夢の続き──抜け出せない夜

──夢の続きで、私はまだ歩いていた。──


 夢の中で、元妻と歩いていた。 

 海風の強い天王洲アイル。港南へと続く歩道を、2人無言のまま進む。


 言葉も、目的もない。ただ、風だけが会話の代わりだった。


 そこで、目を覚まそうと思った。

 けれど、そこからが奇妙だった。


 ベッドのヘッド部分をつかみ、床に足をつけ、立ち上がる。手のひらの重みも、足の裏の冷たさも確かにある。


 扉を開けた──はずなのに、気づくとまたベッドで横になっている。


 最初は寝ぼけているのだと思った。


 だが、何度試しても同じ。

 抜け出せないのか、自分の頭が壊れたのか。


 一呼吸して、今度は力強く布団を蹴った。それでも、結果は変わらなかった。


 そのとき、部屋の隅に気配を感じた。クーラーの吹き出し口のあたり、黒い影がぼんやりと漂っている。


 まだ夢だ、と直感した。


 目を閉じ、腹に力を込めて「ワッ」と声を出した。


 次の瞬間、世界が動いた。


 同じ動作をしたはずなのに、扉の向こうには廊下があった。


 ただ、首筋を伝う汗と、胸の鼓動だけが現実だった。


 窓の下には、常夜灯で照らされた道を車が走る音が聴こえる。


 身体はまだ重く、額には汗の名残があった。喉が渇き、枕元にある水を口に含む。そして、さっきのことを思い返しても、恐怖というよりは、静かな安堵のようなものがあった。


 現実に戻ったというより、現実がもう一度私を迎え入れてくれた──そんな感覚だ。


 けれど、夢の中で歩いた天王洲の風だけは、まだ胸の奥で鳴り続けていた。


 あの夜を抜け出しても、私はまだ、あの夢の残響の中にいるのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【散文詩】夢の残響 Spica|言葉を編む @Spica_Written

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