プロローグ3 二人のログアウト 西村太一時速300kmの離脱

◆ ネオ東京・中央自動車道


ブガッティ・シロン──プレミアRed。


W16クアッドターボ1500馬力。

通常380km/h、解除すれば420km。


深紅のボディが夜を切り裂く。


太一はハンドルを握りながら、投げやりに笑った。


(……もういいんだよ。こんな人生)


「ねぇ、運転させてよ、太一」


助手席の未来コトハがふわりと笑う。


「新車だぞ。傷つけんなよ」


「平気だって……太一。あのさ、私ね。

もう“幸せのふり”するの、疲れちゃった」


その声と同時に──

彼女はアクセルを踏み込んだ。


「おい、なに考えて──」


太一の視界に入る。


コトハの手にある、透明ボトル。

RSD。


「太一がそばにいてくれるなら……飲める気がする」


「やめろ!!」


叫びは届かない。


彼女はそれを一気に飲み干し、

ブガッティは壁へ吸い込まれた。


グシャァッ!!


金属とガラスが砕け散る。



「……ここは……どこだ?」


太一は目を開き、隣のコトハに触れた。


「首が……折れてるじゃねぇか……

……死んだよな。そりゃそうだよな……」


胸がきしむ。


◆ NEWS速報


《人気女優・未来コトハ(18)死亡》

《走行中の事故》

《薬物疑惑──RSDボトル発見》


◆ JAPANデジタルバンク・社長室


「太一!!またトラブル!?

いい加減にしろ、しばらく出向しとけ!!」


(……うるせぇよ)


(俺も死のうとして失敗しただけだ)

(この国じゃ、絶望してる奴のほうが“正常”なんだよ)



出向先で太一は、唯一気の合う男に出会った。


──御影 遙。


その御影が誤飲で死んだと聞いた瞬間、

太一の中で何かが崩れた。


「……御影……死んだのかよ……

あの真面目バカが……?」


胸が焼ける。


「どいつもこいつも……勝手に死にやがって……!」


F40が夜を裂く。


その瞬間──

助手席に、ふっと影が座った。


千斗だった。


「……お前、馬鹿だな太一。

あんな綺麗な人、守れなかったんだ」


「うるせーよ……だから死ぬんだよ俺は。

守れなかったのが……悔しくてよ」


千斗は薄く笑った。


「未来コトハのこと、好きだったんだろ?」


太一は目をそらした。


「……まあな。

俺が御影みたいな奴なら……守れたかも知れねぇ」


「なぁ、幽霊に聞くのも変だが……

ここ、本当に“世界”なのか?」


千斗は外を見ながら答えた。


「太一。お前、気づいてるだろ?

ここは、ただの“層”だよ」


太一は眉を上げた。


「……やっぱりな」


「死んだ魂は別の場所へ戻る。

また、違う身体で呼ばれることもある」


「輪廻……ってやつか」


「名前の違うだけのな」


太一は苦笑しながら尋ねる。


「なぁ、ガキの幽霊──

御影には……また次、会えるかな?」


「縁があるやつは、何度でも会うよ」


「ああ、だよな」


太一はアクセルを踏み抜いた。


「次は、絶対に金持ちの三代目なんかに生まれねぇ」


「贅沢だな、お前」


「ありがとよ、千斗」


「また会えるよ。太一」


──F40が宙へ跳んだ。


……はずだった。



警告サイレン。


『そこの車、停止してください。

速度違反。罰金を送信します』


太一は呆然と呟いた。


「…………なんだよこれ……」


いつもの通勤路。


世界は──確かに書き換えられていた。

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