異セカイ裁判

人生ルーキー饅頭

第一章[沈黙の花々]

プロローグ「入学の半日」

「――スズカ、本当にここで降ろしていいのか?」


「うん!ありがとパパ!!」


 少女は目的地から数百メートルの地点で車から降りる。車窓から覗かせる父の影が段々と遠ざかっていくのを見て、彼女は歩を進め始めた。


 田舎の空が青く空気を染め上げる。

 眺めればあおい山々が霞んで見える。

 冷たいコンクリートが靴底を"春"で満たす。


 A県立青佳せいか商業高等学校。ここでは桜が大いに散り、その若き花々を彩っている。この学校は元女子校という事もあって女生徒じょせいとが多く、また就職に有利になるという理由で来る者も多い。

 『鈴儺りんなスズカ』――彼女もその一人だ。


 父子家庭で育った彼女は高校卒業後直ぐに就職し、父に恩返ししたい。その一心で青佳商業高校を受験した少女だ。

 その小さな背中には1ヵ月前から父と相談していたリュックサックが下がっており、学校指定のブレザーと良く噛み合ったデザインの、淡いピンクが基調となったバッグだ。


 家を出る前に自室の全身鏡ぜんしんきょうで確かめた自身の姿を回想し、スズカは胸を躍らせる。ピカピカのブレザーに、サラサラと風に揺れる膝下程度の丈の短パン。冬の寒さを引きずって黒のストッキングを履いてみたが、これだと全身が黒尽くめだ。

 それもまた良いか。と、頭頂部だけが黒く染められた様な、微かなコンプレックスを含んだ肩ほどの長さの白髪しらがみくしで撫でながら身だしなみを終えた。


 ―――完っ璧かんッぺきだ。これだと女の子からもモテちゃうかも。


「あ!スズカちゃんだ〜!!やッほっ!!」


「アオちゃんっ!おはよ〜!!?」


 元気良く挨拶を言い放ち、飛び乗る様に勢いよく駆け寄ってきた少女の名は『小辻アオ』。名前通りの爽やかな少女だ。

 彼女はスズカの幼馴染であり、小辻アオが青佳商を受験した理由もただ『スズカちゃんと一緒に居たい』というだけである。


「何だかアオちゃん、オシャレした?」


「えへへ〜!スズちゃんに見て貰いたくて張り切ったんだ〜!」


「.....」


 彼女は昔から変わらない鮮やかで艷やかな青髪をキラキラとたなびかせて微笑む。

 これからの成長を見据えてなのか学校指定のセーターは少し大きめで、黒いチャック柄のスカートと合わせて彼女の小さな身体を良く彩っている。

 彼女は白いソックスを着けている為に素足であり、寒がりなスズカには少々憧れと言うか畏怖というか、どこか遠い印象を持つ。


 中学の頃からBeautifulというよりcuteな風貌の少女だったが、高校デビューして更に小動物の様な活発かっぱつさで見る者を魅了している。


「えっと...スズちゃん見すぎー!!〜〜っ」


「あ!ごめん...!可愛すぎて、つい」


「じゃあもっと見せたげるっ!」


「あぶっ!?」


 顔に飛び移るアオに窒息し、その甘い香りと密着しながらスズカは伏してしまう。仰向けで彼女と向き合い、ギュッと抱き合いながら空を見上げる。―――小辻アオだけに、アオ向けか。


 桜の木下きのした、青佳高校の冷たいコンクリートに身を委ねて。アオの華奢きゃしゃな体躯はヒンヤリと、まるで熱を保たない。それが次第に、お互いの体温を共有し合って熱を帯びていく。

 朝日の冷たい太陽光が徐々に暖かくなって行くのにつれ、スズカの眼がウトウトと霞んでいく。いつまでもこうしていたい。そんなうとい思いに身を任せながら。


 瞬間。仄暗ほのぐらい木陰が黒く視界を照らし、鮮緑のグラデーションが眼前の光景を彩る。ほんの一瞬暗くなった学園の景色には、多くの青佳生が有象無象の群衆となって歩を進めている。

 しかし、たった一人。暗い景色の中で輝く様に目立つ少女が居た。


「___アガサちゃんっ!」


「...ッ!!....あぁ、鈴儺スズか」


 鈴儺スズカが気を取られた先には、凛とした顔立ちと艶のある長い銀髪。周囲の人間の視線を一点に集めるその美貌。

 スズカが衝動のままに話し掛けたその少女は何処か決心した様子にも、何処か疲弊しょうすいしきった様子にも見える。そんな普通ではない表情でスズカを見下ろした。

 その少女が陽光に照らされ、その顔がハッキリと映る___鈴儺スズカと中学時代の3年間を共に過ごした憧れの少女『凛堂りんどうアガサ』の顔だ。


「鈴儺...スズカ。君は....私を覚えているのか?」


「え...?当然だよっ!!だって"友達"でしょ?」


 そう鈴儺スズカが言うと、アガサは何処か落胆した様な顔でそっぽを向く。


「やはり"君達"と馴れ合うつもりは無い。直ぐに裏切られる。直ぐに殺される。これからは私一人で___全て終わらせてみせる」


「?.....?.....何言ってるの?」


ぐだ、もうぐに分かる」


 そう吐き捨てて彼女は立ち去る。最後に見たアガサの顔は目に見えて疲弊していた。去り際にフワりとたなびいた銀髪からは凛々しさを感じる筈が、スズカからはある種の決別の様なメッセージを受け取ってしまう。


