第6話 天使との対決 後編

 ルカとノモスの間に奔る緊張感には、互いの立場を越えた不思議なものがあった。ルカは薄く浮かべた笑みをそのままに、ノモスは振り払えない疑念を感じたような顔で、それぞれ向かい合っていた。

 ルカが天秤を傾けると、ノモスの体にかかっていた圧力は少しずつ緩められていく。そしてノモスが動けるほどにまで圧力が緩むと、ノモスは戸惑ったように体を起こす。ルカはアベルとユディトにちらりと視線をやって、「止血に専念したほうがいいと思うけれど」と忠告を口にする。

 ユディトはルカの言葉にはっと息を呑み、急ぎアベルの負傷箇所に手当のために鞄をあさる。ゼエハアと、動けない様子のアベルと、その手当を行うために動くユディトを庇うようにルカは間に立つ。間に立たれ、ノモスはその表情を険しくしてルカを見た。

「……さて、どうしたものか」

 ルカは顎に手を当てて、考える仕草を見せた。ノモスと戦うことを決めたのはいいものの、別段天使を殺すつもりはルカにはない。アベルほどの強い使命感も無ければ、そうしたいという意欲も、アベルに命令されたとてやる気もない。そもそも、“一方的”になって面白くないだろう。直接的に殺すのはわけないが、実行するようなやる気は出ない。

 まあ、追い払うくらいが関の山か……それか、つまらなく殺すか。

 そんなことを考えながらノモスをじっと見つめていると、ノモスは静かに呼吸を整えている。目の前に現れた存在を改めて認知して、その異質さに戸惑っているようにさえ見えた。その様子はひどく人間的だ。

「名乗っていなかったかな。私の名はルカ。真名は当然秘密。きみの裁きに介入させていただくよ」

「ルカ……。我らが主の子について記録を示した人物に同じ名がいたような気がするが」

「ふふ、偽名なんてどうでもいいだろう? 私の名などさしたる問題でもない。そして、きみの名もね」

 ルカはノモスの真名は分からなかったが、その真名に重きを置いていないことを改めて宣言した。ノモスは驚いたように目を見開くが、すぐに臨戦態勢へと移る。その手に握られた光の刃を強く握り直し、ルカの出方を窺っていた。未知なる敵対戦力を前にした、ごく普通の反応だとルカは思った。

「ガベルも天秤も持たないきみに、私を裁くことができるかな?」

「おやめください……! 貴方様ほどのお力があれば、この罪深き魂どもも裁くことができるはず……!」

 あくまで戦うつもりがないという口振りで、ノモスはルカと相対する。ルカはにこりと微笑むとそのガベルを振るい、闇の力を呼び出した。ガベルの頭から伸びた刃は大剣のような大きさであるが、ルカはそれを軽々と振り回す。先の戦いで下級天使たちに振り回していたものと同じそれはおそらく、質量が無い。それなのにおぞましい闇の力を放っていた。

 ノモスはその闇の力の強大さに目を丸くしたが、ルカが躊躇いもなくそれを振り抜いて近寄ってきたことで覚悟を決めたのか光の力を集中させて盾を張った。光と闇の力がぶつかり合い、互いの力を弾き合って二人の体勢が崩れる。ルカが翼をはためかせすぐさま姿勢を整えたのに対し、ノモスは衝撃の重たさからルカよりも長い時間姿勢が崩れたままでいた。だが彼も、中級天使の最上位なだけあって、ルカの攻撃よりも先に防壁を展開してその次に与えられた攻撃を防いでみせる。最初からルカとは打ち合っていたはずなのに、随分と耐久力があるようだ。

「へぇ、相当疲弊しているはずだと思っていたけど」

「ドミニオンの名を穢すわけにはいかぬ……!!」

 どうやら彼にも誇りと呼ばれるようなものがあるらしい。ルカはその精神の高潔さに強く関心を示した。なるほど、と頷いて、少しばかりの理解を得る。「精神性は評価しよう」とルカはどこから目線なのだかわからない言葉を口にした。そうしてすぐに彼の行動を分析した。

「ただがむしゃらに人間を裁いているわけじゃないってことかぁ」

「当たり前だ。我らが主を眠りから覚ますためには、罪深く、そして信仰のない者を消して力を高めるのが最重要であり最も効率的な方法だ。その方が、神もお喜びになるに違いない」

