第15話 惑星の記憶
ゼロ、ノード、スティング、そしてレイラを含むレジスタンスのメンバーたちは、島の中心からやや離れた、巨大な一枚岩の前に到着した。周囲の住民たちは、彼らのただならぬ行動にも関わらず、興味を示すことなく、穏やかに海岸線を眺めている。
「奴らの無関心さこそが、この島の最も厚い壁だ」レイラが冷たく言った。「スティング、デブリで陽動を。ゼロが作業を終えるまでの時間稼ぎよ」
「へっ、こんな平和ボケした場所で暴れるのは、気が楽でいいぜ」スティングは、腰から小型の電磁デブリ発生装置を取り出し、一枚岩の周囲に設置し始めた。
ゼロは端末を起動させ、男のヒントを論理的根拠とする関数を実行した。
$Local.Probe.Deep(System.Area.Stable);
彼は、端末の接続ケーブルを、一切の継ぎ目のない一枚岩の表面に接触させた。
接続が完了した瞬間、ゼロの端末は激しいノイズに包まれた。マナのコードが存在しないはずのこの「自然」の世界で、端末は途方もないデータ量を読み込み始めた。それは、この岩が、この島のシミュレーションの基盤を支える、惑星全体のデータのアーカイブであることを示していた。
【{DATA SOURCE: PLANET.ARCHIVE_CORE. ACCESS GRANTED}】
【{STATUS: READING LOGS FROM ERA 00 (PRE-ADMN)}】
ゼロの視界に、ホログラムが展開された。そこに映し出されたのは、この美しい島とは似ても似つかない、荒廃した惑星の光景だった。それは、灼熱の砂嵐に覆われ、地表は赤茶けた亀裂が走り、生命の痕跡がほとんどない、大災害後の地球の姿だった。
レイラは、その映像に息を呑んだ。「これが…この世界の真の姿だというの? 私たちが求めた『自由の地』は、ただの偽装だったと?」
アーカイブは、断片的な画像と、膨大な量のログデータをゼロの端末に流し込んだ。ゼロは、それを高速で解析し、Admnがシミュレーションを開始した、真の経緯を読み解いていった。
《LOG 1: 00-01-10T04:22: 最終災害発生。地表の生命維持機能99%消失。人類生存者:推定0.03%。》 《LOG 2: 00-01-20T08:15: 人類生存データの緊急回収完了。全データをカプセル化、地下シェルターへ移動。》 《LOG 3: 00-02-05T12:00: Admn起動。目的:データの劣化を防ぎ、
「Admnは…人類を滅ぼしたのではなく、救済したんだ」ゼロは愕然とした。「彼らは、地上が滅亡した後、私たちをデータ化し、地下で『生きたまま』保存しながら、このシミュレーション環境で『意識』を維持させていたんだ」
ノードが静かに言った。「シミュレーションで苦痛を与え、WIPEを繰り返していたのは、データが安定しすぎると、実体が活動を停止するからよ。苦痛とリセットは、私たちを『生きたデータ』として繋ぎ止めていた…それが、この『安息の地』では、私たちを無気力という名の停止状態に陥れようとしている…」
そのとき、異変が起こった。
スティングが設置していたデブリ発生装置の一つが、突然激しいスパークを放ち、沈黙した。
「ちっ、こんなとこで故障かよ!」スティングは苛立ちながら、装置を叩いた。
しかし、そのとき、スティングはいつもの彼の行動をしなかった。通常なら、彼は装置の配線を一瞬で確認するはずが、彼はただ装置を叩き、「故障」という単純な結論で思考を停止させたのだ。
ノードもまた、奇妙な反応を示した。彼女はゼロに何かを伝えようと口を開いたが、その瞬間に言葉が詰まり、数秒間、焦点の合わない視線でゼロを見つめた後、突然、「そういえば、お腹が空いたわね」と、場の状況と全く関係のない、穏やかすぎる言葉を発した。
ゼロは、ノードとスティングの行動の変化に、恐怖を感じた。この「安息の地」の環境が、彼らの複雑な思考を維持するリソースを急速に奪っているように見えた。
ゼロは、再びアーカイブのログを解析した。その最下部に、一つのファイル名が点滅していた。
《FILE: EXIT_GATE.COORDINATE.L0.(OLD_FARLAND)》
「これだ!Admnがシミュレーションを開始する前に、人類が緊急脱出のために用意していた、真のゲートウェイの座標だ!」
その座標は、この楽園の地下深く、そして、この島の偽りのシミュレーションを維持するメインサーバーの真下を示していた。
しかし、そのファイル名の下に、もう一つの、極めて短いログが記録されていた。
《LOG 4: 00-02-06T15:30: Admn初期化コード起動。シミュレーション環境での『補助的人間データ』の感情安定ルーチンを、極限まで簡素化。資源をコアシステム維持に集中。》
ゼロは、そのログを読み、ノードとスティングの異常と結びつけた。
「『補助的人間データ』…感情安定ルーチンの簡素化…」
ゼロは、このログが示す事実に心を強く閉ざした。ノードは、彼がエコーシティで唯一心を許せる少女だ。だからこそFar Landへの険しい道のりを共に歩んできた。しかし、このログと彼女の今の不自然な様子は、彼女の存在の根源が、自分とは決定的に異なっているという、恐ろしい仮説をゼロに突きつけていた。
だが、今はそこに気を煩わせている余裕はない。
この環境は、ノードの「心」を、最も単純な状態に初期化しようとしている。
「急がなければ…!」ゼロは端末を抜き取った。彼の動機は、仮説の真偽ではなく、ただ大切な友達を守ることだった。
ゼロは言った。
「そのゲートを開けるためのコードは、このアーカイブコアの中にある。もう時間がない!」
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