「なんか、嫌われてるんじゃないっ?」


「そうはっきり言わないでよ...」



 ―――そんな人間関係の一節から1時間が経ち、時刻は入学式の始まる30分前、8:30となっていた。小辻アオとは一旦別れ、スズカはトイレを目指して廊下を歩む。


「――――はぁ...ふぅ....ぅっ」


 どこか騒々しい校内を小走りで駆ける少女が一人。彼女は細いツインテールに、端正に整えられ着こなした制服。そんな育ちの良さそうな容姿とは裏腹に、スズカを視認した瞬間慌てたような騒々しい口調で話し出す。


「貴方と、ととと、トイレ何処か知らん!?」


「え、あぁ!?うん!!着いてきてっ!!」


「おおきに、で、すぅ、わァ〜〜〜ッ!!」


 制服を短パンにした私とは違い、長いスカートを摘みながら走る彼女は大変そうだ。そう思い、鈴儺スズカは妙に丁寧な少女をお姫様抱っこの様な形で抱き抱え、全力でトイレまで疾走した。

 ___そうして、無事に彼女を花畑へ届けてから数分後。


「ふぃ〜助かりましたわ〜。貴方、お名前は何というんですの?」


「スズカ、鈴儺スズカって言います!」


「お素敵な名前ですのね。私の名前は『みさきトウカ』と申しますの。先程は助かりましたわ」


 彼女の口調からは何処か違和を感じる。無理矢理作られたような___というよりお嬢様のテンプレをなぞっている様な。


「(まぁいいや)」


 そうして新たに知り合った少女"岬トウカ"と共に入学式の会場へ向かおうとした時、一人の少女とすれ違った。

 白人系の顔立ちに、金色の長髪をフワリとたなびかせる長身の少女。そしてスイス国旗が胸にプリントアウトされたTシャツとはち切れそうなホットパンツを着用し、青いリュックサックを背負っている。そんな、何処か印象に残りやすい見た目の彼女はせかせかと急いでトイレへ入って行った。


「....」


「どうしましたの、早く行きましょう?」


「う、うん。そうだね!」


 岬トウカに急かされ、トイレを後にする。先程の少女がスズカの記憶に焼き付いて離れない。ここの学生なのだろうか。にしては服装がラフ過ぎる。不審者と言われても仕方無い程には異様な存在感を漂わせていた。


「あれ、トウカちゃーん〜!友達できたー?☆」


「ゲッ」


 入学式の会場となる体育館は二階だ。その道中の階段の中段、廊下を歩くギャル風の少女と目が合った。彼女はフワフワとカールさせた金髪を下げ、チェック柄のリボンをアクセントとしてその髪型がよく印象に残る。

 ブレザーを片手に早くもワイシャツ姿で胸元も開けている。スカートも入学初日から短く、ハイソックスを履いて艷やかな生脚を露出させている。

 "ギャル"。そう見る者に感じさせる風貌だった。


「(トウカちゃんの友達?)」


「(あー...まぁそういう感じですわ)」


「どうしたの立ち止まって〜!☆お友達さん?も一緒いっしょにさ、早く体☆育☆館たいくかんいこーよ〜!☆」


 彼女は屈託の無い笑顔―――逆を言えばそれ以外を含んでいないであろう歓喜の表情でスズカ達を迎える。これが真の陽キャか。とスズカの眼前を眩い程に照らされてしまう。


「ほらほら〜☆レツゴー!!☆☆」


「う、うん!行こっか(あの子友達多そうだね)」


「えぇ、そうね(私と同じでボッチでしたわよ)」


「えっ!?」


 トウカへ耳打ちした言葉に、思わぬ回答が飛び出して来た。彼女が孤独...?あの性格ならどんな者とも仲良く成れそうなものだが___行き過ぎた光は人を遠ざけるという事なのか。スズカは着地の出来ない浮いた疑問に眉をひそめた。


「あ、そーだ!☆自己紹介しなきゃね」


「うん!えへへ...私も丁度思ってたんだ」


「ふーん................................☆」


 長い廊下を歩く道中。数秒の沈黙を切り裂いて、ギャル風の彼女は自己紹介を提案する。


「私の名☆前マイネームイズ小鳥遊タ☆カ☆ナ☆シミコト!!プリーズコールMeミィミコト〜!☆」


ohオゥイエー、ですわ」


「私の名前は鈴儺りんなスズカ。よろしくね、ミコトちゃん!」


「うん!よろしく〜☆」


 そうして新たに知り合った少女『小鳥遊タカナシミコト』と共に体育館を目指して歩を進める。これから15m程先に見える十字路を左に曲がれば、やっと入学式会場が眺めに入るだろう。

 