「神は死んだのに?」

 ルカが挑発するように死、という単語を口にすると、ノモスは歯ぎしりをして「主が死ぬわけがない! 主はもう一度目覚める日が来るはずだ!」と声を荒げる。

「もう一度、主の言葉を聞くために!」

 ルカはその言葉を聞くと飽き飽きとしたような、退屈そうな表情で手の中の天秤を傾けさせる。ひゅう、とビル風が強く吹きすさぶとノモスだけを包み込んで羽ばたきづらい環境を作る。

 ノモスは空を飛ぶよりも地で戦う方が安全だと考えたのか、強い風の弱まる地表に近づく。ルカと離れたその瞬間だけが人間を裁く最も大きなチャンスだと判断して、光の粒子を弾丸へと変えて治療をするユディトとアベルに向けて撃ち放つ。

「……! おっと!」

 ルカは慌てたように急降下をして、大きく広げた翼でユディトとアベルの前に降り立ち二人を庇った。六枚三対の翼を広げると二人を庇うにはあまりにも十分すぎるほどの面積があり、ルカの頭上の光の輪が強く光り輝いた。

 光の弾丸を受けたルカは「く……っ」と小さく呻き、しかしすぐにガベルを振るって光の弾丸を打ち払った。闇の力をまとった刃はそのオーラを強大化させ、無数の弾丸を穢れで打ち落としていく。

──人間の穢れには微動だにしなかったルカが、天使の聖なる力には呻き声を漏らした? アベルが感じたその疑念を口にするよりも前に、ユディトが先に言葉を発した。

「ルカちゃん! 大丈夫!?」

「このくらいなら、まあまあね」

 ルカは余裕のある笑みを浮かべると、空いている片手に再び天秤を顕わにした。その天秤の頭をガベルで叩き、天秤を激しく傾けさせた。その瞬間にノモスの体はまるで鉛のように重たくなり、その権能も、聖なる力も、等しく無に還る。

 ありえざる虚無の力がこの空間を支配している。無の圧力はノモスだけではなく、アベルやユディトの肌にさえも寒気を響かせる。それだけの大きな力が、今まで確認されたことのない力がアベルの思考を鈍化させた。体中の血液が凍りつくような冷たさと共に、焦燥感がアベルの身を襲う。

 ルカの生態に大きな矛盾があるのは明らかだのに、その仔細を考えるための力が奪われていく。思考の鈍化、諦念。小さな絶望。それらがより大きなものへとなろうとしたその瞬間、ルカは周囲から吸い上げた力でその身についた傷を癒した。ルカの身体を黒いオーラが包み込み、しぶきのように宙を舞うオーブが身体に吸収された。余ったエネルギーが光のオーブとなって空気中を漂っている。

「ふぅ……」

 小さく息をつくが、ここは戦場である。長引けばノモス以外の天使もこちらに集まってくるはずだし、決着をつけるなら手早いほうがいいか……。

 ルカはすぐさま天秤を元に戻し、周りから吸い上げていたエネルギーのうち、余分なものをあるべき場所へと帰す。はっと意識を取り戻した三名は、三者三様ではあったがみな揃ってルカの顔を見た。ルカは三人の顔を順繰りに見て、大きく開いた瞳でとぼけるような微笑みを向けた。

 天使の力としてあまりにも異色なそれらに、アベル達は当然、ノモスも戸惑っている様子だった。通常の天使ではないにしても、上級の天使だとしても、すべてがおかしいと、ノモスは全身でそう感じていた。

「……さて、まだやるかい?」

 ルカは一対の翼へと姿を戻し、傷が癒えたばかりの翼をぱっぱっと指先で払う。ほこりを落とすかのような軽い仕草は彼女の持つ力量がどれほど異例なものであるのかを示す行為そのものだ。周囲からエネルギーを吸い上げて回復なんてされたら、どんな傷をつけても無意味ではないか。ノモスは、確かな絶望に近いものを感じた。

 それほどの力を持ちながらなぜ人間の味方を。

「……」

 ノモスは警戒した様子で、ルカに無言で武器を向ける。光の槍が出来上がると、その先端は三叉に分かれて稲妻のようなエネルギーを帯びている。「そう。まだやるのだね」と、冷たい声でルカは応じ、その手に握ったガベルから伸びる刃が漆黒から純白へと染まりあがった。

