それでも彼女はオレの彼女じゃないわけで。

遥風 かずら

第0章 

 プロローグ

 東上学園に通う高洲たかすみなとには、恐れ多くも学園一の美少女と言って差し支えない隣馴染みの女友達が二人ほど存在している。


 その関係は決して幼馴染じゃなく、単純に自分の家の両隣に彼女らの家族が越してきただけ。家族同士のご近所付き合いがあるだけであり、例えだとしてもお友達だよと口を滑らせてしまえばうっかり石ころをぶつけられてしまっても文句が言えない。


 それくらいの美少女たちがお友達だからだ。


 友人その一である彼女曰く、ファミレスの店外から見たらイケメンに見える、もしくは制服だけ見ればイケメン――とかいう、意味不明な評価をされている。


 東上駅前の一見洒落たサイゾリアという名のファミレスでアルバイトをしている俺は、こう見えてとっても多忙。


 学業に差支えの無い平日夕方の短時間にせっせと動くその姿は、さしずめ向上の鑑と称されていておかしくない。


 ……のだが。


「は? 向上心のかけらもないのに、誰があなたをお手本に?」

「俺様」


 そう言って俺は自分を指差す。


 だが、目の前の友人その1は辺りをきょろきょろさせながら。


「どこの俺さま? ……ああ、ここにいる痛い子のことを言っているのね。なんて頭のかわいそうな湊くんなのかしら! それでもわたくしはあなたの他称お友達。こんなかわいそうなお友達にはせめてもの慈悲を与えなければならないわね。わたくしの名前をどこにいても呼び捨てで呼ぶことを許して差し上げるわ。どう? 嬉しい?」


 どこの悪役令嬢に憧れてるんだよと突っ込みたくなるが、こいつはそういう言葉遣いがデフォルト。


「嬉しいわけないだろうが! そんな当たり前のことにいちいち許可が必要とか何様だよ、さより! 毎回下の名前で呼んでやろうか? 嬉しいか? このドSお嬢様!」


 お友達ということで特別に下の名前で呼んでやっているのだが。


「――んだとこら! ガタガタ体震えさせながら偉そうなコトいってんじゃねえぞ? 湊のくせに!」

「こわっ。ガラ悪すぎだろ」


 美少女だけど、これがこいつの本性です! などと全国に拡散出来たらどんなに俺の心が安らぐか。おそらく想像も出来ないほどの快感が俺の体に訪れ、ああ……震えが止まらない。


「この変態野郎が! いい気になるなよ? とにかく、わたくしのことをわたくし以外に言ってみてごらんなさい? あなたの日常を逐一、ショート動画でアップして差し上げますわ!」


 なんて奴だ!


 ……しかし見た目が第一、中身がドス黒く平気でか弱い男子に手をあげる奴だとしても、バレなければ何も問題はない。


 そんな友達がいないぼっち美少女にとって、俺だけが友達であり、唯一気を許している状況なのが悲しい現実。


「……動画? 何だそれ? お、お前、俺の部屋に勝手に入ったんじゃないよな?」


 危うく聞き逃すところだった。


「んふふ……どうかしらね?」


 そう言って目の前の悪役令嬢もどきは、それっぽいポーズを取りながら得意げに話してくる。


「何せ元手のかからないお隣同士。唯一のお友達ですもの。親はわたくしたちのことを恋仲だと勘違いをしているようだけれど、寒気がして仕方なさすぎるわ。ああ、それとあなたがゲームソフトの中身に入れてある秘蔵ディスクは燃えるゴミに出しておいてあげたわ。犯罪を未然に防いで差し上げたの。なんて友達想いの美少女なのかしらね」


 こいつ、自分で美少女言いやがったな。だが、見た目だけは確かに美少女なのだから反論出来ない。目元がはっきりとした大きさで、顔のパーツもどこぞのタレントよりも小顔。


 透き通った色白の肌、髪は漆黒のカラス並みに黒い。A級の胸の辺りにまで髪を伸ばしまくっている長髪と身長もあって、スラリとした手足は売れっ子モデル並だ。


 大抵はここまで色んな部分が整えられまくりだと全てが完璧になるはずなのだが、残念ながらこいつのおっぱいはA級だ。


 本人曰く成長途中であり、俺のような下賤な輩には理解出来ないとほざいている。


「ところで湊。あなたはクラスで浮いていないのかしら?」


 何を言うかと思えば自分は棚に上げてそれかよ。


「浮いてねえよ。人間関係ってのは、誰かと「おはよう」って言うだけで成立するんだよ。お前みたいに無駄に微笑んで男だけを狙い撃ちして石化させるのとは違うんだからな。というより、偽の悪役令嬢言葉をやめろっつってんだろうが! 俺の前でくらい素を見せろっての!」


 お胸さんがA級なのは問題ではないが、こいつの態度にはほとほと呆れている。


「あぁ、やだやだ。海に浮いているゴミのように浮きまくりの人間関係だなんて、そんなのを成立とか大丈夫かしら? それとわたくし、バカじゃなくってよ!」

「その辺にしてあげようよ、さよちゃん。湊くんだって悪気があるわけじゃないと思うし。ねっ?」


 天使、登場。


 俺の天使は、友人その2である鮫浜あゆである。


 あと一歩で乱闘になる寸前、まさにそんな時に助けてくれるサポートキャラ。いや、天使。


「悪気じゃなくて、雑魚だったな。言葉のアヤとはこのことか」

「こ、この背中野郎……」

「めっ! だよ? どうして仲が悪いのかなぁ。せっかく隣同士のご近所さんなのにそうやってさよちゃんにちょっかい出して、大好きさんなの?」


 そうそう、もっと言ってくれ。


「違う!」

「違うわ!!」


 そこだけ言葉が合うのは勘弁して。


「あり得ないでしょ、あゆ」

「うん、あゆもそう思う。だって釣り合わないもん」


 ……一見天使のようだが、この子は悪気無く毒を吐く女子。本人はきょとんとしているが、決して計算をしたわけではない。


 鮫浜あゆは天然女子ではなく、天然に小悪魔を加えた美少女。もっとも、本人は至って無意識。


 両手に可憐な花ではなく、悪魔と天使な小悪魔が存在しているに過ぎない。


 見た目だけなら彼女にしたい! これは俺の切実なお願い。


 どうか、可哀想でか弱い俺、いや僕に愛を頂けないでしょうか?

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