後輩ちゃんはカッコいい





 晩秋の、豊作の名残を惜しむような黄金こがね色の西日が大地を照らしている――となんとなく文芸部らしく表現してみる。あんまり上手く行っているとは思わない。もっと散文的な物言いをすれば、夕暮れ前にグラウンドで部活動が行われていた。


 女子サッカー部というのは世界的にはマイナースポーツである。数年前日本代表がワールドカップで優勝してにわかに脚光を浴びたが、だからといっていきなりお金が入ってくる訳でもなく、競技人口が増える訳でもなく、私の家でもお父さんの伝手でリーグ戦無料観戦チケットが回ってきたりもしたのだけれど、残念ながら時間が合わずスタジアムには行かなかった。


 舞坂高校女子サッカー部もまだそのマイナーさを引き摺っている。部員は18人。正式人数で紅白戦を出来る人数にも至らず、そういう時はほかの部の子を入れてなんとかしているらしい。


「女子サッカーはじわじわと伸びて来てるんっす。でも有望な子は高校の部活じゃなくてクラブチームに行くっすからね」

「そうなんだ」


 たしかに市内に割と有名な女子サッカークラブがあるのは聞いたような気がする。サッカー界の情勢に詳しい訳じゃないけれど、そちらではプロクラブの下部組織が活躍しているとかなんとか、そんな話もあったような。


「まだウチは恵まれてる方っすけどね」


 まさかそんなマイナースポーツの競技者だから地味同盟に参加したいと思っている訳じゃないだろうけど、郡司美也ちゃんはそのくすんだスポーツにあってさらに地味なポジション、ゴールキーパーをやっている。きっと身体が大きいからやれ、と言われたんだろう。しかしそれに異も唱えず、粛々とそのポジションをこなしている彼女はとても健気でかわいい。彼女が言うには、さすがにキーパーは自前でふたりは揃えていないといけないらしいのだが、そこら辺の事情には詳しくないし、あんまり興味もない。


「どうしてこんなことになってるの?」

「知らんがな。カナちんに訊けよ」


 私は喜んでここにいる訳ではない。騒がしい体育会系クラブの叫び声は苦手だ。耳からそれが入って、頭が揺さぶられている。なんで運動をするひとは叫ぶのが好きなのか、それは前々からの疑問だった。


「来てくれて嬉しいっす! どうっすか、どうせならみんな入部してみませんか!」


 美也ちゃんは練習の合間、ちょくちょくこちらにやって来て声をかけた。正直な所を言えば、大きすぎてなんだか似合っていない制服姿の彼女に比べて、スポーツウェアに身を包んだ彼女は別人のような格好良さがある。かわいさにつながらないのは、どう評価すればいいのか微妙な所だけれども、輝いているのは確かだ。妙に艶々しているような気もする。


 沢山の部活がある中で、グラウンドの確保は難しい問題である。特に女子サッカー部はマイナーかつ弱小なのであまりグラウンドを使わせてもらえない。水曜日と金曜日だけ、使わせてもらえるらしい。


「阿呆なこと言うな。私らが揃いも揃って運動音痴なのは知ってるだろう」


 紀子はむしろ傲然と言い放った。しかし美也ちゃんには全然効いていない。むしろ楽しそうである。疑問はどんどん膨らむ。


「そんなことないっすよ。カラダ動かせばいいことばかりっすよ」

「ケガしたくないし」

「そういうこともあるかもしれませんけど、それもまた青春の味……」

「地味同盟に入りたいっていうオマエが、逆に勧誘してどうする」

「あはっ、そりゃそうっすね!」


 美也ちゃんは底抜けに明るい。この世の邪悪をすべて知らないというように。それもまた彼女には地味同盟という、うさんくさく、かつ湿っぽい組織に引かれている訳が分からない理由になる。


 しかし組織の成長を考えれば、そういった刺激も必要なのでは、というのが今のところの考えだった。それに美也ちゃんの健気な態度も無下に出来ない。


「美也ちゃん、かわいいよね」

「うん、かわいい」


 いやに素直に頷く佳奈が妙に新鮮だった。彼女はかなり美也ちゃんを気に入っているのではないか、そう感じる。そもそも美也ちゃんが地味同盟に拘り始めたのが佳奈だったのだから、当然であると言えるかもしれない。