「……単なる堕天使なら、不浄の力しか使えないはず。あいつ、マジで何者だ……?」

 アベルの呟く声に、ユディトは無言を返す。心当たりがあるのかないのか、いまいちわからない様子だった。ユディトはパイモンに囁きかけるでもなく、黙り込んで、アベルの腕を強く握りこむ。不安げなその様子に、アベルは思わずユディトの手の上に自らの手を重ねて握る。

「いくよ」

「来い……ッ!」

 ルカは一瞬でノモスとの距離を詰めて、純白の大剣を片手で振り回す。もう片方の手のひらの上には天秤が浮いていて、いつでもそこを傾けることができるのだとノモスの目に焼き付けさせる。ノモスもルカの武器に応じるように光の盾を展開して、ルカの攻撃を打ち返して大きく広がったその胴に盾と共に突っ込んで打撃を与える。

 くしくも昨日アベルが蹴り上げた箇所と同じだ。だが、ルカはそれを弾き返すように全身から不浄のオーラを放ってノモスを突き飛ばした。ルカが二色の力を……否、先ほどの天秤の力を合わせて考えると、三つもあるどの力をも使い分けているのは明白だった。

 突き飛ばされた威力を利用して、ノモスは宙でくるりと回転し、ルカの体に光の槍を刺そうと腕を突き出し突進したが、ルカの体はそれを透過するようにすり抜けて、まるで効いていない。

「さあ、戦うのならもっともっと力を出さなくちゃ!」

 煽るようなルカの言動にノモスは唇を強く引き結んで、それから口を開いた。

 武器を下ろし、武装を解除した。ルカに対して直接的な敵対はしたくないといった様子で、かぶりを振った。

「貴方様と敵対しても我々には無益だ」

「だろうね。だから私は戦うのだけれど」

「だが、そこの人間どもは殺さねばならない」

「それは困る。私はそこの人間を気に入っているからね」

 静かなやり取りは確かな確執を生んでいる。この交渉は決裂するのだろうという予感を感じさせる風景だった。そして、二人ともがそれを完全に理解しているようだった。天使同士、通じ合うような何かがあるのだろう。言葉数は少なくても理解し合った様子だ。

「……交渉では解決できないようだな」

「だね。じゃあ、去ってくれる? 私には勝てないだろう、きみ」

 二人は淡々と会話をしていた。しかし、ノモスはルカの言葉に苦虫を噛み潰したような表情を見せる。退くような気はさらさらないらしい。ルカもまた、困り顔を見せた。

「全く。天使ってどうしてこうも頑固なのかなぁ」

 呆れたようにかぶりを振ったルカに対し、ノモスは思考した。この天使をうまく出し抜いて人間どもを殺すことができればそれが一番だが、この天使はそれを許さないだろう。

 ルカは静かに、無表情になった。その顔色を一切変えないまま、純白の聖なる力を細身の剣の形へと変形させた。

「──天使同士は殺し合うことができない」

「主が定めた法律だな。それがどうした」

「人間は違う」

「だが、人間は脆く弱い。聖なる力を浴びただけで、簡単に死ぬ」

 ノモスの言葉に「その通りだ」とルカは満足げに頷く。まるでノモスを試すかのような態度であった。それからすぐに言葉を続ける。

「そして、悪魔も違うことはきみももうわかっているよね」

「貴方様は、なぜそんなにもそいつらを庇うのです。しかもスコアの高い、主の教えに背き続ける男を……」

「気に入っているからさ」

 ルカはそう答えると、細身の剣を黒く染め上げた。そうして目にも留まらない速さでノモスに突き刺す。ノモスは瞬発的に身を引くが、攻撃そのものを避けることはできなかった。脇腹に逸れた、針のような剣の突きにノモスは目を見開いてごふ、と息を吐く。

 花弁のような白い破片が傷口と口から散るように落ちる。貼り付けただけの紙切れのような一片が落ちる。天使の血液は、白い花びらだ。

「大丈夫。すぐに治るよ。痛いだけだ」

 まるで言い聞かせるような言葉だった。ルカは柔らかく微笑んでから、ガベルから伸ばしていた剣を消滅させる。穴の開いた箇所から百合の香りが広がって強くなる。その場の誰もが、彼の天使の肉体から血が流れるのを見た。

