亜希也くん、生意気言ってると減俸ですよ

――そのカードは、始めからお客様が持っていたカードですね?


――そう、いつだって契機きっかけは、始めから貴方の手の中にある


――たった一歩、勇気をもって踏み出すだけでいい


――その気持ちが本物なら、兆しサインは必ず表れます


パチン――指を鳴らす音。魔術の音。観客がカードを表に返す。そこには間違いなく、観客のサイン。短い驚愕の叫び――そして、惜しみない拍手。


「サインをいただいたカードは、記念にお持ち帰りください。ありがとうございました」


***


「BYPかー。久々に見たけど、やっぱいいマジックだよな」


 無事に昼の部が終わって一息ついていたところに、亜希也がそんなことを言ってきた。


ビトウィーンBユアYパームズP*のことか。変な略しかたするから、一瞬何のことかわかんなかったじゃないか」

「そんなに変か? OOTW*とか、TTTCBE*に比べたら、わりと自然な略だべ?」

「そっちは文章にするときの略記だろ、一緒にすんなよ」

「カタいなー、ユキちんは」


ユキちんって呼ぶな。


 まぁそれはいいとして、「ビトウィーン・ユア・パームズ」っていうのは、マジシャンの間ではよく知られたカードマジックの手順プロットの1つ。どんなマジックか簡単に説明すると、演技の始まる前から観客が持っていたカードが、何故か途中でサインをしたカードと入れ替わってしまうということが起こる。


 2枚のカードが入れ替わる、というのはカードマジックの世界では定番だけど、このマジックのミソは、その片割れのカードを観客が演技の最初から最後まで、ずっと手放すことなく持ち続けるという点にある。絶対にすり替えは不可能と思える状況でカードが変化してしまう(しかも観客自身のサイン入り!)ので観客に与えるインパクトは強烈で、ゆえに好んで演じるマジシャンも多い。


「それはともかく、この分だと問題なく乗り切れそうだな」

「ん、そうだね」


 そんなこんなで駄弁っていると、厨房の方からぱろ☆さんがトレーを持ってやってきた――2人分のホットサンドとコーヒー。賄いはいつもだいたいマスターが用意してくれるから、ちょっと新鮮。


「2人ともお疲れさま」

「おお、BLT! BLTって何かマジックの手順っぽくね?」

「まだ言うかお前は」

「なになに、2人とも何の話してたの?」

「Blindfolded Lennart's Trick*について熱く語っていたところさ……っと、いただきまーす♪」

「無理やりな造語だな……じゃあ、ボクもいただきます」

「誰も由紀くんの分とは言ってないけど?」

「ひどっ」


冗談よ、と目配せして厨房に戻っていった――ぱろ☆さんって、こういうトコがズルいと思う。いや、何がズルいとは言わないけど。


「んーま♪ やっぱマスターのより、ぱろ☆さんが作った方が100倍ウマいよな」

「いや流石にそれはないでしょ。だいたいホットサンドの味に、そんな差が出るわけ――」

「ユキっちお前なぁ……そういうトコだぞ。そんなんだから、お前は女にモテ――いや、何でもね。言ったおいらがバカだった(チッ)」

「何だよその舌打ちは」

「さーなー」


なんか亜希也が勝手に不貞腐れてる――と思ったら、すぐに真顔になって身体を寄せてきた。何だこいつ、コロコロ態度を変えて。近寄るなキモチワルイ。


「――ところで思ったんだがよ、ユキっち。この店さ、マスター居なくても回んじゃね?」

「ハァ?(いや無理だろ)」

「いやぶっちゃけさ、マジシャンはおいらとユキっちで十分だろ。で、厨房はユキっちとぱろ☆さんの交代でやればいい」

「それで?(お前は厨房に立たない前提かよ)」

「それでって、これでマスターにご退場いただいたら、その分おいらたちの給料が増えるだろ。しかもあのオッサンとユキっちで二分されてる女性客からの人気が、半分おいらにも流れてくるって寸法よ!」

「……ポニーさんはどうすんのさ(もうツッコむのもバカバカしいけど)」

「ああ、あのウマは端っから役に立たねぇし、この機会に屠畜場にでも――」


「ポニ~~~~~~~~!!!!!」


ほら見ろ、地獄耳がやってきたじゃないか。


「な、なーんてな。冗談だってばよ、ポニーさん。ほら、くーらーいーよーみーちは~、ピーカーピーカーの~♪」


 俺はトナカイじゃない……じゃない? ポニーさん、何かボクらに伝えたいことがあるらしい。ポニーさんにはブログの更新とか、クリスマスに向けての飾りの準備とかをお願いしてたんだけど、何か問題があったのかな。


「ポニーさん、ブログの更新の仕方がわからない、とか?」

「ポニポニ、ポニポニ」

「へへッ、うっかり記事を全削除とかしちゃったんじゃねーの?」

「ポニポニ! ポニポニ!」


首を激しく横に振る。どうやら違うらしい。でも他にどんな問題が? 亜希也じゃないけど、今日に限っていえばマスターが不在でも滞りなく営業できてると思うんだけど――え、耳? ポニーさんが何度も自分の耳を指差してる。耳を貸せ、ってことだろうか。


「え、何ですかポニーさん」



 「……お前ラ、夜の部の料理はどうするつもりダ?」


――しまった。夜の部の料理ソレがあった。

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