「...あっ!そういえば初日からスカートメガ短いけど大丈夫かな〜☆」


「大丈夫な訳ないでしょう!はしたないですわよ!!」


「あはは....」


 と、体育館が近付いて来たと感じた頃にミコトは今更な危惧を放ち、トウカを呆れさせる。これには流石のスズカも苦笑いだ。


「――おい、そこの君!スカートが短いぞッ!」


 丁度ちょうど目の前の職員室から出てきた職員の男が、ミコトを見るやいなや髪を逆立たせて叱る。彼の着ている青いジャージがたくましい胸筋で張り詰めて今にも破れてしまいそうだ。

 アラミド繊維の様に丈夫そうな顎髭、左右が一つに繋がった大きなまゆ、ライオンのように逆立つ髪の毛。彼の厳しさを裏付ける様に、スズカから見ればその様相は恐ろしく強大だ。


「まったく君という者は入学初日から何故そんなに校則を真っ向から破る様な格好で来てしまっているのだ?確かに可愛い。素の可愛さを強調する為にスカートを短くする、年頃の少女なら魅力的に映るかもしれないッ!だがな!先生は校則をしっかりと守る品行方正な少女の方が、清く正しくみやび風流ふうりゅうおもむきのある美しい女の子として魅力的だと思うんだッ!!大体なんだその髪色はッ!金髪か!?パツキンなのか!?それは中学時代から染めているのかッ!!浮いてしまうぞッ!え...?地毛?それは...すみません。と、ともかくッ!!君は見るからに"陽きゃ"というやつだろう!!皆の中心に立って皆に影響を与える存在!この学校には清廉潔白な生徒ばかりだ!!そんな中君だけがその様な服装では浮いて、陽きゃという立ち場を維持する暇なんて無くなってしまうぞ!!大事なのは協調性なのだ!いいか!?やんちゃな者も真面目な者も協調性さえあれば平等に一定の好感度と信頼を約束して得る事が出来るッ!!皆と合わせる。社会と合わせる。正しい方向に合わせる。そんな姿勢で生きてみようとは思わないか!?だがな、先生は正しい。いや、正しいとされる事ばかりが正解とは思わない。自身が正しいとあろうとする事は良いが、正しくあろうとさせる社会に矯正...いや、強制されてしまうのは間違いなのだッ!良いか?私が言いたい事はだな、自身で"正しさ"をよく考えて、守る事と守らない事。その正しさを取捨選択する事が肝心だと伝えたいんだ。分かったかッ!!?つまりよく勉強し、よく勉学に努め、よく学習を積むという事だッ!!それが人生ッ!それが社会ッ!!君は美しい!だが美しくあろうとしていないッ!!心の話だッ!!さぁ、先生と一緒に高校生活を頑張ろうじゃないか!!身も心も清く正しく美しくある為にッッッ!!!」


「あー、ん〜、あはーん。よしっ。逃げよう☆」


「うぇっ!?えぇ!?」


「あッッッ!!!待て君!!話はまだ...ッ!私の担当する1-2クラスの生徒は全員名前も顔も覚えている!!"小鳥遊ミコト"、そして"岬トウカ"に"鈴儺スズカ'だなッ!逃げられんぞッ!!」


「私達も巻き込まれてるじゃないの!小鳥遊のバカ野郎やろぉ〜〜〜っ!!」


「....待って。私達同じクラスなんだ...」


「ゲッ...」


「わ〜い☆数年ぶりにトウカちゃんと同クラぢゃ〜〜〜ん☆」


 確か正面昇降口に、クラス別で生徒の名が一覧表となって張り出されていた。余り目を通していた訳では無いが、"小鳥遊"という苗字は珍しくて覚えていた気がする。___と、スズカは回想する。しかしそれはプラシーボ効果の様な思い込みで"そんな気がする"となっているに過ぎない。そう感じさせる程に曖昧な記憶だ。


「...あァッッッ!!そうだ廊下を走るのも校則違反だからなァ!!!!______」



 ___担任...であろう筋骨隆々な先生から走って逃げ、入学式会場の多々すれ違う雑踏の一部に溶け込む。こうなってしまえば入学式が終わるまで先生に捕まる事も無い。到底安心は出来ないが。

 そうしてクラス別に分けられたイスに座れば、なんと隣席りんせきは岬トウカだった。奇遇きぐう席順せきじゅんから嬉々ききとして対話に花を咲かせる。と思いきや、案外何の話題も出ずに時間は過ぎていった。


 二人共くうを眺め、天気の話でもしてしまおうかと無粋に成ってしまいそうな時、スズカの取り出したメモ帳に岬トウカは目を付ける。


「...あら、スズカさんは何を書いておりますの?」


「えへへ〜今日の出来事とか会った人とか、最近はメモする様にしてるんだ。トウカちゃんも書いていいよっ!」


 そうしてペンとメモ帳を岬トウカに差し出すスズカ。彼女は少し照れ臭そうにし、少女は少し顔を赤らめた。

 トウカは「まったく...本当にまったく...ですわ」と小言をぼやきながらスラスラとイラストを描いていく。やはり満更でも無いのだろう、立派なタコ焼きの絵が描かれていた。