「でも後輩を持つってのは、怖いことだよね……」

「そうなんだよ。地味同盟にとってこの問題のコアはそこだ」


 そんなに問題なのかなぁ? と私などは思ってしまう。確かに紀子の言う通り、私たちが「後輩」なる概念を持ち合わせていないのは間違いない。でもあんなに素直で健気なのなら、さして気にする程のことでもないのではないか。


 とはいえ、私とて積極的に推している訳ではない。無下に拒否しなくてもいいんじゃない、と言っているだけだ。


 グラウンドの騒音はさらにけたたましくなる。陽が落ちるにつれて、かれらはむしろ興奮しているようだった。これこそが青春、と言われれば反論したくなっても反論できない。なんと輝かしいことか。そしてその傍らで体育座りをしながら見学している我らが地味同盟の哀しいことか。そういった青春からは決別しよう、と心に決めたがゆえの同盟なんだろうけれど、胸の奥が寒くなるのは否定できない。


 そうこうしている内にミニゲームが始まった。グラウンドを全部使える訳ではないから、ひとつのゴールを使ってのハーフコートゲーム。しかし全員が参加しているのでなんだかごちゃごちゃしている。そんな中で美也ちゃんはゴールを守っていた。いつものふわふわしたわんこの雰囲気とは打って変わって引き締まった顔をしている。キーパーの子はもうひとりいて、脇で出番を待っている。どうやらキーパーは交代制のようだ。どちらがレギュラーなのかは、この時点では分からなかった。


「おおっ!」


 女子に似つかわしくない脚力で以てシュートが飛んだ。紀子はちょっと興奮しているようだった。そのシュートはかなりいいところを突いた軌道をしていたけれど、美也ちゃんがバッタのように跳躍して、それをキャッチングで防いだ。


「ナイスキー!」


 どうやら適当に散らばっているのではなく、2チームに分かれているらしく、キーパーもそれぞれのチームに属しているようだった。つまり今は美也ちゃんのチームがディフェンスだということ。彼女がぼうんとボールを蹴り出すと、そのまま攻守交替になった。


 美也ちゃんはこの部活によく馴染んでいるようだった、貴重なキーパーということもあるんだろうけれど、それ以上に重宝されているような感じがあった。もっとあけすけに言えば、彼女はモテていた――女子の体育会系のノリは分からないところだが、しかし、幾人かの視線はあからさまにビアン的なものがあった。長身でショートカットの美也ちゃんに王子様的なものを求めている子もいるのかもしれない。


 その気持ちは分からないでもなかった。雄々しく跳躍し、度々ゴールを防ぐ美也ちゃんは、カッコよかった。とても凛々しい。それでいて野暮ったいところもあるのだから、モテない筈がない。


「で、これを見てどうするつもりなの、カナちん」

「えーと」


 分かるのは美也ちゃんが意外にもカッコいいというところだけ。彼女を地味同盟員たる見極めをするにはあまりにも材料が少なすぎる。そして私たちはどこからどう見ても間抜けだった。私はあまり気にしていないけれど。


 また休憩があって、その度に美也ちゃんはこちらにやって来た。私たちなどよりも部員との仲を心配すべきなんじゃないか、と思うのだが彼女はどこ吹く風だった。しかしそんな美也ちゃんを見るほかの部員の目もどこか温かいから、きっと愛されているんだろう。


「お疲れ様っす!」


 私は前々から思っていた疑問をぶつけてみた。


「あのさ、あなた……なんで地味同盟なの?」

「えっ」

「だって、あなたには女子サッカー部って居場所があるじゃない。こんなへんてこな組織にこだわる必要なんてないでしょ」

「おいおい、キョーカ。それはあんたにもブーメランだぜ」

「なんで」

「あんたにも文芸部があるっしょ」


 確かにそれには気付いていなかった。中々恥ずかしい。しかしここは私のことはどうでもいい。


「あたしは先輩方を尊敬しているっす! それ以外の理由はないっす!」


 あんまりにもあからさまに言うので、褒められているにもかかわらず私は鼻白んでしまった。横のふたりを見るに、同じような気持ちだったのだろう。果たして私たちに尊敬されるに足る資質はあるのだろうか。とても疑わしい。


「うーん……」


 彼女が加入するか否か、恐らくはその決定権を握っている佳奈はまだ唸ったままだった。

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