

 トードー先生の衝撃的な言葉に、スズカは咄嗟に地図を確認する。

 パラパラとページが捲られ続け、やがてその文字列が目に飛び込む。そこには【全体図】・【白宿】・【宮殿】・【大森林】・【花畑】.......等など、箇条書きで幾つも地名や建物の名前が書かれている。


 そこで【全体図】を押してみれば、2ページに掛けて神域の全体図が描かれている。一通り眺めてみれば、確かに海に囲まれた孤島で、丁寧にも高さから厚さまでメモされた壁と思わしき物体に囲まれている。



「だが心配する事は無いッ!!俺達が力を合わせれば、きっと脱出の糸口も見つかる筈だッ!!」


「と、いうと?」



 トードー先生の一見無謀にも思える提案に、田中カナタは眉を顰めてその意図を問う。



「これから俺達は集団行動で島中を探索しよう!皆で固まれば殺人事件なんて起こらないし、第一俺が起こさせねぇ!!生徒の身は俺が守るッ!!」


「確かにシンプル過ぎる案だが...情報が少ない間はそれが最善策かもな。ま、✝シンプルイズベスト✝ってやつだな。群れるのは好まないが、"乗った"」



 トードーの先生らしい男の宣言に、心なしか周囲の張り詰めた空気も綻びを見せた様に見える。

 それに同意する者は意外にも"東條タカ"。いきなりトードーへの賛同者が表れた。



「俺に着いて来てくれる奴は他に居るか?強制はしないが...俺と離れてしまった奴の安全は保証出来ない。殺人事件だけじゃなく、神域ここには何が在るか分からねぇからな」


わたくし、乗りますわよ」


「わ、私もっ!!」



 鈴儺スズカと岬トウカも賛同する意思を進んでみせる。それに呼応する様にまた一人、また一人と共に行動すると宣言する者が現れた。

 

 最終的に『東東堂』の神域探索に同行する者は『東條タカ』・『鈴儺スズカ』・『岬トウカ』・『錫西ニコ』・『河城メシ太』・『田中カナタ』の六人となった。



「私達は温泉♡へ行くわね。どうしてもニャゴちゃんが行きたいって事でね...♤」



 『鴟尾エンラ』は『アッタカピア・マリー』と『猫乃ニャゴ』と共に【温泉】へ行く様だ。宮殿を出て行く際、三人は既に仲が良い様でルンルンと歩いて行った。



「スイスはヤりたい事があるので、でハ!!」


「私も単独行動をさせて貰う。探索の結果くらいは後ほど伝えよう」



 スイスこと『仁階堂スズ』・『杯坂ナノア』は彼女ら自身の要望として単独行動をする事となった。



「私はあまり集団行動は慣れてないの。助手と一緒に探索させて貰えるかしら」


「右に同じくっ!!...あ!貴方達から見れば左に同じくっ!!」



 『西城川マルナ』と『忠久サリシュ』の探偵コンビは一番信頼し切っている同士で行動を共にする様だ。冷静な少女と活発な少女の凸凹でこぼこさが逆にフィットして相性が良い様にも思えた。


 ―――そうして東堂班七人を除いた七人の少女が宮殿を後にした。残された彼らはこれからの動向を整理し始めた。



「マヒト!君はこれからオキタカに付き添う様だな。だがトコ、君はどうするんだッ!!私は君とも仲良くしたいと思っているし、皆と仲良くして欲しいと思っているッ!!......何か、嫌な点があれば教えて欲しい」


「.....無いよ。アタシはココに残る。宮殿には武器もいっぱい有るし、第一私を殺しうるのはオキタカとかいう泣き虫ロリと、クソザコ能力者じゃん。どう考えてもここが一番安全なの」


「あはは...クソザコ...」


「ねぇ、トードー。どうしてアンタは群れてると安全だと思い込んでるの?もしそこのお利口さんに集まってる六人の中に、灰ヶ崎レオみたいな快楽殺人鬼でも居たら?」


「...ッグ!!」



 その発言を聞いた瞬間、鈴儺スズカは奥歯を噛み締めて一歩足を前に出す。しかしそれを止めたのは"岬トウカ"だった。


 彼女は怒りではなく、哀しみの顔でスズカの肩をポンと叩いた。彼女は恐らく、トコの発言を正論と感じているのだろう。何も言い返す事が出来ず、かといってそれに賛同する様子も無く。


 岬トウカは、スズカを"止めた"。


 それはきっと、自身の憤怒をも一緒にして。



「...分かった。トコ、君は賢いし芯の有る少女だ。だが私は諦めない。君にいつか、胸を張って私達が安全だと証明出来るまで、私は私の生徒と一緒に過ごすつもりだ」


「....早く出てってよ」


「7時間後、20時に白宿で会おう。恐らく私達の中で比較的な安全地帯となる場だ。そこでどうか顔を見せて欲しい」



 ―――宮殿の重々しい門をトードーは両手で開け、その目を細めてしまう様な、強烈で、されど美しい太陽の光芒こうぼうが七人を暖かく包んだ。


 時刻は13時25分。これから7時間後の20時まで東堂班で探索を行う事となった。

 "20時まで"というのは、一度"白宿"という1-2生徒全員に寝床が用意されているらしい大きな宿に集まり、そこで収集した情報を整理する。という事だ。



「....清々しいですわね。皮肉にも」



 宮殿から一歩でも出てみれば、目に飛び込んで来る光景は余りにも現実離れした絶景。


 宮殿はカラフルな花々で彩られた花畑に囲まれ、スズカ達を爽やかな風で迎えている。

 花畑を十字で切るように通っているレンガ道の中央には小さな東屋あずまやが建っていて、その小さな影ですら花畑を彩るグラデーションの様に思えた。


 この豪華絢爛な庭を七人は歩きながら、その浮き世離れした光景に感嘆の声を交わし合う。


 しかし唯一人。この青空に見守られながら、スズカだけは小さな拳を握り締めた。



 ―――この偽りの世界から助け出してみせる。と



 [To Be Continued....]



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異セカイ裁判 人生ルーキー饅頭 @coffeesoymilk114514810

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