 スズカは突然のタコ焼きに驚愕を隠せないながらも、一生残る思い出の可視化に喜びを隠せず、岬トウカから返されたメモ帳をギュッと抱き締める。

 

鈴儺りんな...そのメモ帳、大事にしておくんだ」


「――――アガサちゃん?」


 鈴儺スズカの左隣は岬トウカだった。それならば右隣は誰か、そう凛堂アガサ。彼女だ。

 もう会話なんて介してくれないのだろうと悲壮にも陥ってしまいそうだったスズカからすれば、その凛堂アガサの気遣い...?アドバイス...?の言葉は鈴儺のまなこに光を宿らせる。


 朝の言葉に疑問はある。問いたい気持ちもある。しかし今は彼女の一言で充分だ。―――あの真意を聞くのは、次にお互い顔を合わせる時で良い。そう思わせた。



「―――......それでは最後に、生徒代表の『空入そらいりヒトセ』さん______」


 ___少しかすむ片目をこすり、終幕に差し掛かった入学式の一時ひとときを淡々と過ごす。

 スズカは中学校の時と何ら変わらない退屈な2時間だったと回想する。しかし一つ気になる事がある。


「『そろそろか...』」


 式が始まってから1時間程経った頃だろうか、凛堂アガサはそう呟いて席を立った。そのまま先生へ一言断りを入れてから体育館を後にしたのだ。

 そして入学式を終わろうとしている今の今まで彼女は戻ってきていない。


「―――空入ヒトセさん、有難うございました」


 生徒代表が壇上から降りる事で入学生や職員が一斉に席を立つ。そして礼をして体育館から退場するのだ。入学式は終わりを向かえ、スズカ達は自身のクラスを目指して廊下を歩む。

 スズカは耳を澄まし、キョロキョロと周りを見回し、銀髪の幼馴染を探す。


「やっと終わったデース!!」


「はぁ....ねむ......かった.......」


「音量上げてこー!!!」


「ふふふ....」


「悠久の眠りを経て✝終幕✝したか...俺の式典がッ」


 やはり何処を見回してもアガサは居ない。言葉にも表す事ができない孤独感にスズカは焦燥を__


「スーーズカちゃんっ!!」


「わっ!?...ってアオちゃん!」


「どしたのそんなにへこんじゃって!お腹いたし?」


 小辻アオの無遠慮な活発さはいつもスズカを救ってくれる。意外にも繊細な彼女の甘い香りが、密着されたスズカの鼻をくすぐる。


「貴方、入学初日からそんな調子じゃ先が思いやられますわよ!」


「そう...かな?」


「そうですわよ。ほら、many happyめにーはっぴぃー。ですわ」


 そう言って岬トウカは指先を伸ばしてスズカの口角を上げ、焦る彼女を"ポンポン"と撫でて落ち着かせる。


「___ありがとう、二人共」


「ささ、早く席に着きますわよ」


 続々と1-2教室へ入っていく生徒達の群衆に紛れ、スズカは記憶の席順を頼りに自身の机に着く。

 やがて続々と席に着く生徒達の足音がんでいき、1-2の生徒21人が全員揃った。―――かと思えば、やはり凛堂アガサの姿だけが見えない。


「うーーーッし!これから1年間このクラスを担当する『あずま東堂とうどう』だ。よろしく!」


 やはり1-2の担任は青ジャージの彼だった。スズカは入学一発目に怒られてしまうのかと憂鬱な気持ちで空を仰いだ。


「じゃ、まずは今年最初の出席確認からするぞ〜」


 そうして東堂先生は学級名簿を取り出し、出席番号1番から順々に呼び始め_____



 ――眼前を光が照らす。


 何が起こっているのかを感じさせるいとまは無い。純白の光芒こうぼうが支配する虚無の空間へ投げ出された私は、何も抵抗出来ずに時間が過ぎるのを待つ。それはそれは、とても平穏とは言い難い時空だった。

 初めてジェットコースターに乗った時、急な角度を猛スピードで駆けて行くあの時間に戸惑った。心臓が浮く感覚に鼓動を速め、今にも逃げ出したいのに身体は強張こわばって動かない。

 ただ歯を食いしばって、眼前の恐ろしい光景に目を見開く事しか出来なかった。


 怖い。怖かった。なんて怖かったんだろう。あぁ怖かった。なんであの恐怖を忘れていたんだろう。あれ?今私が思い出してるのってただのジェットコースター?なんでこんなに怖いんだろう。

 本当に怖い。身体が動かない。怖い。怖い。怖い、これは違う。この恐怖はジェットコースターの思い出じゃない。その前だ。ジェットコースターを乗る事になった中学の修学旅行。それよりも前。もっと前。もっともっと前。もっと前よりももっともっともっともっともっともっと前の、私が産まれる前の途方も無い過去。

 なんでそんなに怖いのだろう。あんなに遠い過去がどうしてこんなにも怖い?心臓が浮いている様だ。違う。これは魂だ。私の魂が私を置いていく。違う。違う。違う。違う、置いていったのは魂じゃない。私だ。私の身体がずっと遠くへ行こうとしている。やめて。私はそこじゃない。わたしはそこじゃない。 

