第一章 小悪魔天使と悪役令嬢もどき
第1話 小悪魔天使と悪魔、注文ボタンを押す
「おい、高洲。あそこ見てみ? すっげぇ美少女が客として来たぜ。うおおお、注文取り行きてー!」
ある日のバイト中。同僚の野郎がいやに興奮しているので、それに付き合って美少女を拝もうとするが。
「どっかのモデルか? この辺じゃ見ないレベルだけど黒髪の美少女はちょっと残念過ぎるな。それに、この時間にファミレスは中々に庶民派だな」
俺がバイトしてる時間は平日の夕方。大体はぼっちのサラリーマンか、学校帰りの高校生とか大学生が多数であり、家族でくる時間には適していない。
「贅沢な奴だな。あぁ、くそっ! ホール希望にすればよかった。ほら、行け! 美少女が高洲をお呼びだ」
「別に俺を呼んでるわけじゃないだろ」
同僚バイトの奴とはそれなりに仲がいい。暇な時なんかは店に入ってくる女性を品定めするという悪趣味なことをしている奴だが、厨房では人気者だったりする。
天はきちんと俺に味方してホールという居場所をくれただけ。少なくとも俺は見た目だけで判断も評価もしていない。そこが運命の分かれ道だったわけだ。
美少女とその家族はとても穏やかに談笑しているように見える。今は注文を取りにいくスタンスではなく客が自ら注文を送信するだけなのだが、ボタンを押してくるのは面倒な、もといロボット配膳出来ない注文をしたことを意味する。
至って平和そうな家族だから面倒な感じには見えないが。美少女と両親の他に、ご近所らしき家族も同じ席についているようだ。
俺の分析によれば、妹のような幼さと癒し系を兼ね備えた可愛い女子といったところ。この家族がどういう付き合いなのかは知らないし興味も無いが、俺と同い年くらいだろうか。
「失礼します。どのようなご用件でしょうか?」
この時間に家族で食べに来てるんだから鍋かもしれないな。ぐつぐつと煮えたぎった鍋なんかはロボ配膳に任せてないので、その場合は人間の手で直接運ぶ。
だが、聞こえてきたのは平凡な注文ではなく、耳を疑う暴言だった。
「ちっ。近くだと肩を落としまくるくらいのガッカリレベル」
「だ、駄目だよ、そんなことを言ったら。聞こえたら可哀想だよ」
バッチリ聞こえるように言いやがってますよ?
一人の美少女は舌打ちしながら俺を見つつ、何度も首を横に振っている。
……ガッカリって何だ?
というか、美少女その1の本性は性悪で確定だな?
それに引き換え、癒し系な美少女は天使のよう。すかさず俺の顔を見て憐れむように微笑んでくれている。
憐み?
ん?
「ホットドリンクと本物のイケメンをお願いするわ」
「私もホットドリンク~」
正直言ってドリンクバーで勝手にやれよと言いたいところだが、時々こうして直接運んで欲しいお客様が現れるので、無下に出来ない。
「……以上でよろしいですか?」
どうやらこの美少女たち以外の大人たちはまとものようで、すでに注文をし終わっている。
ドリンクバーではなく直接の注文ってのは決して珍しくない。しかし、イケメンを口に出して注文するアホな客は今まで出会ったことがない。
見た目は確かに美少女だが実は性悪な悪魔の可能性もある。思わず俺も聞こえるように口走ってしまう。
「……はぁ。残念すぎる」
おっと、いかんいかん。もっと声を小さくしないと。
「ねえ、あゆ。何かあり得ない言語が飛んできた気がする。残念なのはてめえの方だろって言いたいけど、あゆもそう思うよね?」
「え? う、うん。でもほら、制服だけ見れば見えなくもないと思うよ」
何かが酷い。
天使に見えて小悪魔な天使か?
言葉遣いは一見優しいように感じるというのに。
正直腹が立つが、注文を受けてしまった以上俺は頭を下げ、厨房に向かわなければならない。戻ろうとすると、途端に黄色い声が聞こえてくる。
「あ……背中はイケメン! 顔さえ見せなければ付き合ってあげてもいいかも」
「さよちゃんの言う通り本当だね。背も高いし、スタイリッシュ? やっぱり制服姿はいい感じかも」
背中がイケメンって何だよそりゃあ?
それに制服姿がいい?
