第12話 翔真の暴走
フードコート。
買い物袋をテーブルの下にまとめて置くと、私はふうっと一息ついた。
今日は歩きっぱなし。さすがに足が棒だ。
「柊木さん、飲み物どうする? 俺、買ってくるよ」
「いいの? じゃあ私は、アイスティーで」
「了解。食べ物は?」
「うーん、オムライスかな」
「オムライスとアイスティーね。じゃ、座ってて。荷物番頼んだ」
そう言って悠太君は、軽く手を振って列の方へと歩いていった。
その背中を見送りながら、私はストローをいじりつつ、つい小さく笑ってしまう。
(……なんか、普通にデートっぽいよね、これ)
言葉に出すと急に照れくさくて、頬を押さえた。
あの悠太君が、私の食べたいものを聞いてくれて、注文まで行ってくれるなんて。
昔の翔真だったら「一緒に行こうぜ」って言い出してたな、なんて思い出す。
……そう思ってたほんの数分後。
その“わずか”の間に、事件は起きた。
「……楓!」
聞き覚えのある声に顔を上げた瞬間、時が止まる。
「……え、翔真?」
「やっぱり……お前だったか!」
彼は息を切らしていた。汗も滲んでる。
まるでマラソンのゴールにたどり着いた人みたいな勢いで、私の前に立つ。
「だ、大丈夫か!? あの男に、何かされてないか!?」
「……は?」
唐突なセリフに、私は瞬きすら忘れた。
「えっと、ちょっと待って。何の話?」
「何の話も何も! お前、知らない男と一緒に歩いてただろ! 見たんだよ、俺!」
「……それ、悠太君のこと?」
「名前とかどうでもいい! 弱み握られてるとか、脅されてるとか、そういうんじゃ――」
「――はぁぁぁぁぁ?」
思わず素で声が出た。
周囲の人がちらちらとこっちを見てくる。
だが、そんな視線よりも、目の前の翔真のほうがずっと信じられなかった。
「な、何を勝手に想像してるの?」
「想像じゃない! だってお前、落ち込んでただろ!? 俺が断ってから……」
「ちょ、待って。それ今ここで言う!?」
「そりゃ言うだろ! 俺はお前が心配で――」
「――だからって、勝手に“脅されてる”とか決めつけないでよ!」
立ち上がった私の声が、思ったより大きく響いた。
フードコートのざわめきが、一瞬止まる。
「帰ろう。今すぐ」
「は? ちょっと、離して!」
……まさか、こんな大勢の前で腕を掴まれるとは思ってなかった。
ざわざわと周りの視線が痛い。フードコートのざわめきが、やけに耳に刺さる。
「翔真、やめてよ……!」
「だって、お前絶対おかしいだろ! あんな冴えないやつとつるむなんて!」
「はぁ!? なんですって!?」
口を開けば、悠太君の悪口ばっかり……。一体何を考えてるの?!
「翔真君、やめて! 人が見てる!」
「でも、楓が――」
「“でも”じゃないの! あんた、完全に勘違いしてる!」
「勘違い!? 俺は――!」
「心配してるんじゃなくて、ただ自分が納得したいだけでしょ!」
「ち、違う! 俺は心配で――」
美桜ちゃんの言葉が、ド直球すぎて周囲の数人が吹き出した。
もう、ほんとにやめて……!
「翔真、離してってば!」
もう完全に話が通じない。
助けを求めるように辺りを見回した、その時――
「……おい、何やってんだ?」
聞き慣れた声が、背後から響いた。
「悠太君!」
振り返ると、両手にトレーを持ったまま、息を切らした悠太くんがいた。
走ってきたのか、アイスティーの氷がカラカラと音を立てている。
「おい、何が――」
「悠太君、助けて!」
思わず叫んでいた。
翔真の手がまだ腕を掴んでいて、痛みよりも恥ずかしさが限界突破していた。
「てめぇ……!」
翔真が、今度は悠太を睨みつける。
「お前、楓の弱みに付け込んでるんだろ……!」
「はぁ? お前、何言って……?」
「惚けるな! お前、絶対何か企んで――!」
その瞬間、悠太くんの表情がすっと冷えた。
あの、滅多に見せない“マジトーン”だ。
「お前。……一回、周り見てみろ」
「は? 何を――」
「お前が柊木さんの腕掴んで叫んでんの、みんな見てるぞ。“修羅場だ”ってスマホ構えてるやつまでいる」
翔真の目が、ぐるりと周囲を見渡す。
そこには……、明らかに好奇心全開の視線と、ちょっと引いてる家族連れと、動画を撮ろうとしてる学生。
「……え」
「全国デビュー、秒読みだな」
「や、やべ……」
ようやく、翔真の手が離れた。
美桜がすぐさまその腕を引っ張る。
「翔真くん、もう行こ。マジで炎上するから!」
「で、でも……」
「でもじゃないの! 本当にお店に迷惑かかっちゃうから! ほら!」
美桜はぺこりと頭を下げた。
「ごめんね、楓ちゃんも、ほんとごめん。……すぐ連れてくから!」
そして彼女は翔真をずるずると引きずっていった。
翔真は抵抗しつつも、最後にちらっとこちらを振り返る。そのまま何も言わずに去っていった。
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