 魂は私じゃない。この魂は私じゃない?それなら誰だ?私なのか?私は私か?どこか、私が私じゃないような。私が複数居るような、自我の重複。


 怖い。怖くない。怖い怖くない怖い怖くない怖い怖くない怖い怖くない怖い柿くない怖い怖い柿い怖い怖い怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない


 ―――怖いでしょ?私が


 こわい、こわい、こわい。本当にこわいこわいこわいこわいこわい本当にこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわ本当にいこわいこわい怖い怖い怖本当にい怖い怖い怖い怖い怖い怖いこわいこわいこわいこわいこわい本当にこわいこわいこわいこわいこわい助けてよアオちゃん怖いどうして助けてく怖いれないの私を置いてかないでよアオち怖いゃんこの空間には誰が居る?私以外居ない。なんで私以怖い外居ないの。岬トウカちゃんも酷いよど怖いうして私の側に怖い居てくれないのどうして私を助け怖いてくれないののんあんいこんあにもこんなにも怖いのに怖い怖いのに怖いこなんにも怖いこんなにも怖いこわいこわいこ怖いこわい怖いこわいここここわわわこわいいこわここ



 ―――眼前を闇が支配する。


 スズカのひとみの裏が暗黒で染め上げられ、やがて今まで失っていた五感がじわじわと復活していく。

 背中を冷気がつたい、今の自分は仰向けで石の様な床の上に寝ているのだろう。と肌の感覚を通して察する事が出来た。


「知らない天井だ...」


「言ってる場合ですか!」


 やっと目を見開いたスズカの呟きに対し、聞き覚えのある声でツッコまれる。岬トウカだ。


「ここは...?」


「それが私達も分からないんですの。いきなり光に包まれたかと思えば、此処ここに飛ばされて...」


「そっか...ってえぇっ!?」


 重い身体を起こし、周囲を見回す。そしてスズカは目を見開いて飛び起きてしまった。


 ここはとても日本とは思えない。灰色の大理石の床が広がり、白い石で出来た石柱が幾つも連なり、言ってしまえば宮殿の様な内装だ。広さに対して照明は松明やシャンデリアだけなのか、少々薄暗い。

 眼前には巨大な女神像の様なものがそびえ立っており、それを囲む様にして1-2クラスの少年少女達がザワザワと焦って、怯えて、戸惑っている。

 皆の着ている服も変わった物となっており、元着ていた制服とは別物だ。


「―――皆さん、よくお目覚めの様で」


 と、スズカの背後から透き通った声が響く。咄嗟に後方を振り向けば"ドガタン...."という音と共に宮殿の入り口と思わしき巨門が閉じられる。

 その門の前に立っている"この"少女が恐らく、ついさっきの美声の正体なのだろう。


「誰だ?✝貴様✝...」


「私の名は『白ヘビ』....僭越ながら皆様をこの神域しんいきへ誘拐させて頂きました」


 その"白ヘビ"と名乗る少女の発した、誘拐という物騒な言葉に1-2の面々がざわつく。

 白いロングの髪。白と黒が基調となっていて、朱色をアクセントとして彩った、ワンピースとメイド服を合体させた様な衣服。身長は幼い顔に反してほんの少し高めに感じる。そして右の薬指には銀の指輪が着いていた........。


「誘拐.....いや、それよりも。神域ってどういう事なのかしら?」


「そうですよ〜!こんなワクワ....恐ろしい所に連れてってどうするつもりなんですか〜!!」


 白ヘビに対し、一人の少女が問い掛ける。彼女は赤髪ロングで横お団子ヘアの少女。ベルトの着いた帽子を被り、濃い藍色のコートを着ている。


 活発そうな印象を持たせる少女もそれに呼応した。彼女は茶髪で横お団子ヘアのポニーテールで、青色のコートとチャック柄の鹿追帽を被っている。火の点いていないパイプタバコを片手に、恐らくお飾りなのだろう。そのお茶目さを強調している。


