カップの底に残った珈琲が、冷えて苦くなっている。


 窓の外を見やると、通りを渡る人影が午後の日差しに滲んでいた。誰もがそれぞれの時間を生きている。

 あいつの時間は止まってしまったのに。


<……旬、お前は本当にもう居ないんだな>


 ため息をつきながら、カウンターの奥でマスターがレコードを裏返す。針が落ちる瞬間、微かなノイズが走る。

 その一拍の静寂の中。何故だろう、俺はあいつの声を聞いた気がしたんだ。


『翔……』

「 ! 」

「うおっ ! びっくりした ! ? 

 急に振り返んなよ ! 」


 声に振り返るとそこに居たのは、もちろん翔ではなかったが俺が待っていた相手だった。


「悪い……今さ、俺の名前呼んだ ? 」

「いや ? 寧ろ声かけようとしてたとこ」

「そっか」


 腑には落ちなかったが、相手が嘘を言ってる様にも見えなかったので一旦納得する事にする。そして、向かいの席に腰を下ろした相手は俺と同じように珈琲を頼んで話を切り出した。


「で ? 急に電話かけて来たと思ったら【赤坂 椛】の連絡先を教えてくれなんて、どうしたの ? 

 お前、あいつと話した事なんてほぼなかったのにさ。……なんかあった ? 」

「…………お前、幽霊とか信じる ? 」

「え ? 何、急に ? 

 まさか……宗教の勧誘 ? もしかして【赤坂 椛】のこと聞いて来たのも勧誘の為だったとか ? 

 だとしたら、最悪だわ。心配した俺の気持ち返せよ」

「待て待て待て……勝手に話を進めるな。お前は、すぐに話を曲解する。

 最後までちゃんと聞け。あと、宗教勧誘では断じてない。


 だいたいな。俺は、宗教が大嫌いだ」


 俺の真剣さが伝わったのか、短く息を呑む気配がした。慎二は、カップを一息つくと口に運んだ。

 

 店の奥では湯気が立ちのぼり、豆を挽く音だけが小さく響いていた。

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