アリに部屋を占拠された、助けて

ぴよぴよ

第1話 アリに部屋を占拠された、助けて


子供の頃、アリでよく遊んでいた。


指で弾く。舐めていた飴を運ばせる。指に登らせる。とにかくアリを使った。


アリが体を登っていく感覚にハマり、わざと数匹のアリを体にくっつけたこともあった。なんかゾクゾクして癖になっていたのだ。

子供の頃は、このアリサロンが大好きだった。気色悪いのは許してほしい。

そんなことをしても、アリから噛まれたことはない。心優しいアリたちだったのだろう。


そんな優しいアリに、私は様々な労働を強いていた。

アリを観察するのが楽しかったのだ。


家の庭でアリを見つけた時は、砂糖を撒いた。クッキーも砕いてぶちまけた。

ご馳走を見つけたアリが寄ってくる。庭先はパーティー会場になった。


どんどんアリが集まってきて、砂糖を運んでいく。

やがて隊列を作っての大仕事が始まった。私は興味深くそれを観察した。

大きなアリ、小さなアリ、互いの触覚を擦り合わせて何かしているアリ。

テンションがぶち上がっているのか、歓喜するアリなど。人間さながら。

個性的な風景が広がっていた。


私は大喜びして、おやつを分けた。虫相手でも、喜んでいただけるのは嬉しいものである。庭から玄関まで砂糖で一本の線を作った。

玄関を開けて、この小さなお客様を迎え入れた。

玄関の中に次々とアリが入っていく。大量の仲間を引き連れて、うちの中へ入ってきた。

私は玄関に子供用の椅子を持って行き、彼らを観察した。そしておやつを一緒に食べる。

なんて楽しいのだろう。

いろんなおやつを玄関に撒いた。どんどん運んでいくアリたち。

何を出しても喜んでいただけるなんて、もてなしがいのある客たちである。


だが、しばらくして祖母に発見された。

祖母は「アリ!!」と叫ぶと、私からおやつを取り上げた。

何をする。お客様とのおやつタイムの邪魔をしないでほしい。

「こんなこと玄関でしないでよ!」

祖母は箒を使って、アリを外に出してしまった。一本の線になっていたアリは、みんな散り散りになって姿を消した。


虫をもてなすなと怒られた。別にいいじゃないか。

カブトムシやクワガタなら、家にいるのを許すくせに、なんでアリはダメなのだ。

こんなの生き物差別である。

アリはゴキブリやムカデなど、その他害虫と同じ扱いを受けていた。


「なんで、アリ面白いよ」と祖母に言うと

「変な子だね」と言われた。

母も「アリ面白いよ」と言い始めたので、祖母は呆れ果てていた。

母はなかなかに変な人なので、このように大人らしくない発言をする。

「あんたたち、おかしいよ」と祖母は怒りながら、玄関のクッキーの欠片を掃除していた。


その後もアリを見かけるたびに、ちょっかいをかけることが多々あった。

アリは嫌がりもせずに、私に付き合い、ちゃんと働いてくれた。



ある日の冬のこと。

私はいつものように、こたつでまどろんでいた。

空のペットボトルがそこらじゅうに転がり、こたつのテーブルにはみかんの皮が折り重なっている。せんべいの食べカスや、こびりついて取れないチョコレート。

掃除もせずに、そのままにしていた。


私と母は掃除が大の苦手だ。

いつも休日になると、「お前らはだらしない。いつも俺ばっかり」と言いながら、父が掃除をするのが常だった。


この日は確か土曜日だったと思う。

私はいつまでもこたつから離れられず、動けないでいた。寝っ転がると、こたつの温もりを全身で感じられて、たいへん素晴らしい。

そんな冬の贅沢を味わっていた時。


「あ、アリ」

薄目を開けた先にアリがいた。こたつの周りに落ちたせんべいの食べカスを運んでいる。こんなところに思わぬ訪問者がいるとは。


室内でアリを見ることはあまりない。多分服についていたのが、部屋に入ったのだろう。そう思い、また床に目をやると二匹目のアリを見つけた。