「ここは現世と異セカイの狭間はざま。この島の周りは時空の結界に挟まれ、貴方達が脱出する事は叶いません」


「お...おめェ。変なクスリでもやってるのか...?まさか....✝厨二病✝ってやつか?」


「貴方達は一人一つ。人知を超えた力、"異能"を持っています。この能力を利用して貴方達21人は最後の2人になるまで殺し合いをして頂きます」


「無視すんじゃあねぇぞ」


「待てよ無視出来ねェぞッッッッ!!」


 白ヘビの言葉に及ばぬ理解に、たまらず今まで黙っていた大男が叫ぶ。その男は正に"東東堂"。彼の逆立った髪の毛には殺意が籠もっている。


「貴様の目的は何だッ!!こんなイタズラで、俺の生徒達を怖がらせんじゃあねぇぞッッッ!!」


「私"達"の目的は一つ。――『転生者の選別』それだけです」


「転生者ぁ!?ラノベの話でもしてんのぉ!?」


 そう戸惑いを叫ぶ少年は横に大きな体躯に、上に長過ぎるコック帽を被った正にシェフといった容姿だ。


「異能....あぁなるほど、こういう感じね」


「これあんまり見せびらかさない方が良いかもね」


「見てみてスズカちゃーん!新聞紙出たー!」


「ちょっ!?アオちゃん!?」


 思ったより周囲は冷静さを保っていて、どうやら異能の発動方法すら分かっていないのはスズカだけらしい。

 そして"あまり見せびらかさない方が良い。"という"儚げな印象を漂わせる絶世の美少女"の言葉の通り、やはり異能を誇示する者は居ない様だ。



 ―――ただ一人、その男だけは。


「ふん、気に入った」


「....ッ!スズ――――」


 直後、小辻アオはスズカを突き飛ばす。


「カひゅ........」


 小辻アオの小さな口から溜め込んだ様な息が漏れる。その様相はまるで脱力し切っている様で、まるで突然スイッチを切られた絡繰からくり人形の様で。

 彼女の酷く力の抜けた、か弱い印象を持たせる小さな右手が、尻を着いたスズカの右足に纏わりついている。それはかざす様に。まるですがる様に。

 そうして静かな静寂が空間を支配すれば、


「キャアアアアアアアアアッッッッッッ!!!!」


 次は乱心にまみれる。



「あ、ぁぁああ...あ!ああああッ!!!!」


 小辻アオの下半身の無い胴からは血がカーペットとなって流れ続け、鈴儺スズカの白い肌を赤黒く染めていく。

 少しでも前に目をやればアオの下半身が落ちている。それはきっと、もう飛び跳ねる事も立つ事すらも出来ない。アオがスズカに飛び乗る事ももう無いのだろう。

 その空虚な喪失感がスズカの滲んだ汗を染め上げていく。


「お姉ちゃ...ッ!お姉ちゃァァァっっ!!!」


「な....なんて事ですの....なんで....ミコト...さん」


 その男に斬殺ざんさつされた者は小辻アオだけではない。他に二人、大きなお団子銀髪にどこか幼い印象を持たせる少女、岬トウカの友達であった少女の小鳥遊ミコト。彼女らもまた、小辻アオの様に胴体を真っ二つにされて転がっている。


「はぁ...今までに居なかったですよ、これ程までに血気けっきのある方は」


灰ヶ崎はいがさきレオッ!テメェッッッ!!!」


 東堂の怒声が響いて宮殿中を跋扈ばっこする。そうして灰ヶ崎レオと呼ばれる男に彼は殺気を放って詰め寄る。


「おっと、コイツが見えねぇのか?人質ホステージだよ。トードー先公せんこーぉ。テメェが少しでも攻撃の素振りを見せたらブッ殺すぜ、大腸ぶち撒けてよォ、一発では殺さねぇぜ?苦しめてやる。愚かな事をしようとしたテメェの前で、な!もし!もしの話だよ。そうこわばんなよトードォ!!」


 そう邪悪な顔で口角を引きらせ、その"凶器"を足下の"少女"へ見せびらかす様に向ける。


「はっ...はっ...はっ....!!」


 その"少女"は正に鈴儺スズカだ。

 全身を改造した学ランの様な衣装で包み、ほんの少しパーマ気味で逆立った黒髪の男『灰ヶ崎レオ』に生殺与奪の権を横暴にも握られ、三人の少女を殺した"凶器"である黒い尾をギラギラと震わせる恐ろしい様子を目の当たりにし、スズカの瞳孔が身体と連動してブルブルとおののく。


