第一幕 少女、神の手に堕ちる
1-1
少女はずっと一人だった。物心つく
その老婦に名前はなかった。彼女は子どもたちに自らをただ『おばあさん』と呼ばせる一方で、名すら持たなかった少女を『
同じ家に住む子どもたちと遊んでいたときもあったが、老婦が死んだ
盗んで、
のがれ続けたのは幸運――あるいは、少女の悪運の強さによるものだったのだろうか。
ある冬のこと。
呼吸をするたび、寒さで肺がきりきりと痛む。だけど、痛みのおかげで空腹が
ぼろきれを巻いただけの細い
(ここで、終わりかな)
冷たい風が
「
中でもいっとう派手な
「ふむ、この
何やら声が聞こえたが、もはや頭上の議論などどうでも良かった。
次に目を覚ましたとき、小夜は
「起きたか? ふん、よく
半身を起こしたところで、男の声が聞こえた。道の上、杖でつついてきた小太りの中年男だ。じろじろと
「私はこの村の村長、
(村長? 娘?)
「お父様! この子が、お姉様になるの?」
「そうだ、
乙羽と呼ばれた
「娘、名はあるのか?」
名を持たない孤児は
「名前は、小夜……です。あの、ありがとう、ございます……?」
正しい礼の仕方など知らなかったから、とりあえずぺこりと頭を下げた。
こうしてよく分からないまま義父となった正造は、見下すように小夜を
与えられた部屋は屋根裏部屋の
与えられる衣服は乙羽のお下がり。彼女が
小夜が十六になった日のこと。
初めて正造たちと同じ部屋に呼ばれ、初めて同じ内容の
(だけど、変なの。何で急に、こんなこと……?)
そればかりか
しかしいくら尋ねても、無愛想な女中は答えない。
やがて
「――やっと、お前の使い時が来た」
(使い時……?)
ついてくるよう促された先の
「お待たせいたしました、
正造は口髭を生やした小太りの男だが、一方その男――権兵衛と呼ばれた男は、正造よりさらにでっぷりと肥えた、がまがえるのような男だった。
てかてかと
正造は小夜を前に突き出す。
「こちらが娘の小夜でして、へへ、本日で十六になります……こら、何をぼさっと立っている! こちらのお方はこのあたり一帯を治めるご領主、権兵衛様だぞ! 早う礼をせんか!」
「さ、小夜です」
慣れない長い
領主だというその男は、頭の頂点からつま先まで何度も、小夜をじろじろとねぶるように
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