「おや?」

見れば、まだまだたくさんいる。ゾロゾロと大人数で床の上を歩いていた。

よくよく見ると、アリが列を作っている。

外から入ってきたのかもしれない。そう思って窓を見るが、開いていない。


このアリはどこから来たのだろうか。

やっとの思いでこたつを這い出し、アリを追ってみる。部屋の隅に続いているようだ。

列がどんどん太くなる。

一本の長い黒髪のように、うねりながら部屋の端へ続いていた。


「あれ?」

流石に怖くなってきた。あれほど客人として、丁重に扱ったアリだが、こんなにいると恐ろしく見えてくるものだ。

アリは壁を登っていた。天井にいるのかと思い、上を見ると。


ブラックホールがあった。


びっちりと夥しい数のアリが、天井の隅に張り付いている。蠢いており、不気味に脈打っていた。黒い塊が、一つの命ように鼓動している。


「ぎえええ!」

ギョッとした私が部屋を見渡すと、さらに別のブラックホールが見えた。


部屋の四隅をアリの塊が支配している。


とんでもない。異様な光景だった。

もはやここはアリの巣だ。私たち人間はアリに占拠されたのだ。

なんでこうなったのか全く不明だが、異常事態が発生した。



私は部屋を飛び出し、母に助けを求めた。

「アリが出たよ!部屋の隅に、アリ!襲われてる!」

「え?アリだって?」

なんでこの親は、緊急時にそんな嬉しそうな声を出すのだろう。私のよくわからない報告に、母は色めきたっていた。


「どこどこ?」

「早く早く!」

部屋まで母を引っ張って行った。やっぱり部屋の四隅をアリが陣取っている。

「うおおお、なんじゃこれは!!」

母のテンションがマックスになった。どこを見ても、アリ、アリ、アリ。

母は楽しそうに部屋を見渡していたが、我に帰ったのだろう。

「大変なことになったね」と言って、アリを手で掬い取り始めた。

こうなったら私も手伝うしかない。一緒にアリを掬って窓から投げた。


アリの塊を触ることなんて、この先の人生でもう二度とないだろう。

手の中で動き回り、モゾモゾと蠢いている生命の塊。あの命の感触を私は一生忘れない。

気持ち悪いなんてもんじゃない。アリサロンとはまた違う感触だった。

流石に両手いっぱいにアリが乗ると、気持ち悪い。


アリは縄張りを離れるのを嫌がり、私の手から体の方へ逃げようとした。

あっという間に、母も私も全身アリまみれになる。

愉快な斑点模様を体に描きながらも、アリ運びは続けられる。


冬の寒い日に何をやっているのか。非常に馬鹿らしいが、アリとは戦わないといけない。

「これは無理だよ。数が多すぎる!」

苦戦を強いられている主人公みたいに、母が言った。

床にはまだ大量のアリが走り回っている。天井の塊も、全く小さくならずにそこにある。ほうきを使って追い出したりしたが、人力じゃどうしようもない。

二人とも疲弊していた。一体どのくらいアリを運び続けたことだろう。


「お父さんに助けてもらおう。もう少ししたら帰ってくるよ」

母はそう言ってこたつに入った。

父はジョギングが趣味で、休日の今日も早くから出掛けていた。もう昼ごろになるのでそろそろ帰ってくるだろう。

「それまでアリと一緒にいようよ。寒いよ」


なんと怠惰なことだろう。流石に呆れる。でも寒いのも事実だ。我々ではどうしようもない。最終兵器お父さんを投入しないと、何もできない。

結局私もこたつに入ることにした。


うむ。素晴らしい温もりだ。アリ事件は一大事だが、父が帰ってきたらなんとかなるだろう。それまでゆっくりしていよう。


怠け者の二人は、こたつで寝転がった。母がDSをしている。私も漫画を読んで笑ったりと、穏やかな時間を過ごした。



やがて父が帰ってきた。「おかえり」とこたつに入ったまま言う二人。

「またこたつに入っていたのか。俺が走っていると言うのに、だらしない」

父は怒りながらリビングに入ってきた。


「あ、そうだ。アリが出たんだよ」

母が説明する。それを聞いた父は天井を見た。

途端に目に入る、びっちりと天井に張り付く黒。命の脈動。元気なブラックホール。


「うわああああ」

父は叫んだ。成人男性でもこんなに綺麗な悲鳴を上げられるのか。

「あんなものがいる部屋でくつろいでいたのか!ありえない。お前たちはなんて呑気なんだ」


父は怒りながら掃除機を持ってきた。なんと頭がいいのだろう。掃除機だったら一気にアリを吸い込めるじゃないか。


父は次々と、アリを吸って行った。あんなにたくさんいたアリが、みるみるうちにいなくなる。すごいねえと母と話していると、父はますます怒り出した。

「こたつでお菓子なんて食べるからだ。だからアリがきたんだ」

そう言って、こたつにある食べカスを片付けると、おやつの袋を私から奪った。

そして母からDSを取り上げ、漫画も取った。


「くつろいでいないで、アリがどこから来たか探せ!まだこの部屋にいる!」

そういえばアリがどこから来たかわからない。

出所は一体、どこだろう?

みんなで探すと、こたつから線が出て、それが天井まで続いていることがわかった。


つまり私たちはアリと一緒にこたつにいたことになる。

この時は驚いて、母と一緒にこたつから出た。

私の家のこたつは組み立て式で、脚やテーブルをくっつけて使用する。今年の秋から出しているものだった。


父はこたつをひっくり返すと、脚を外した。


そこから大量のアリが滝のように溢れでる。墨をぶちまけたかのように流れ出てくる。

もう日本の人口くらいいる。父もたちまちアリまみれになった。


こたつの脚の中にはアリの王国が築かれていたのだ。

居場所を暴かれたアリたちが大騒ぎしている。

この時は家族みんなで叫んだ。

「俺が帰ってくるまで、アリとこたつで過ごしていたのか!お前らはバカだ!」

父は叫んだ。

「そんなこと言うなんて離婚よ」と冗談っぽく母が言い返すと

「アリで離婚するなんて馬鹿すぎる」と父はツッこんだ。


アリの王国は、全て父に駆逐された。掃除機に吸われ、水責めにあっていた。

アリもせっかく暖かな安住の地を見つけたと言うのに。それが私の家だったのだから、

運が悪い。うちには父がいるから、残念だったな。


こたつはしばらく使用禁止になった。アリ事件で懲りた母と私は、特に文句を言わなかった。寒い日が続くが、あんな目に遭うよりマシだ。



しかしなぜうちのこたつにアリがいたのか。

うちにアリを招き入れたのはなんだったのか。

その原因はすぐに明らかとなる。


「お前のせいだ!だから俺はこんな酷い目にあったんだ」

母が父に怒られている。父の手には「アリ観察キット」が握られていた。


母はアリが好きで、観察したいと思ったらしい。私たちに秘密で、自室でアリを飼い始めたそうだ。でもそのアリが逃げ出して、と言うことらしい。

昔からアリに好意的だとは思っていたが、まさか飼うほどアリが好きだったとは。


この時ばかりは思いっきり引いた。私は母を擁護しなかった。

「今度はちゃんとアリを飼うから」と母が言っても父は許さなかった。


アリ観察キットはゴミ箱行きになった。

だが一時的とはいえ、部屋全体でアリを飼えたのだから、母も満足だろう。

こうして我が家のアリ事件は幕を閉じたのである。



今もたまにアリを見かける。服の中に入っていることもある。


アリは今日もせっせと獲物を巣に運んでいる。

私の家は田舎にあるので、よくアリを見る。

本当に働き者だ。



我々人間も働き者のアリを見習わないといけないかもしれない。


そして二度とうちを制服しないでほしい。

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