「スズカ...!くッ、卑怯なッ!!」


「ど...うして皆を、殺....「鈴儺オメェは黙ってろ」


 巨大な漆黒の尾を喉元にかざされ、スズカは淡く抵抗を漏らした言葉を呑んでしまう。


「また殺し合いなんだろ?なァおい!白ヘビィ゙!」


「えぇ。間違いはありませんが、」


「はっ!じゃあ俺は悪くねェなァ!!.....おい、東堂。手を後ろに回し、首を俺の前に差し出せ」


 もはや誰も口を挟む事は出来ない。この凄惨な状況と、むせび返る様な血の臭いに誰もが抵抗の意思を見せる事が出来ない。


「ライトニン...」


「おい、余計な事考えんなよザコアマ


「...チッ」


 聡明そうな印象を持たせる、儚げな印象を見せる絶世の美少女。彼女のそっと上がった左手がビリッと白い閃光を帯びるのが見えた。

 彼女は位置的にはレオの背後であったのにも関わらず、灰ヶ崎レオは速攻で気付いて彼女を止めた。その洞察力と冴えた五感に、正真正銘誰も手も足も出ない様だ。


「さぁトードー、早くしろよ」


「....この」


くしろつッてンだよォ俺はよォォォッッッッッッッ〜〜〜〜〜〜殺すぞボケがッ!!!」


「ッ...!!」


 そう言ってレオは足下の小辻アオの背中をギュッと踏みしめる。その瞬間、スズカの"何か"がプツンと切れた―――


「アオちゃんを――――っ!!頂戴かえせッ!!」


「...ッ!?ブ、黒の生命導線ブラックテイルゥゥッ!!」


「ライトニングボルトサンダーァッッッ!!」


「―――そこまで」


 不意、乱闘が始まろうとしていた瞬間だった。宮殿の闇から、突如として"大きな陰"が灰ヶ崎レオを背後から抱き締める様にして身を強引に固める。

 絶世の美少女が放った電撃の閃光も片手で受け止められ、その"大きな陰"の強大さを全員に伝える。


「その方は"天使"と呼ばれる者です。過去にここで死亡リタイアした御方なのですが....ま、貴方達が知る必要はありませんね。抵抗はオススメしない、それだけです」


 その"天使"と云われる存在は異形のシルエットをケタケタと震わせ、今にも目の前の男を喰ってしまいそうな残酷な瘴気を纏っている。


「グ...ガハッッ....が、あ」


 レオは上手く呼吸ができないのか、ジタバタと悶えて天使の多腕たわんを叩きつける。


「さて、私はもっと説明すべき事があったのですが。灰ヶ崎レオさん、貴方は残念ながら自身の早とちりでリタイアとなってしまう様です。非常に残念でなりません。が、チュートリアルとして使わせて頂きましょう」


「テ...メェ!一体どういうつもりで「私はもっと説明をしたかったのです。それを遮ったのですから、相応の罰を覚悟するべきでは?」


 白ヘビの紅い瞳孔は鋭く輝き、あんなにも凄んでいたレオの表情を青く変化させた。


「さて、皆様方おまたせしました。現在は3つの死体が発見されている状態ですが、本来は後ほど支給する"スマ本"による報告が必要となりますのでご留意下さい」


「報告ってなんデスカ〜?」


「死体発見の報告が為された場合、今回は省きますが2時間の捜査時間が設けられます。そうして捜査時間が終われば皆様お集まりの女神像が開きます。こんな風に」


 そうすると、白ヘビの言った通り女神像が観音開きの様な形で真ん中から開かれる。

 地を揺るがすような轟音が身体を震わせ、久しぶりの起動なのか埃が舞い散る。


「さて、裁判場へ行きましょうか。着いて来て下さい」


 白ヘビがそう言うと、女神像の中に隠されていた隠し階段へ姿を消して行く。

 急かされる様にその場の全員が駆け足で階段をくだっていき、鈴儺スズカも皆の後を追う。


「....」


 宮殿を後にしようと立ち上がれば、鈴儺スズカは3つの無残な死体に背を向けてしまう。もう二度と振り向く事は出来ない。身体に重く伸し掛かった恐怖と罪悪が、小辻アオとの幸せな日々を思い出させる。もう二度と戻らない物だ。


「鈴儺.....スズカ、早く....来い」


「あ...うん」


 スズカを急かすその少女は銀色の長髪を、更に白いヴェールを羽織って隠している。大きな白いマフラーを首に巻き、彼女の小さな口を隠している。

 ダボッと身体を覆っている純白の洋服で誤魔化されているが、彼女は本当に小さい。まるで同い年とは思えない。


「アッタカピア・マリーと言う。いつか....互いに名を呼び合う....日が来る。今日は...無理そうだがな」


「......」


 階段を一段一段降りて行く度、身体が、心が冷えていく感覚に陥る。それは錯覚なのだろう。震えの止まった身体が心を更に冷やしていく。


 ―――そうして最後の一段を踏みしめ、巨大な赤い門を前にした。そうして、その門はマリーによって開かれ――――


「これで皆さん揃いましたね。本来ならばこれから殺人犯を特定する為に2時間の裁判時間が設けられるのですが、今回はスキップしましょう」


 本来なら議論する為に用意されたのであろう円卓を前にした1-2クラスの面々を一瞥いちべつし、白ヘビは一冊の本を取り出す。


「それは?」


「こちらが"スマ本"です。あらゆる場所でキーの役割も果たす優れ物ですよ」


 そう言うと、白ヘビは裁判所の奥に見える大きな青い門に在る、四角いくぼみにピッタリとスマ本を差し込む。


「...おっと、灰ヶ崎レオさん以外の皆様はここで待っていて下さい。少々準備が掛かりますので」


 そう言い、白ヘビと灰ヶ崎レオを抱えた天使が巨門の先の暗闇へ消えて行く。

 こうして生まれた一時の静寂に、その場の一同が何か会話を交わす事は無い。彼ら彼女らの間で取り交わされるのは気不味きまずさを含んだ視線だけだ。


 白ヘビからの説明は極めて少ない様に思える。それでも"選別"や"裁判"など言葉の端々に垣間見える不穏さからは、聞く者全てに嫌な想像を掻き立たせた。



 ――やがて、門とともに静寂が切り裂かれると、



「ヒっ...」


「おいおいおい、こりゃ✝どういう✝こった」


「これは...凄いデスね〜」


 白ヘビと共に青い巨門の中へ入っていった一同の目前に飛び込んで来た光景。それは巨大な十字架に、裸体で張り付けられた灰ヶ崎レオ。

 その無様な構図に、もはや失笑すらされない。


「見...んじゃあねェ!!テメェら...!クソっ!!」


 灰ヶ崎レオは自身を見上げる者達へ必死に吠えるが、もはやそこに今までの覇気は無い。それをレオ自身も理解しているのか、あまりの醜態の晒し様にまともな殺気すら出せていない。