 誰がどう見てもルカの優勢だった。ルカはもう一度黒い剣を顕現させると今度はサーベル状に変形させて動きの鈍くなったノモスに振り下ろす──が、ノモスの体はその攻撃を避けた。いや、避けるよう動かされたと言う方が正しい。

 ノモスの背後にはアベルが立っていた。ノモスの体に腕を回して無理やり動かしてルカの攻撃を避けさせたのだ。ルカは驚いたように目を見開いて、それからアベルがとったノモスを庇うような振る舞いにノモスともども驚いていた。

ノモスが「貴様、」と口にして、さらなる言葉を続けようとした瞬間、その首は血で濡らしたナイフで掻き切られた。花弁のような破片が一気に散って、百合の香りが広がっていく。胴体と頭が切り離されたノモスの体は倒れて、ノモスの頭上の天使の輪は光を失って消滅した。

 先ほどまでは天使だった遺体は光の粒となって消えていく。アベルの手の中の生首も消滅する。

 それを呆気に取られて見ていたルカに、アベルは告げた。

「……お前は殺すな」

 アベルの命令の言葉に、ルカは「ええー?」と不満げな声を上げる。

 理論がおかしい。納得ができない。そんな感情で胸がいっぱいになり、アベルの知性への疑いへと発展していく。そんな感情的な人物ではないと思っていたこともあり、ルカの中では納得がいかなかった。

「天使を殺すのが天使対策課の一番の仕事なんじゃなかったの?」

「それは人間がやる仕事だ。悪魔でもない、ましてや天使のお前に殺しをさせる気はない」

「…………そう」

 ルカは、強く意思のこもった言葉に、しっくり来ていないような顔で返事をする。

──天使同士は殺し合うことができない。その話が真実なのだとしたら、先ほどのようなルカとノモスの戦闘は成立しない。天使と悪魔の両方の、そして第三の未知の力を使うルカの真名にまで至ったわけではないが、戦い方やその存在感は、きっと歴史に名を残した天使の一人であるのであろうと窺い知れる。そしてルカのその在り方はまるで悪意そのものだ。人の世界、天使の世界、悪魔の世界のすべてに対し、同じ在り方をしている。悪質極まりないその行為を制御するのが己の役目なのだとアベルは今やっと、完全な理解をした。

「ルカ。お前は確かに今日、俺たちの味方をした。だが、お前に頼り切りになるつもりもない。人間だけで立ち上がる」

「……なるほど、そういう理念か」

 ようやく納得がいった、というような表情をアベルに見せたルカは、穏やかに微笑みを携えた。それならば納得がいく。彼の男は、ここまで力を見せつけられてなお頼るのが嫌らしい。人間だけで立ち上がる。動機こそ立派だが、理想論が過ぎる。だが、彼らしさはある。

 そうしてひとり納得をしていると、アベルはふと思い出したように口を開く。

「というか、お前、なんで神の法律を破っていられるんだ」

「さて、なぜでしょう?」

 またはぐらかした……。

 アベルはハァとため息をつきながら、スマートウォッチからラザロへ向けて発信を行う。ワンコールでラザロは応じ、簡素な応答の言葉が一回だけ返ってくる。ラザロは支部のオフィスに待機しており、戦いには一切参加しないことになっている。

「ラザロさん、こちらアベル。コールオーケー?」

『コールオーケー。トーマスとも繋がっているわ。オフィスにも問題なしよ』

『コールオーケー。こっちの天使は殲滅させたぜ。オレ一人でな』

 わざわざ自分一人で、ということをトーマスは強調した。その様子にラザロのため息が入ってくると、トーマスはわざとらしく咳払いをして誤魔化す。格好つけたい欲が透けて見えてしまってはいい格好も台無しというものだった。

「……ひとまず、天使の裁きは終わったようだな」

 アベルが安心したように息を吐くと、通話先のラザロとトーマスはそれぞれが肯定の意をあらわにする。それぞれ報告を続けていると、アベルの背後から抱き着くようにユディトが通話に割り込んだ。

