第3回:渡世人の歴史的背景 ― 義理と孤独のあいだで生きた男たち ―


第3回:渡世人の歴史的背景 ― 義理と孤独のあいだで生きた男たち ―


1. 無宿人の起源 ― 戦国の動乱から流浪へ


江戸時代に現れる渡世人の源流は、戦国の乱世にある。

戦に敗れ、主君を失い、土地を追われた浪人や農民――。

彼ら“流浪する人々”こそ、後の無宿人の原型である。


豊臣秀吉による刀狩・太閤検地によって、土地と武装を奪われた民が急増した。

江戸幕府の成立後、こうした人々は「宗門人別改帳」(戸籍簿)に登録されず、

社会の制度から外れた“戸籍外の民”となった。


すなわち彼らは、「どこの誰とも記録されない存在」

制度の外=社会的には“透明人間”だったのだ。


江戸中期、“享保の大飢饉(1720年代)”で無宿は急増。

仕事を求めて江戸に流れ込むが、住所も保証人もない彼らは「浮浪者」として取り締まり対象とされた。

こうして“無宿”は治安上の問題として可視化されていく。



2. 渡世人の誕生 ― 無宿から「義理ある流れ者」へ


18世紀、江戸中期。

ただの無宿ではなく、「義理」と「筋」を重んじながら旅をする者たちが現れる。

それが“渡世人(とせいにん)”である。


彼らは諸国を巡り、一宿一飯の恩義を忘れず、

ときに仲裁者、ときに喧嘩の調停人、ときに用心棒として働いた。

“渡世”という言葉自体に「世を渡り生きる」という意味がある。

つまり、制度に頼らず己の流儀で生きる“フリーランスの義侠者”だった。


象徴的な人物として知られるのが、“甲州博徒・竹居安五郎(1811–1862)”

義理を通し、飢饉と圧政の中で人々を守った侠客的渡世人である。



3. 幕府にとっての渡世人 ― 厄介者か、調停者か


幕府から見れば、渡世人は“治安の不安要素”。

長脇差を帯び、定職も身分も定かでない――。

「社会不安の温床」として監視と取締の対象とされた。


だが、民衆にとっては違った。

幕府の手が届かない下層社会では、彼らが“影の行政”を担った。

喧嘩の仲裁、借金の調停、村同士の争いの仲立ち。

“公式には敵、非公式には便利な存在”。

この二面性こそ、渡世人という存在の核心である。



4. 侠客・博徒との違い


渡世人はしばしば“侠客”や“博徒”と混同されるが、その立ち位置は異なる。


種別   特徴               社会的役割

侠客   義理・人情を重んじる任侠者    弱者保護・仲裁・慈善

博徒   賭場・興行を生業とする者     経済的ネットワークの運営

渡世人  住せず流浪し、両者の中間に立つ  調停・護衛・情報伝達


言い換えれば、“渡世人=社会を横断する橋渡し役”だった。

義理を掲げながらも、現実的に生きる術を知っていた。



5. 守り手としての渡世人


江戸後期、幕府は渡世人を一部“治安維持の協力者”として黙認した。

八州廻りの手が届かぬ村々で、彼らが秩序を保つ存在となったのだ。


だが、その立場は常に綱渡り。

一歩間違えば犯罪者、踏み出せば義侠の英雄。

彼らは常に社会の境界線を歩き続けた。



6. 幕末から明治へ ― 渡世人文化の終焉と変容


幕末の開国と内乱により、流浪の民は激増。

渡世文化は一時的に最盛期を迎えるが、明治維新で戸籍制度が整うと、

「無宿」は“犯罪”とされ、渡世人の居場所は消えた。


それでも、精神だけは生き残った。

侠客の清水次郎長のように、“社会奉仕・地域保護へ転化した者”も多い。

“任侠=社会的責任”という新しい形へと変化していったのだ。



7. 幕府の治安政策に封じられた自由


渡世人が“危険な自由人”として扱われた理由は、

幕府の【秩序維持政策】にあった。

特に有名なのが以下の三制度である。


● 人足寄場(寛政2年/1790年)


老中・松平定信が、無宿人を収容・更生させるために設立。

しかし実態は監視付きの強制労働施設。

大工・紙すきなどの技能教育を行う名目だったが、脱走すれば即処罰。

多くの渡世人がここで“制度に飲まれた”


● 佐渡金山の強制労働


佐渡島の坑道には、各地から送られた無宿人が多数働かされていた。

酸欠・病・事故が絶えず、平均寿命は三年。

幕府にとって渡世人は、秩序と労働力の両方を担う“便利な存在”だった。


● 島流し(遠島刑)


江戸では罪状に関係なく、渡世人が遠島に処されることもあった。

「存在そのものが秩序の脅威」と見なされたからだ。

皮肉にも、“歩く自由”が罪とされたのである。



8. 封じられた義理の灯


寄場に囚われても、金山に沈んでも、島に流されても――

渡世人たちは「義理」を忘れなかった。


制度は彼らを“無宿”と呼んだ。

だが魂には、確かな“宿”があった。


義理とは、人と人のつながりを信じること。

その灯は、現代にも微かに息づいている。

社会の片隅で孤独に生きる者たちの中に、

渡世人の血が脈打っているのかもしれない。



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■関連作品:『異世界三度笠無頼』

江戸の渡世人・丈之助が、剣と義理を胸に異世界を渡り歩くロードムービーファンタジー。

史実の「渡世人像」を下敷きに、人の情と誇りを描く物語です。

『異世界三度笠無頼』作品ページはこちら

https://kakuyomu.jp/works/16818792440635779978

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