「白ヘビィ゙!!テメェ...こんな事してタダで済むと思ってんのかァ!!後でブッ殺してやる!!」


「後?後ですか....ふむ、おかしいですね」


 白ヘビはわざとらしく顎に手を付き、レオを見上げる。


「貴方に"後"は無い筈では?」


 そう白ヘビが吐き捨てた瞬間、彼女の合図で"何か"が大きな振動を以て作動する。

 空間を轟音の波で震わすエンジン音と、この暗黒部屋の石床を削る様な鳴動めいどうを含んで"ソレ"は近付いて来る。


「おい...おいおいおい!!何だありゃ!!」


「あんな物....もう見てられませんわ....!」


「あ!?何だよ!何があンだよ!!俺の背後に何があるって言うんだよ!テメェらッ!!今すぐ言わねェとブッ殺すぞ!!」


 男はもはや隠し切れない焦燥に汗を滲ませている。


「ドリ...ル?」


 スズカがそう呟く。暗闇の部屋奥からそのシルエットが近づいて来る。それは巨大な重機、巨大なドリルだった。それは大きな揺れと一緒に回転し続けている。まるで目前の十字架を貫かんとしている様な―――


「ああああああああ!!!おい!早く言えよ!俺は!俺の後ろには何があンだよ!!やめろ!今すぐ止めろ!俺は!!俺は...!何に、殺されるんだ?」


「何に....?何にって!?お前は自身の罪に殺されるんだよ!!お前が殺した人達への、贖罪に殺されるんだよ!!人に言えと命じる前に、お前が言え!!何で私のお姉ちゃんを殺したッ!!」


 そう叫ぶ少女は灰ヶ崎レオが少女達を惨殺した時、スズカと同じ様に庇われ生き残った者だ。彼女は自身の姉に庇われたのだろう。その慟哭がそう考察させる。

 彼女は小さな体躯に、白い布の様な服で身体に見合わない大きな双丘を強調させている。左右に広がる角のようなツインテールが震えている様にも見えた。


「.........言うかよ、バーカ」


「ッ〜〜〜〜〜〜〜!!!死ねッ!死ねェっ!!このクズ野郎ッ!!」


「うるせェ!!バーーーーーーーカッ!!!」


 レオは自暴自棄にも、強がりにも見える態度でそう吐き捨てる。その様子に鈴儺スズカも、岬トウカも。額に寄った皺や、その暗い瞳孔と表情に、一切の憤慨を隠そうともしていない。

 しかしその双子の妹の少女の様に、喚く事は無い。目の前の仇をただただ睨むのみだ。


「灰ヶ崎レオ、覚悟が出来た様ですね。最後に言い残す事はありますか?」


「知るかよ、死ね」


 ―――そのドリルがついに、十字架をつんざいた。


「が、ああああああアアアァァアアアアアァァアアァッッッッッッッッッ!!!イギャジャァァァァ!!!」


 男の背中を鮮血の噴水を吹き出させながら突き進む。肉が巻き取られ、骨が砕け散る音がエンジンの轟音に掻き消される。それは男の叫声ですらだ。


「うぅぅ〜〜〜〜ッ!グゥゥ〜〜〜〜〜ッ!!!ガアアアアアアアアッ〜〜〜〜〜ッ!!....あ」


 ついに心臓へ達したのか、レオの声がプツンと途切れる。


「..................」


 重機は"ドゥルルルル"、と悪魔の嘲謔ちょうぎゃくの様な嘲笑いが部屋中を跋扈する。もはや耳をつんざくような沈黙以外は何も存在し得ない。


「...あ、落ちましたね!」


 空気の読めない声にハッと目が覚める。

 男は死んだのだ。目の前で。憎い人間だとしても、人である事に変わりは無い。スズカは遅れてやって来た死の光景に、やっと感情が追い付いて来る。


「う...おごっ」


 レオを張り付けていた巨大な十字架が、ドリルによって男ごと貫かれて地に落ちる。スズカ達の目前には、上半身だけになり、恐怖と途方も無い痛みに顔を歪める灰ヶ崎レオの死体。

 それは小辻アオの最期を想起させ、スズカを嘔吐させるには充分だった。


「この様に、殺人を裁判によって突き止められた方は残念ながら公開処刑となります」


 その白髮の少女は単調な声で一同に向き直る。


「これで分かりましたか?これはバトルロワイヤルやサバイバルゲームではありません。慎重に、お願いしますね―――――ふふ」


 その悪魔の嘲笑は、これからの未来を嘲弄ちょうろうするかの様。鈴儺スズカの明るい未来が、入学のたった半日で崩れ去った。


 その現実に救いは無い。


 [To Be Continued....]



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

『灰ヶ崎レオ』『小鳥遊ミコト』『只井アワガサ』『小辻アオ』死亡 残り17人――――

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