「よかったぁ~! アベくん、ドミニオン相手にも全然怯まないで血を使うから怖かったよぉ!」

『ドミニオンだって? ……それはまた、随分な階級の天使だな?』

 トーマスの驚きと戸惑いの入り混じった声にユディトは「そうそう!」と声を張る。

ドミニオンはスローンズの一個下。よい言い方をすれば、上級天使一歩手前。その強さは、天使を殺すことに特化した第五支部のメンバーであればなんとか対処が可能なものであるが、それでも苦戦は避けられない。トーマスとアベルがタッグを組めば、ようやく余力を残して勝てる……といった程度の相手だ。

ルカの加入によって戦力が大幅に増強されたのは間違いないが、それを素直に肯定しきれないのもまた事実であった。

「ルカちゃんがいなかったら超危険だったかも!」

『……昨日語っていた運命の通りになった、ということね』

 ラザロの静かな指摘に、アベルは相手には見えないのに思わず頷きながら「悔しいが、そうだな」と肯定を返す。ラザロもはあと息をついていたが、トーマスだけがアベルやユディトの様子に噛みつくように感情的になった。

『フン! 何の話かは知らねぇが、アベルもユディトも腕が落ちたようだなァ! オフィスに戻ったらオレが稽古でもつけてやろうかぁ?』

「結構だ」

 トーマスの言葉を一蹴して、アベルは「ルカの戦闘についてだが……」と報告を続ける。アベルがラザロ、トーマスと会話をしている背後で、ルカはそっとユディトに近づいた。こそこそと、隠れるようにやりとりをしようとルカは囁く。

 ユディトはルカに連れられてアベルのそばから少し離れた場所に向かう。無論、アベルが振り返ればすぐわかる程度の場所だ。

「ユディトくんはさ、パイモンに私の真名の心当たりを聞かなくていいの?」

「え? あ、あー……いや、僕はそういうのいいかなぁって……思ってるかもぉ……」

「……ふふ、きみ、パイモンに話しかけないわりには……随分と息が合っているみたいじゃないか」

「まあ、それは初対面がいい感じだったからかな? ……なんて」

ユディトはどこか誤魔化すような口ぶりでルカの詰める言葉から逃れようとする。ルカはそれにクスクスと笑みを返すと、どこか楽しそうな口ぶりになった。

「深く追及はしないであげる。彼らに打ち明けるのも、打ち明けないのも、きみの自由にしたらいいと思うよ。私はきみのことも気に入ったからね」

「……それ、僕が本気でアベくんを護ったからでしょ」

 ユディトが唇を尖らせて文句を口にすると、ルカはほんの一瞬間を置いてからにこりと微笑んだ。実にその通りだったから、思わず拍手までしてしまった。

「うん」

 その通りだ、と笑顔を浮かべて、ルカは楽しげに揺れた。ユディトは自らの秘密を見透かされたような心地がして、思わず身震いをした。それからその恐怖を誤魔化すように「安心してってば!」と作り笑顔になって話を切り上げる。

 するとタイミングよく、アベルが振り返ってユディトとルカの方に視線をやった。

「おい、うるせぇぞ、お前たち」

「あ、報告終わった?」

「ああ。今からオフィスに戻ってこいだとよ。民間人の被害報告や対処は他の支部がやってくれるそうだ」

「お、ラッキー」

 ユディトはアベルの言葉にころっと本音をこぼし、「オイ」とツッコミを入れられる。「やべっ」とユディトがいたずらっ子のように笑うと、アベルはため息混じりに首を振るがどこか安心したような様子を見せる。ユディトのことを心から信頼していて、その軽さが苦手ながらも安心感を覚えるものである証左だった。

 ルカはその様子をニコニコと見守っていた。ルカの視線に気が付くと、アベルはわざとらしく咳払いをして「帰るぞ」と口にする。あからさまな照れ隠しにルカは和やかな気持ちでその光景を見ていたが、ぽつりとぼやきを漏らす。

「出社の間違いじゃないかい?」

 ルカがそう指摘をすると、アベルは「うるせぇ!」と、返す言葉のない様子で声を張った。それにルカとユディトが「あははっ!」と笑って返す。三名はあーだこ-だと話を続けながらオフィスへと向かって歩き出した。

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