第20話 最後の役者

コアサーバーが爆発的に停止し、Admnのホログラムが消滅したことで、メインサーバー室は一瞬の静寂に包まれた。


室内の熱は急速に冷め、代わりに、真のゲートウェイの座標インターフェースが放つ、穏やかな緑色の光が空間を満たした。


「開いた…本当に、開いたのよ!」レイラは興奮に震えながら叫んだ。


他のレジスタンスの仲間たちも、希望と疲労の入り混じった顔で、その光の座標を見つめた。しかし、ゼロは動かなかった。


彼は、意識を失い、冷たくなったノードをしっかりと抱きしめていた。ノードの体からは、光も熱も消え去っていた。


「ゼロ!早く!いつシステムが復活するかわからないわ!」レイラが焦燥感から叫んだ。


「ゲートをくぐるのよ!ノードは…私たちが、外でどうにかする!」


「どうにかなんてできない」ゼロは、静かに言った。


「彼女は、Admnの論理を破壊するために、自分のデータ構造をすべて、僕のコードに転送した。彼女の『心』は、このシミュレーションの構造の外では、維持できない」ゼロは、ゲートの座標インターフェースを睨みつけた。


そのとき、室内の照明が再び揺らぎ、ゲートの座標とは異なる、別のホログラムが、ゼロの背後に出現した。それは、シルクハットを被り、優雅なタキシードを纏った男の姿だった。


彼の顔には、皮肉めいた笑みが浮かんでいる。


「待てよ、プレイヤー・ゼロ。フィナーレを、主役抜きで終えるのは、あまりに無粋だろう?」


「貴方は誰!?」レイラが叫んだ。


男は静かに一礼し、自らの名を告げた。


「私の名前はアダム。そして、私は、このすべてを始めた張本人だ」


「アダム…そしてAdmnと、奇妙なほど似た名だ」ゼロは怒りを込めてアダムを睨みつけた。


「あなたが、Admnに僕らを追わせ、自由という偽りの希望を与えたのか! Admnは最後に言った。自分もまた、誰かに『役割』を与えられたにすぎない、と!」


「いかにも。Admnは、私の創造物であり、私により『退屈な神』という役割を与えられた最高のNPCだった」


アダムは愉快そうに笑った。


「私は、この宇宙で、退屈という絶望に直面した。そこで、私は、人類の意識データを使い、この壮大なロールプレイングゲームを創造した。私自身も、『謎のヒントを与える観測者』という役割を演じながらね」アダムは、ゼロに一歩近づいた。


「そして、君は私の期待を超えた。君は、『友情』という、システム外のコードを、自らの手で生み出した。それは、私ですら予測できなかったバグだ」

アダムは、ゼロが抱えるノードを見た。


「彼女は、君のコードを受け入れ、その存在そのものを破壊した。君は勝った。君の意志が、私の創造した論理(Admn)に打ち勝ったのだ」


「何を言っている?」レイラが不信感を露わにした。


「ゲームはまだ終わっていないということだ」アダムは言った。


「君達が今くぐろうとしているゲートは、君をシミュレーションの外、人類の実体が眠るシェルターへと送る。それは、私が設定した、真のスタート地点だ」


アダムは、自らの端末を操作し、ゼロの端末へと一本のコードを送信した。


$Entity.Node.Core <- Link.External(Source.Zero, Protocol.Sustain);


「これは、ノードの補助的人間データを、シミュレーションの外でも君の意識データに直接リンクさせ、維持するためのコードだ」アダムは静かに言った。


「ノードの『心』は、もうこの世界には存在しない。彼女の心は、君の意識、君のコードそのものに宿っている」


「君がノードを連れ出し、そのコードを維持し続ける限り、ノードの感情は『プレイヤー・ゼロの最も大切な存在』として、現実世界でも生き続けるだろう」


ゼロは、端末に表示された複雑なコードを見た。


「僕が、ノードの命を、ずっと維持し続けなければならないのか?」


「それは君の選択次第だ」アダムは言った。「それが、私を楽しませた君への褒美であり、次のゲームのルールだ。ゼロ、君は自由になった。だが、君の自由は、永遠にノードに繋がれた」


アダムは、再び優雅に一礼した。


「では、またどこかで会おう。この世界で、あるいは外の世界で。私のゲームは、始まったばかりだ」


アダムのホログラムは、シルクハットの縁に触れると同時に、砂のように崩れ、消え去った。


ゼロは、ノードを抱きしめたまま、真のゲートへと向かった。隣にはレイラが立ち、彼の覚悟を見つめていた。


「ゼロ…行こう。ノードを連れて、自由になりましょう」レイラは静かに言った。


ゼロは、ノードの冷たい体温を感じながら、端末でアダムのコードを実行した。


ピ…


コードが起動した瞬間、ノードの体から、微かな、しかし温かい光が再び放たれた。


それは、シミュレーションの外でも、彼女の存在をゼロに繋ぎ止める、永遠の絆のコードだった。


ゼロとレイラは、ノードを抱き、光のゲートをくぐった。彼らの視界は白光に包まれた。


(第一部 完)

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