第11話 最上位コードの鍵
ゼロ、ノード、スティング、そしてレイラが選抜した三人のレジスタンスメンバーを含む計六名は、ゼニスの地下深く、プラズマ・リアクターへの最終アクセスルートを目指していた。
彼らの足音は、静まり返ったサービスフロアに響く、唯一の不規則なリズムだった。スティングとレジスタンスは、都市の構造知識を活かして物理的な警備を避け、ゼロは微かなマナの痕跡を頼りにシステムの盲点を突き進んだ。
彼らが辿り着いたのは、リアクターの中心部へと繋がる、巨大な円形のハッチの前だった。ハッチの周囲は、一切の継ぎ目がない特殊合金でできており、物理的な破壊は不可能に見える。ハッチの表面からは、僅かに高熱が発せられており、その内部のエネルギー密度を物語っていた。
「ここがリアクターの制御層への入り口よ」レイラが声を潜めた。彼女の目は、ハッチの表面を流れる微細な熱の揺らぎを捉えていた。
「Admnの最高セキュリティがかかっている。ここから先は貴方の出番よ。」
レイラはゼロを強い視線で見つめた。その視線は、彼への信頼と、成功への絶対的な要求を含んでいた。
ハッチの中央には、マナのアクセスポイントが露出している。しかし、そのアクセスポイントは、ゼロがエコーシティで扱っていたものとは比較にならないほど複雑で、強烈なエネルギーを放っていた。そのマナは、周囲の空気を歪ませるほどの質量を持っていた。
ゼロが端末を近づけると、ハッチから発せられるコードの流れが、端末の画面に表示された。
それは、彼が今まで見てきたどのコードよりも高密度で、流麗な構造をしていた。それは、完璧な対称性と絶対的な秩序を持つ、芸術作品のようなコードだった。
「これは…
レイラがゼロの肩に手を置いた。「予想通りよ。Admnは、下位の管理者やエンティティが勝手にリアクターに触れないよう、最高レベルのコードで鍵をかけている。彼らは、最も完璧な形で自分たちのシステムを守る」
スティングが苛立ちをあらわにした。「ふざけんな! じゃあ、俺たちがここまで来たのは無駄だったってのか? 力づくでこじ開けられねぇのかよ!?」
「落ち着いて、スティング」ノードはゼロの隣に立った。「ゼロは、まだ諦めてないわ。彼は、その完璧なコードの隙間を探している」
ゼロは端末を握りしめ、レイラから提供されたリアクターの構造図と、アクセスコードの流れを必死に照合した。
「このコードの流れ…防御のためのコードじゃない。これは、エネルギー制御のためのコードの構造を、あえて複雑化させているだけだ」
レイラが頷いた。「その通り。Admnは、自分たちが理解できる最も美しい形でリアクターを制御している。私たちに必要なのは、その『美の法則』、つまり論理的な対称性を見抜くことよ」
ゼロは、シルクハットの男の言葉を思い出した。―「この世界のコードは、時として芸術的なひらめきで超えられる」。
これは、力による破壊ではなく、知的なパズルなのだ。完璧な秩序は、わずかな乱れに弱いという逆説を利用するのだ。
レイラは、ハッチの側面の、わずかに熱を持っている合金部分を指差した。「私たちは、リアクターへのエネルギー供給を、この外部配線から一時的に操作できる。ただし、ゼロがコードを打ち込む瞬間に、私がその部分に物理的に干渉して、システムに微細な乱れを生じさせる必要がある」
「物理的な乱れと、コードのロジックを同期させる…」ゼロは目を見開いた。「それなら僕のロールでも、このコードの『論理的な隙間』を突くことができる! 僕の低級コードは、その乱れに乗じるためのノイズとして機能する!」
スティングは、ゼロの技術的な話にはついていけないが、その場の緊張感は理解した。「つまり、俺たちで陽動しろってことか?」
「違うわ。スティング、あなたは私の補助よ」レイラが言った。「私がエネルギーラインに干渉する瞬間、あなたには最大限のノイズを発生させてほしい。Admnの監視システムから、ゼロのコード入力を物理的な雑音で隠すために」
スティングはニヤリと笑った。嫉妬は一旦脇に置き、彼にとって最高の役割だ。「ノイズ発生ならお手のもんさ。やってやるぜ、レイラ。ド派手にいくぞ!」
ノードはゼロの腕に手を添えた。「ゼロ、大丈夫。ロールのレベルなんて関係ない。この世界で、コードを一番理解しているのはあなただもの。自信を持って」
ゼロは深く息を吸い込んだ。彼は端末に、最上位コードの美しさを逆手に取った、たった一行の『論理破壊コード』を打ち込む。彼の指先は、まるでピアノの鍵盤を叩くかのように、正確にコードを刻んだ。
$Logic.Invert.Symmetry(Reactor.Lock.Key, {'Pulse-Peak'});
このコードは、「ロックキーのコード構造が最も規則正しい、電力パルスのピーク時に、その対称性を反転せよ」という命令だった。
そして、レイラに合図を送った。
「今だ!」
レイラは、予め用意していた特殊な電磁ツールを、熱を帯びた合金部分に一瞬接触させた。金属が激しくスパークし、システムに極小の**物理的バグ**を生じさせた。同時に、スティングがスパークガンで周囲の配線を乱雑に撃ちつけ、凄まじい電子ノイズを発生させた。
バチッ!キィィィン!
ゼロがコードを実行する。最上位コードは、彼の低級ロールを拒絶しようと激しく抵抗したが、レイラが生み出した物理的な乱れ、そしてスティングのノイズによって生じた一瞬の『対称性の崩壊』が、コードの論理構造を内側から崩した。
ハッチの周囲に施されていた複雑なコードの流れが、一瞬で収束し、簡素な『OK』サインに変わった。
ゴオオオ…
低く重い音と共に、巨大な円形のハッチが内側にスライドして開いた。奥には、青い光を放つリアクターの核心部へと続く、垂直な通路が露出した。通路の壁には、マナのエネルギーが熱となって伝わってくる。
しかし、歓喜の声は上がらなかった。ハッチが開くと同時に、通路の奥、リアクターの核心部を守るように、巨大な影が出現したからだ。
それは、初期化エンティティとは一線を画す、圧倒的な質量と威圧感を持った機械の巨人だった。全身の装甲は白く輝き、その内部にはAdmnの管理者権限を示す、強力なマナのコアが青く脈動していた。その姿は、Admnの論理を体現した、究極の守護者だった。
ガーディアン。
「まさか…リアクターの制御層じゃなくて、アクセスハッチそのものを守っていたなんて!」レイラが息を呑んだ。彼女の予測を遥かに超える、Admnの最終的な防衛戦略だった。
ゼロの目の前に、最大の障害が立ちはだかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます