なるほどな午後

 まず、はっさくの置き場所を考える。

 あまり温度がたかくないほうが良いだろう。

 冬なので、もちろん、部屋には暖房を入れる。

 冷蔵庫にすべて入れるのはムリそうだ。

 鳥除とりよけをして、ベランダ?


(なるほど、浦先生が、げんかんに置いておいたわけだ……)

 虹子にこは納得した。

 昨日、崩したばかりのミネラルウォーターの箱をふたたび組み立てて、そのなかにひとまずはっさくを入れ直してみる。

 さいごに積んだ1個が、ごろんと床に落ちた。


 まるで収まりきらない。

 げんかんに置かれた段ボールの圧倒的存在感よ。


 残りは、キッチンに持って行った。


 さっそく、食べてみようと思う。

 形はいびつだが、おおぶりのものをふたつ選んだ。

 手のひらに、ずしっとくる。


 虹子の家に、果物ナイフというものはない。

 カトラリーセットの中から、食事用のナイフを出してきて、はっさくの腹を十字に切る。

 あとは、力づくで皮をく。


(そういえば、ナイフじゃなくて、食パンの袋の留め具でも、皮が切れるって聞いたことあるなぁ)

 と、思いながら、固い皮に苦心する。

 ゆびが痛くなる。


(これ、ちがう方法があるのでは……)

 と、手をべたべたにしながら、薄皮をはいで、もぐもぐ、ちゅうちゅう食べた。


は満足である」

 お腹いっぱいになった。

「3個めは、むりである」

 こめかみのあたりが、しゅわーっと酸っぱい感じになっている。 


 どうしたものか。

 出たゴミを、もさもさ片付け、手を洗ってから、スマートフォンを手に取る。


「てってれー。文明の利器りき

 高橋虹子はさいきん、ひとりごとが多い。


「『はっさく、むきかた』教えて」

 きっとAIにこうやって話しかけているせいだ。


 調べてみたら、上下を5ミリほど包丁で切り落とし、皮に切り目を入れましょうと書いてあった。

 薄皮は、はしをキッチンばさみで切りましょう。


「ほーらね」

 なにがだ。


「でも、梨の上手なむき方は知ってるし」

 じぶんをなぐさめているのだか、なんなんだか。


「あ、そうだ。『はっさく、マーマレード、レシピ』教えて」

 虹子はついでに、うら真奈美におすすめされていたマーマレード(浦はレードと発音する派だったが、虹子はレード派である)の調理法を検索してみた。


 マーマレードひとつとっても、さまざまなレシピが載っている。

「なんじゃ、これは。マーマレードアワード&フェスティバル? 世界大会とかあるの? 奥が深いね……」

 ふむふむと心の中でうなずきながら、そうやって、いろんな記事などを読んでいたら、時間が溶けた。


 はっと気づけば、1時間以上たっている。

 これはいけない、と、スマートフォンを置いて、虹子は立ち上がった。


「いざ、出陣じゃ」

 あしたは日曜日。

 なんの予定もない、日曜日。

 晴れの予報が出ている。


 今から、100円ショップに行って、ガラス瓶とガーゼハンカチなんかを買ってこよう。

 スーパーでは、きび砂糖も。

 あとは、レモン汁。


 虹子は、あした、マーマレードの魔女になることにした。





 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る