第12話 決戦のコード
円形ハッチの向こうに現れた管理者級エンティティ、ガーディアンは、他のエンティティとは一線を画す威圧感を放っていた。
純白のクロム鋼に覆われた巨体は、リアクターの青い光を反射して輝き、その内部のマナ・コアは、ゼロの端末の感知レベルを振り切っていた。それは、この都市、メガロポリス・ゼニスの絶対的な守護者だった。
「管理者権限クラスのエンティティだ…! 僕らの低級コードじゃ、前回のように動作を書き換えることもできない!」
ゼロは即座に分析した。彼の知識が、この敵の危険性を即座に警告していた。
ガーディアンは、武器となるパルス砲を構えることなく、ただ静かに通路を塞いでいる。その存在自体が、絶対的なセキュリティだった。
レイラは、冷静に周囲を見回した。「逃げない。リアクターの制御層は、あいつの背中にある。あいつは、ただの『鍵』よ。開けるしかない」
彼女はゼロの瞳を真っ直ぐに見た。
「スティングと私のチームが、あいつを陽動する。その間に、あなたはリアクターのコアにアクセスするのよ。リアクターは、ゼニスで最も純粋で強力なマナを発生させている。あなたの端末が、そのマナを直接利用できれば、一時的に上位ロールのコードが打てる」
「上位ロールのコードが、打てる…!」ゼロは確信した。リアクターコアのマナは、一時的な管理者権限を与えてくれるだろう。
作戦は決まった。共同作戦と役割分担。
「スティング! ノード! レジスタンスの皆! 陽動に成功したら、すぐに通路を離脱して! リアクターの制御層は不安定だ、失敗すれば、この区画全体が爆発する!」レイラがチーム全体に、緊迫した指示を飛ばした。
「任せろ、リーダー!」スティングは、スパークガンと自作の爆発性デブリを手に、前衛に躍り出た。彼のやさぐれた顔に、戦いの興奮が浮かんでいた。「温室野郎のコードがどれだけすごいか、あいつに見せてやるぜ!」
ノードはゼロの側に残り、冷静にサポート役を担うことを選んだ。「ゼロ、私はあなたのデータリンクを守るわ。絶対にコードを完成させて」彼女の存在が、ゼロの焦りを鎮める、唯一の静的な要素だった。
レイラは、スティングと共に左右の壁を使い、ガーディアンの左右へと散った。スティングは三角サングラスを押し上げ、ガーディアンの足元にデブリを投げつける。
ドォン!
爆発音がダクト内に響き渡るが、ガーディアンの装甲には傷一つ付かない。しかし、ガーディアンの視線は、ノイズを発生させたスティングへと向けられた。Admnの論理は、予測不能なノイズを最優先で排除しようとする。
その隙に、レイラは通路を駆け抜け、ガーディアンの巨体と壁の僅かな隙間を縫って、その背後のリアクター制御層への階段を駆け上がり始めた。
「ゼロ! 今よ! 私についてきて!」
ゼロはノードと共に、ガーディアンの激しい反撃を避けながら、レイラの後を追った。ガーディアンは、ゆっくりと、しかし確実に彼らに向かって巨大な拳を振り上げた。その拳の質量は、通路のすべてを破壊し尽くすだろう。
グォン!
巨大な衝撃が通路を揺らす。スティングは壁に叩きつけられたが、再び立ち上がり、ガーディアンの足元にスパークを浴びせた。彼の決死の陽動が、ゼロの貴重な数秒を稼いだ。
レイラはリアクター制御層に到達し、壁に設けられた露出したマナ供給ポートを指差した。「ここよ! コアからの純粋なマナが流れている! 端末を直接繋いで!」
ゼロは迷うことなく、端末の接続ケーブルを供給ポートに差し込んだ。
ビィィィ…
端末全体が、瞬間的に青い光に包まれた。画面に表示されるコードの流量が、一気に数万倍に跳ね上がる。彼がエコーシティで扱っていたマナとは比較にならない、圧倒的な情報量が端末に流れ込んできた。それは、世界の根源を垣間見たような感覚だった。
「すごい…これが、管理者権限クラスのマナ!」
ゼロは、この高密度のマナを扱う時間が限られていることを知っていた。このマナは、彼の端末と、彼のデータ構造を焼き尽くす危険性がある。
ガーディアンはレイラとスティングの陽動を振り切り、ゼロとノードに向かって、その白く巨大な機体を向けた。その拳は、すでに彼らの頭上に迫っている。
「間に合わない…!」ノードが叫んだ。
ゼロは、ガーディアンの主要な動作ルーチンを呼び出すコードに、それを無限に自己呼び出しさせる『再帰コード(リカーシブ・コール)』を上書きすることを決意した。
これにより、ガーディアンの処理能力が無限ループに陥り、システムがフリーズするはずだ。これは、彼の低級ロールでは絶対にできなかった、管理者級マナを使った究極の論理的ハッキングだった。
彼は、ガーディアンのコアへと直接作用する、極めて破壊的で、しかし論理的なコードを打ち込んだ。
$Function.Run.Self(Guardian.Core.Function.Execute, {'Priority.Max'});
ゼロがコードを実行した瞬間、リアクター全体が、一瞬だけ白色の閃光を放った。
ガーディアンは、ノードに向かって振り上げていた巨大な拳を、空中で停止させた。その全身の装甲が激しく点滅し、内部のマナ・コアが異常なほど強く脈動し始めた。
【ERROR: RECURSIVE CALL LIMIT EXCEEDED. SYSTEM OVERFLOW. CORE DUMP INITIATED...】
ガーディアンは、自身の動作コードを無限に呼び出し続けた結果、処理限界を超えてフリーズした。論理の完璧さが、無限の自己参照によって崩壊したのだ。
そして、その巨大な機体が、内部からゆっくりと、しかし確実に崩壊し始めた。純白の装甲に亀裂が走り、青いマナの光が漏れ出す。ガーディアンは、轟音を立てて通路に崩れ落ち、そのデータはマナの光となって拡散し、リアクターに吸収されていった。
ゼロは接続を解除し、熱で溶けかけた端末を握りしめた。彼は、最強の敵を、物理的な力ではなく、コードによって打ち破ったのだ。
ノードは安堵と興奮でゼロの腕に抱きついた。
「勝ったわ、ゼロ! あなたがやったのよ! まさにコードの天才だわ!」
レイラは、崩壊したガーディアンの残骸を飛び越え、制御ハッチを指差した。「急いで。ガーディアンの崩壊は、Admnに深刻な異常を知らせる。次のエンティティが来る前に、ゲートを起動させる!」
ゼロは、リアクター制御層のハッチに端末を接続し、レイラの指示に従って、Far Landへの非活性ゲートを起動させるためのマナのコードを打ち込み始めた。このチャンスは、二度とない。
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