くっ、俺自身は否定かよ。くそう、ホットドリンカーの美少女たちに偉そうにされる謂れはないというのに。上から目線とは随分と自己評価が高いじゃないか。
とはいえ、舌打ちする美少女改め悪魔と、天使に思えただまし討ち小悪魔天使とはここ以外で会うこともないだろう。
何せどんな奴でも客は客だ。見るだけなら目の保養になるし遠目からじっくりゆっくりと見させてもらう。
そんなこんなでバイトを終え、家に帰ろうとすると、悪魔と小悪魔天使らしき美少女たちがどういうわけか俺の家の前に立っていた。
……それもどういうわけか似合わない照れを見せながら。
もしや襲撃か?
俺を背中と制服でしか認識していないはずなのに。たとえ顔を合わせたところで声すらかけてこないはずだ。
家の前に立っているのを気にせず家の中へ入ろうとすると、空耳か幻聴か分からないが女の声が聞こえてきて俺を引き留めようとしている。
……俺はただの住人モブ、ただのモブ……そう言いながら玄関を開けようとするが。
「あなた、この家の人? さっき見た店員に似ているけれど、他人の空似かしら?」
なんだ、この悪役令嬢もどきは。
「えっと、私とさよちゃん……じゃなくて、私たちはあなたのお家の隣同士なんです。これからご近所付き合いが増えると思うので、良かったら仲良くしてくださいっ! でも無理はしなくてもいいですので」
どっちだよ!
「越してきた? どこから?」
そんな話、親から何も聞いてないんだが。
「訊いてどうするつもりかしら? キモいことを言うなんて想像以上すぎて雑草が辺り一面から生えてきそうなのだけれど、生えてくる前にキモさをどこかへ消してくれると助かるわね」
あぁ、こいつは間違いなく悪魔の方だ。
「は? そういうあんたこそ見た目だけは美少女っぽいが、残念ながらA級すぎるな」
「A級? ふふ、あなたはF級かしらね」
決して優れた意味じゃないが今は黙っておこう。
「ああ、そう。この面白くもない引っ越しタオルは要らないわね? いえ、むしろこのタオルで顔を隠してくれるなら話を続けてあげてもいいわよ? 背中イケメンさん?」
この女……言葉が悪すぎる。癪だが俺から名乗るしかなさそうだな。
引っ越しタオルもこの女じゃなく家族が持たせたものだろうし、この場で切り刻んで捨てさせるわけにはいかないしな。
「高洲湊。東上学園に通ってる。あんたらは?」
そう言ったところで名前も俺のような雑魚には教えてもくれないだろう。
「あゆだよっ! 鮫浜あゆ。私も東上学園に通うの。よろしくです! あ、でも学園では声はかけてこなくていいですからね。他人ですし、湊くんも迷惑だろうし」
よろしくと言いながら声はかけてくるな? 何の冗談かな。
「
見てくれだけの悪役令嬢もどきか。A級のお胸以外は完璧だったのに、本当に残念すぎた。
そうなると小悪魔天使の方がまだマシか?
天然か計算かは分からないが言葉遣いは汚くないわけだし。
それに引き換え、お胸がA級過ぎる見た目オンリーな女は、言葉遣いも性格も何もかもが壊れてしまっている。
「あーはいはい。安心していいですよ? 仲良くする気は無いんでね。言っとくが、学園には美少女は沢山いるんだよ。池ヶ谷のような暴言美少女はいないけどな。せいぜいアホな男子を騙してみるがいい!」
「は? 湊に言われたくないんだけど?」
何で俺の名前を早くも呼び捨てに?
思わず俺も呼んであげたくなるじゃないか!
「さよりとあゆだな? 俺もそう呼んであげよう!」
「ハッ、雑草が生えるわね。あぁ~やだやだ。そういうのは本物のイケメンになってから言わないと困るわね」
「あゆは別にいいよ? だけど、学園でそう呼んだらどうなるか――分からせてあげてもいいよ? ね、湊くん」
駄目だ、どっちも手に負えない。
ご近所でしかも隣同士。強制的に仲良しを装わなければならないんだよな。もちろん親たちの為に。
あぁ、よりにもよって悪魔と小悪魔天使な美少女たちが俺の家を挟み撃ち。
楽しく過ごしていけるのか?
バイトも知られ、家もよりによって。
俺にとって、まさに最悪すぎる日々が始まってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます